第13話 女勇者、民に感謝される

かたかたと馬車が小刻みに揺れる。


現代日本の電車を体験している俺からしてもこの馬車はいい物なんだろうと感じさせられた。馬車の装飾が豪奢なのはもちろんのこと、内部を大きく傾かせるような揺れはほとんどない。馬で引いているとは思えないほどの安定性だ。これも異界の魔法的なものなんだろうか。


馬車内はしんと静まり返っていた。いつもは沈黙が苦手らしいシャルが俺に気を使って色々と話しかけてくるが、そのシャルは今緊張した面持ちで自分の手を見つめている。いつも喋るやつが静かだとこうも空間が静かになるものなんだなと思いつつ、俺は口を開いた。


「シャル。事前情報とか無いか。流石にお相手様らの名前も素性も知りませんじゃ良くないだろ。軽くでいいけど、なんか教えてくれ」


「へぁ、っ!あ、はい!!そうでしたね、すみません...っ!アダム様には事前にお教えしようと思っていたのですが、つい考え込んでしまって...」


急に話しかけたからか、想定外のことを言われたからか、バッとシャルが慌てて顔を上げる。しばらく慌てていたが、やがて落ち着きを取り戻したようでいつもの調子で流暢に語り始めた。


「まず、今回の会合でいらっしゃるのは西国の第一皇子殿下、第二皇子殿下、西国の勇者様。それと、東国の第一王女殿下、東国の勇者様の5名の方々です。それぞれではもう面識がありまして、今回はアダム様のお顔見せも兼ねて、東西南の親交を深める会と銘打たれた懇親会ですね」


「ほほう。やっぱ俺以外にも何人か居るんだな、勇者ってのは。意外と沢山いるもんなのか?女神に遣わされてるやつらは」


「伝承によりますと、勇者様は歴代王族の血を引く者が女神様に懇求し、女神様がそれに応えた場合のみ召喚がなされるということですので...。一国におひとりの勇者様が定石ですね。現存していらっしゃる勇者様は我が国のアダム様、西国のシャルロット様、東国のアキヒト様の御三方のみになります」


「なるほど。随分懐かしい響きの名前のやつがいるな...そのアキヒトってやつ。俺と同じ国の出身のやつかもしれない」


俺がそう言うと、そうなのですか!?と目を輝かせるシャル。勇者たちが同じ国の出身だとそんなに嬉しいものなのだろうか。東国に取り入るきっかけになるかもってことか?いや、そこまで狡猾ではないなこの小型犬は。


ともかく、東国の勇者アキヒト。秋人か明人かは分からないが、とにかく日本人感満載の名前だ。自分はアダムなんて名前にしてしまったからそうそう日本人だと思われることは無いだろう。シャルロットの方は知らんが、アキヒトの方はもしかして前世の本名かもな。


「まあ、勇者のことはおおむね分かった。勇者たち以外の王族のことも知りたい。西国は皇子が2人で東国が王女が1人なんだったな?」


「はい。西国の第一皇子のルドヴェル殿下、第二王子のレミューズ殿下、それと東国の第一王女であるツバキ殿下です。ただ...ルドヴェル殿下には、少しだけ気をつけた方がよろしいかもしれません」


「手癖悪いのか?」


「いえ...そういうわけでは.....ただ少し__」


シャルが何かを言い淀んだその時、馬車の外からわあっと大人数の人間の歓声が聞こえた。ちらりと外を見るともう貴族たちの中央街は抜けており、一般市民や商人、恐らく冒険者であろう武骨そうな者たちでごった返す城下町へと降りていた。


国民の顔を見ているといかに平和で温厚な国かがわかる。馬車に印された王家の紋章を見て誰もが目を輝かせ、シャルルヴィル殿下万歳と歓声を上げている。この王子の普段の行いが分かるというものだ。民のために滅私奉公し、貴族たちの指標となる。いかにも狂気に取り憑かれているほどの献身ぶりを貫くこいつらしいが。まあそういうところがメグっぽいなって思ったんだがな。


