第11話 進め!

やっとアパートが決まった。

これも 社長のダイスケのお陰だ。

そこは二LKのまずまず良さそうなアパート。

日当たりも良く学区内なので、ケントとレントの小学校も変わらなくて済む。

トイレは簡易水洗トイレなので、時々マンホールのフタを開け、汲み取りチェックをしなければならない。

アパートなので、隣に声や音がなるべく聞こえないように気を使うことも必要だ。

それでも今住んでいる家にいるよりは、ここは天国。


莉子は子供達にもうすぐ離婚するから、いらない荷物は片付けしておくように、また必要な物は必ず無くさないように伝え、整理させておいた。

そして龍也の目を盗んでは少しずつ荷物をアパートへ移し始めた。


その間も龍也の行動は一行に変わらない。

相変わらずギャンブルとゴルフでお金がなくなる。


そして莉子への性生活も強要した。


莉子はもう吐き気がするので、龍也を受け入れられなかった。もちろん偽装のキスも無理だし、手を触れられるだけでもゾッとした。龍也は莉子の変化に怒り出し、

「他に好きな奴でも出来たのか!」

といら立ちながら聞いてきた。

莉子は

「ホントにバカだよね。そういうことじゃないでしょ!何度言わせたら気が済むの!もうやってらんない!」

と、離婚届けをバン!とテーブルの上に置いた。

「な、なんだよコレ…。」

「前にも言ったよね。家にもっと生活費を入れて欲しい、ギャンブルは二度としないでって、自己破産するって言った時に、ウチの両親から頭下げて六百万もらった時に、言ったよね!!」

莉子は震えながら怒りを通り越していた。

龍也ははっとする。

そして謝るが、莉子の怒りは収まらない。収まるどころかむしろ悪化していく。

「とにかく私の分はもう書いたから、今すぐにでも書いてちょーだい!」


莉子はそう言って部屋から出て行った。


取り残された龍也はただ茫然としていた。


数日経っても龍也は、離婚届けに判を押さなかった。むしろなぜ離婚しなくてはならないのか、未だに分かっていない。

ある日の夜、龍也は上機嫌でお寿司を買って来た。それは子供達にとっては何年ぶりのお寿司だっただろう。しかも亡くなった義父と同じ、本格的なお寿司屋さんの特上握り寿司だった。

子供達は大喜びするが、莉子は怒りが止まらない。全く分かっていない龍也をギラリとにらみつける。が、龍也は機嫌が良すぎて、莉子の視線には気が付かなかった。

子供達は莉子の顔を見てお寿司に手を出せなかった。が、目の前にあるお寿司をこんなに喜んでいるのに、食べさせないなんて出来ない。莉子は怒りを胸の奥に押し込み、

「せっかくだから思いっきり食べなさい。お母さんはいらないから、お母さんの分まで食べていいよ。」

と、苦笑いをしながら言った。子供達は大喜びで

「いただきます!」

と言い、食べ始めた。

義母も目をキラキラさせながら

「私もいただきます」

と言って、お寿司を口に頬張っていた。

龍也は満足気ですぐ側でタバコを吸っている。きっと「どうだ!すごいだろー!」と思っているに違いない。


莉子は誰にも悟られないように、テーブルの下でこぶしを握っていた。

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