第12話 女勇者、着飾られる

「ご覧、殿下。中々のものになったろう?あたしの最高の出来だよ。こうも素材が良いと誂えがいがあるってもんさね」


「わぁ.......す、すごいですマダム!確かにアダム様ですが、アダム様ではないみたいです!!」


この数時間で色々あった。具体的に何がどうしたとは言えないものの、強いて言うなら剥かれたり計られたり着せられたりした。何度時計を見たことだろうか。5分に一度のペースで時計を見ても時間の流れというものは残酷で、たった5分は体感で30分以上にも感じられた。もうこれは一種の拷問ではとも思ったが。


顔を上げる。大きな鏡台には、美しい女が映っていた。くるりと回る。鏡の女が着るドレスがふわりと舞った。


色々なものを着せられたせいか途中から、まあまあ悪くはないのではと思ってしまっている俺も居り、俺の中の男としての矜持がごりごりと削られていく虚しさとなにか新たなものに目覚めそうな感覚を味わった気分だった。


「この子は赤い瞳が特徴的だったからねえ。ドレスは燃えるような深紅が似合うと思ったのさ。それと、よく動くとも聞いてたからね。露出少なめに、かつ動きやすくするために苦労したもんだよ。丈とスリットで調節したり、引っ掛かりの少ない生地にしたりね。アクセサリーはどうせ引っ掛けるだろうからネックレスは無しにしたよ。その分絡みにくいストレートデザインのイヤリングでフォローした。髪をアップスタイルにしてるから邪魔な装飾に引っ掛かることもない上、首筋が涼しくて良いだろう?」


首元に触れる。おおお。髪をいじられている間はぼうっとしていたが、なるほど確かに。すっきりと纏められているおかげか普段より大分鬱陶しさが消えた。詳しくはよく分からんがなんか繊細な編み込みみたいなのもしてある。流石は王宮お抱えのプロデザイナーってことだな。こうして見ると全部ドラマの衣装みたいに見えてきた。テンション上がるな。


「殿下。ちょっと来な」


ぐるぐると回ってドレスが広がる感覚を楽しんでいると、カロルがシャルを呼び寄せて何事か耳打ちしていた。こそこそと話していたかと思えばボッとシャルが真っ赤になる。うお、耳まで真っ赤だすごいな。何を吹き込まれたんだか。


「そそそそそんなことはありませんッ!!事実無根ですっ!!だいたいアダム様には意中の御方が!」


「でも今、その意中の御方とやらはあの子の傍には居ないんだろう?殿下、男は度胸だよ」


「でっ!ですからっ!!僕にもアダム様にもっ!今は会えずとも想う相手が…ッ」


「ほほう?殿下、あんた意中の相手か居たのかい。言ってみな、どこの女だ。あたしがあんたに相応しい美女か見極めてやろうじゃないか」


自爆してるなあシャルのやつ。ああいう手合いには恋愛の話なんてし出したら根掘り葉掘りあることないこと聞き出されるに決まってんのに。


「っと...とーにーかーくッ!!アダム様っ!お靴を選びましょう!勇者様方の会合は我が国で行いますが、室内だからといって裸足でいることは出来ませんからね!」


「お、おう...」


耳を真っ赤にしてぷりぷり怒りながら俺の手を引く子犬。なんかここまでくると可哀想に見えてくるな。ここで俺もシャルいじりに参加したら噴火しそうなので素直に従っておく。会合まで時間が無いなら尚更遊んでる暇もないしな。


シャルが侍女たちが運んできた大量の箱から次々と煌びやかな女性物の靴を取り出していく様子を眺めながら、少し郷愁に浸る。昔よくメグと休憩時間に衣装置き場で遊んだもんだ。昔からあいつも俺も女顔な方だったからふざけてセーラー服とか着てみたりしてげらげら笑っていた。またあいつ、メイド服でもワンピースでも異様に様になってるから途中から性癖を歪まされそうになって不安になったりもした。あーーー、会いたい。


