第2話 少年、女勇者として召喚される
世界を呪ったことはあるだろうか。
たとえば、恋人が寝取られたとき。
たとえば、大切な人が死んだとき。
たとえば、生きる意義がなくなったとき。
まあ、人それぞれ色々あるだろう。
俺の場合は____
「まさに今だわな」
目の前には鼻息荒くこちらを覗き見るようにして近寄ってくるおっさんたち。もう少し視線を上げると遠くにどえらいきらびやかな衣服を着たジジババどもが見える。連中の目線はすべからく俺に注がれていて、不愉快極まりない。が。今はそこじゃないんだ。
下を見る。
俺のアレがなくて異性のソレがある。
分かるだろうか諸君。いや分かってくれ。
しかし、異性のソレとは言ったが、言ったが……。
「あってないようなもんだな。これは」
完全絶壁。残念無念。来世に期待。しかし貧乳はステータスと声高に言い張る過去の偉人もいたし、今世のメグの好みが巨乳かどうかも分からん。なら、んなことはどうでもいい。それよりだ。
魔王を倒すために転生したら、女になっていた。これはなんつーラノベだ?俺の脳裏にグッと呑気にサムズアップする痴女がチラつく。マジで次に会ったらはっ倒すあの駄女神。
そんなことを考えつつぼおっとしてると、俺の前でわらわらしていたおっさんらを掻き分けるように若い少年が顔を出した。
「あなたがっ…!あなたが勇者様ですかっ?女神デュスノミアの使い!我々人類を救うために降り立った、あの伝承の__!」
「あー、うぜえうぜえ。てか近ぇ。暑苦しい。ここどこ。てか誰オマエ」
なんかちょっと前にもこんなやり取りした気がする。頭の隅に腹立つ顔をした露出魔駄女神が反復横跳びしている。ああ殴りたい。思わず渋顔をつくると目の前の少年は俺が気分を悪くしたと思ったのか、おろおろと頭を下げてきた。
「えっ。あっ...い、いきなりすみません。僕はこの国の第一王子、シャルルヴィル・アレーティアと申します。ここはアレーティア王国で.....。って、ごめんなさい。何も分かりませんよね。一からご説明させてください。っと
その前に!!ゆ、勇者様っ!い、ぃい、衣服、を.....!」
「おん。助かる。羞恥心なんぞは無いがさすがに寒いからな」
そう。少し前までは薄布一枚で笑ってた女神を痴女扱いしていたが、何せ今の俺は全裸。今やあいつより俺の方が立派な痴女である。
顔を真っ赤にして風を切る音が聞こえそうなほど高速で目を逸らした少年に、俺は生暖かい目を向けながらも衣服を受け取った。しっかりと女性物だ。なんか悪いことしてる気持ちになるな。
「もういいぞ。てか別にそこまで気遣ってくれなくとも、そのまま話してくれて良かったんだが。着替えながらでも話は聞けるし」
「そ、そそそういうわけにはいきませんっ!勇者様は女性な、なのですから...っ!アレーティアの紳士として当然のことです!」
「ほう。なあ少年、ちょっと聞きたいことが」
「はい!何でも聞い__みぎゃぁッ!!?」
ちょっとイタズラをしただけでこれか。さては相当のチェリーだなこの王子。上等なシルクの服を腹までたくし上げただけでこの騒ぎだ。さっきまで全裸だったろ俺。あれか?チラリズムのがエロスを感じるってやつか?
そんなくだらない事を考えてると顔を真っ赤にした王子が眉を八の字に下げて横を向いたまま小さくポソポソと何かを呟いていた。時折ちらちらと泣きそうな目で俺を見ている。まるで子犬だな。
「す、すみません...。ぇと、何でも、お聞きください...」
「すまん。からかった。そうだな。じゃあ、まずは.....鏡ってあるか。後そろそろ外気に触れたい 」
「は、はいっ。それぐらいでしたら、お易い御用です!長々とすみませんっ。それでは、湯浴みとお食事の後、勇者様のお部屋にご案内致しますので。お手をどうぞ」
そう言って当然のように手を差し出してくる少年。背丈は女になった俺より少し低いだろうか。まず俺の身体年齢もよく分からんからなんとも言えないが、まだ幼いことには変わりない。キラキラ輝く金髪のつむじを眺めながら俺はその手を取った。
「色々省いて詰め寄ったりしてしまってすみません。いきなり大勢に囲まれて混乱もされているでしょうし...。勇者様には最低限のご説明をしてから、湯浴みとお食事を摂って頂き、十分な休息を取って頂いてから詳しい事情をお話しようと思うのですが、いかがですか?」
「うーん。気遣いはありがたいが、休息はいい。まあ目が覚めたらいきなりおっさんらに囲まれてて驚きはしたが。さほど混乱はしてないしな。飯と風呂だけ頼む」
「かしこまりました。エリスさん、勇者様の湯浴みとお食事のご用意をよろしくお願いします。勇者様、なにか苦手な食材はありますか?」
「ない。それこそコンクリートとか以外はなんでも食う」
「こん.....?はい、分かりました。ではそのように」
ああそうか。コンクリートって伝わらないんだったわ。今更こんな形でここが俺が生きてきた世界とは別の世界だということをありありと思い知らされる。
テキパキとベテランのメイドであろう妙齢の女性に俺の言葉を伝える王子を見ていると、なんだかさっきの子犬のようなあいつとは別人なんじゃないかとも思える変貌ぶりだ。まあ元々が生真面目な性格なんだろう。
ぼんやりと回廊の大窓から外を眺める。広がる景色はなんと言うか、のどかであるとしか言いようがない。あいつが王子と名乗ったことからここは多分王城かなんかなんだろうなとは思っていたが、まさにそのようだ。立派な赤い城壁の向こうには整然と民家のような建物が立ち並んでおり、その向こうにどこまでも続く美しい海面が見える。
確かに美しいが、それなりに外出すれば元の世界でも見られる光景だな。
そう思いつつ景色から目を離して王子の方を振り返ろうとした瞬間、王城の壁面を撫でるように巨大な__巨大な、龍が姿を現した。
「!!?は、は、はは...」
笑えなさすぎて逆に笑ってしまう。ここまで現実離れしてくると声も出なくなるもんだ。
赤々とした、美しい龍鱗を太陽に煌めかせ、飛び去っていく異形の存在。それを横目に、俺は改めて今自分が置かれている状況をもう少し把握したいと思った。
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