「慕われてんな、王子様」


「まだまだ未熟ですよ。それにほら、名前を呼ばれてるのはあなたとて同じことです。よく耳を傾けてください、勇者様」


少し得意げに市民たちの方を見て笑うシャルを見ると、同時に窓の外の市民たちも視界に映る。確かに市民たちはシャルの名に交えて時折俺の名も呼んでいた。勇者って肩書き一般市民たちに対しても強いんだなと漠然と思っていると、目の前の王子様が小さく笑う。


「勇者の肩書きは王国内だと影響力が強いんだな、と思っていますね?」


「お前すごいな」


「いつもお顔を見ていますからね。アダム様、彼らはあなたが勇者様だから無条件に称賛しているのではないんですよ」


シャルが俺の事をよく観察しているのは知っていたがまさかこうも思考を読んでくるとは。シャルの言葉に疑問符をつけた生返事を返すとまたもやくすりと微笑で返される。その仕草もやはり少しだけメグに似ていた。あいつと同じように、全く仕方の無い人だなあとでも思っていそうな顔で。


「アダム様は救ったでしょう、彼らを。そして彼らの居場所を守った。民はいつだって真実だけを見ています。あなたの行いは、今やアレーティア中の民たちの関心の的なのです」


「救ったって...デカいスライムぶった斬っただけだろ。居場所を守ったっつってもあの時は本戦力のエリート騎士たちが遠征に行ってたからより混乱が酷かったってイザベラから聞いたぞ?」


「ええ。その通りです。ですが、非常時にそこに居ない騎士団と身を呈して庇ってくれたあなた、民はどちらに傾くでしょうか。未知の恐怖に晒された時、不安でたまらないとき、あなたが来たからこそ彼らは物理的にも精神的にも救われた。あなたはあの時、そこに居るだけで民の希望の光だったのですよ。少女が騎士の剣一本で魔物を次々と斬り捨てていく光景は、民にはさぞ尊く思えたのではないでしょうか」


「お前、さては俺をからかってるな...?」


「何を仰ります。こういう時でないとあなたに真に受けて頂けないでしょう?普段どんな賛美を送ってものらりくらりと避けられてしまいますからね」


楽しそうにころころと笑う王子を睨みつけるも何処吹く風だ。流石は一国の王子、気弱に見えて老獪だ。第一印象で抱いた気弱さすらも演技なのではないかと思える。なかなかに良い性格してやがる。何となくバツが悪くなって窓の外を見ていたら、不意に見覚えのある顔が遠くに見えた。


「止めてくれ!」


「!勇者様...?どう致しました?何か粗相がありましたでしょうか?」


急に声を上げたからか、御者が驚いて不安げにこちらの様子をうかがってくる。シャルも俺が何が悪いものを感じ取ったと思ったのか少し警戒したような表情だ。正反対に感情を波立たせる2人をなだめ、そういうやつじゃないから止めてくれと頼むと、軽快に走っていた馬車はゆっくりと減速した。


馬車が止まりきる前に床に足をつけて立ち上がると馬車の扉を開ける。突然顔を出したからか、ざわざわと集まっていた民衆たちがどよめいた。なんかこうも人に注目されると子役時代思い出すな...。いやいや今はそんなことどうでもいいんだ。それより。


ぐるりと民衆を見渡す。素早く人々を見回すと、少し離れてしまったが、20mほどの所に目当ての顔を見つけた。大人たちに押し潰されながらも群衆の合間を縫って馬車を食い入るように見ていた二人の子供。人々に埋もれながらつんのめりそうになっている子供を見て、俺は思わず手を振って駆け寄っていた。ぱぁっと子供の表情が明るくなる。


「ゆ、勇者様っ!!す、っげえ綺麗な服っ!...っぁ、そうだ!おれっ!俺さっ...!!ゆ、ゆゆゆぅ、勇者様にっ!」


「落ち着け落ち着け。興奮してるのは分かったから。ああ、どうしたんだ?」


素朴な少年が言葉をつまらせながらも必死になにか言おうとしていたのでその場に屈んで目を合わせてやる。後ろから着いてきたシャルがさり気なく汚れないようにドレスの裾を持ち上げてくれたので、素直にその厚意に甘えるとしよう。