「アダム様?疲れてしまいましたか?」


ひょこっと目の前に金髪が見える。両手にローヒールの靴を携えたシャルが俺の顔を覗き込んでいた。あまりに心配そうな顔でこちらを見るので、思わず首を横に振って大丈夫だと立ち上がる。


「病み上がりなのですからご無理はなさらないでくださいね。いらっしゃる国の方々にも先の事件のことはお知らせしてありますので、アダム様が万全を期するまで会合を遅らせることもできます」


「いい。アレーティアはただでさえ東西にいびられてる中小国なんだろ?ならそういう繋がりは大事にしといた方がいいに決まってる。優しすぎる王は付け込まれるぞ。俺はただの駒だと思え」


「.....ですが」


心配してくれているのも十分わかっていた。イザベラから聞いた話だと、丸三日間も寝たきりだったらしいしな。そりゃ意識が戻ったばっかで急に起き上がって歩き回っても平気なのかっていう不安はあるだろう。けど、俺は勇者だ。あの駄女神のフォローか何なのかは知らんが、むしろ前世の体より今の体の方が体力やら回復力やらは爆発的に飛躍している。まあそれを今言ったところで安心させるための嘘だと思われる可能性もあるからな。


「そんで?それとそれが良さげなのか、シャルはどっちがおすすめ?」


ぽん、とシャルの頭を撫でて靴の話題に無理やり引き戻す。さっきシャルはカロルに「靴は殿下が選んであげたらどうだい」とでも言われたんだろうか。カロルは少し離れたところで見守っているし、シャルは靴の話に戻ると慌てて手に持っていた靴を紹介し始めた。


「ぁ、えっ、とですねっ!こっちは少し先が細くて慣れていないと歩きづらいかも知れませんが、現在貴族の女性たちの間で流行りのものです。銀の細工が美しいとかで!で、えっと、こちらはだいぶ前のデザインなんですが...ノンヒールで踵と爪先が特殊な素材で出来ているので歩きやすく、しかも滑りにくいのだとか!それと、えと...この少し鈍い金色が、アダム様にお似合いになるかな...と.....」


最初は元気よく解説していたか、途中からはぼそぼそと段々声を小さくしてしまった。主観が混ざると途端にシャルボーイだなこの子犬。本当に異性になれていないのか心底恥ずかしそうに言うものだから、他人だったらイラッとしそうな落ち着きのない仕草も少し微笑ましく感じた。


「んじゃそれ。香水ー?は、無しでいーだろ別に。人工的な匂い嫌いだし」


「ま、いいんじゃないかね。本物の社交界じゃあるまいし。中々の仕上がりだよ。殿下も良いセンスしてるじゃないか。相手のこともよく考えてのこの選択なら100点満点だよ。成長成長」


カロルがシャルの頭をわしゃわしゃと撫でる。祖母と孫のようなやり取りを眺めていると、カロルにドンッと背を叩かれた。行ってこいという激励であるのは分かるし、髪をもうセットしてあるからこその配慮なんだろうが、少し強い。痛い痛い。


「では、行って参ります!マダム。留守をよろしくお願い致します」


「ああ。任されたよ。存分にご挨拶をぶちかましてやるといい。あんたらの存在を東西の連中に知らしめてやりな」


グッと親指を立ててサムズアップされる。良い意味で最後まで芯の強い人だったな。そんなことを考えながら横を歩くシャルの顔をちらりと見ると、少し強ばったような緊張している雰囲気を滲ませていた。


はあ、なんか面倒くさくなってきたな。さっきのやり取りが割と楽しかったから尚更。こいつが緊張するってことは絶対ろくでもない相手なんだろうし。だるいなあ。


がたがたと僅かに振動が響く馬車に揺られながら、俺はひっそりとシャルにバレないよう、何とかやり過ごせないかを考えるのだった。

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