少年はなおもはふはふと興奮気味に何か言おうとしているが、周囲に見られているからか、王太子同伴という前回とはまったく違う状況だからか、一向に意味ある言葉が紡がれる様子はない。気長に待とうかと思った時、妹であろう少女がわっと口を開いた。


「ゆうしゃさま、きょうはおようふくきれーでかわいいねえ!あのね、ゆうしゃさま、ミーニャとおにいちゃんたすけてくれたから!!これ、おれいにあげる!ミーニャんち、おはなやさんなの!」


「お、ありがとうな」


爛々と瞳を輝かせた少女が手に持っていた花をぐいっと俺に突き出してきた。それは白い花弁の百合によく似た花だった。ひょっとしたら名前も百合なのだろうか。花屋だという言葉は間違いではないだろうと思えるほどに豪奢に咲いてはいるが、勝手に持ってきたのか茎がほとんど無くほぼ花のみだ。少女の厚意を無駄にしないよう、これ以上花を手折ることなくそっと受け取る。鼻を寄せると芳醇な甘い香りがした。


「あー!ミーニャずるいぞ!!俺だって勇者様と話したかったのに!勇者様、俺がその服に花刺してあげるっ」


「やだやだっ!ミーニャが刺してあげるのっ!アレクお兄ちゃんはだめーっ!」


「こら、けんかするな。そうだな...じゃあアレク、ここに刺してくれるか?」


とんとんと自身の左胸部を指すと、少年は嬉しそうに百合の花をドレスに着けた。再会できたことが余程嬉しいのか、二人とも満面の笑みだ。目立った怪我もなさそうだったので俺と別れたあとは無事に騎士団に保護されたのたろう。少し胸に引っかかっていたものが取れた気分だ。救った人間がこうも幸せそうにしているのは勇者冥利に尽きるってやつだな。


「俺んち、あの角の花屋だからさっ!店がまた開店したら遊びに来てよ勇者様!シャルル様も一緒に来てもいーよ!」


「おやおや、ふふふ。それは良いことを聞きましたね。これからアダム様が無事にアレーティアにお帰りになられた際には、ぜひお祝いにお花を買っていきましょう」


俺が立ち上がると俺の背後に隠れるようにしてドレスの裾を持ち上げていたシャルかひょこりと顔を出した。連続の有名人との遭遇に子供たちも大興奮のようだ。はしゃぎすぎて怪我するなよと頭を撫でてやると、嬉しそうに民衆の中にいるであろう父母の元へ駆けていった。


民衆に軽く会釈をしてから馬車に乗り込むと、またわあっと歓声が響き渡った。なんかとてつもなく名前を連呼されている気がする。やっぱりあんな公衆の面前で話すべきではなかっただろうか。なんという羞恥責めだろう。よし、聞こえないふりしよう。


お付きの騎士が馬車の扉を閉めたあと、シャルが俺を見てくすりと笑った。なんだよ、とやや怪訝に見てやればいえいえ、と首を横に振られる。


「自分の判断はやはり正しかったと思っていただけですよ。あのタイミングであなたをこの国にお呼びすることが出来て、本当によかった」


「.....キザな王子だこと。こんなエセ勇者にお世辞使って大変だな」


「なんとでも。それが僕です。王子であれ勇者であれ、民を大切にするのは初心にして盲点ですから。あなたの最高の美点ですよ、アダム様」


「けっ」


言葉の一つ一つがむず痒い。こいつは本当に下心がある訳では無いからなおさらタチが悪いのだ。なんだその生暖かい目。そういう言葉をかけられると本格的にメグに会いなくなるからやめてくれ。お前らほんと似てんだよ雰囲気。


早くも降りたくて仕方がなくなってきた馬車に揺られながら、俺は1秒でも早く目的地に着くように窓の外へ目をやったのだった。


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転生したら最愛の幼馴染が闇堕ちしてたので救ってくる〜女勇者に転生した少年は、魔王と添い遂げたい〜 方舟 @holocaust

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