第8話 始動

莉子の退職で龍也は莉子に怒鳴り散らした。

「これからどうやって生活してくんだよ!」

「はぁ?もう少し生活費を出せば済む話でしょ!いくらもらっているのか知っているんだからね!それに私が陰口叩かれたまま働くのなんてツラいし、そういうの理解して欲しい。」

「…。」


龍也は次の日、莉子の仲良しグループだった女子達に文句を言い放った。

そして文句があるなら、オレに言え!と捨てゼリフをする。

会社では龍也は真面目に仕事をするが、怖い存在でもあったので、誰も何も言い返せなかった。

しかし莉子はそんなことをして欲しいとは思っていない。むしろ余計なお世話とさえ思っていた。


そして第二の職場探し。

しばらくは莉子の貯金と退職金でやりくり出来るが、すぐにそれも尽きるだろう。

いくら言っても龍也はギャンブルを止めないし、生活費も相変わらず五万円しか渡してくれない。


莉子は今まで以上に節約に励んだ。


莉子は毎日職業安定所に通う日々が続いた。

ついでに売れそうな物は、リサイクルショップに持って行った。

特に龍也のブランドの時計やゴルフウェアは高く売れた。

初めは龍也に

「勝手なことしやがって!」

と怒鳴られるが、生活費をちゃんとくれるなら、こんなことはしないと、莉子は言い返す。

そう言われると龍也は何も言えなくなった。


もう怒鳴られることも莉子は平気になっていた。

自分が強くならなければ、子供達は守れない。と、強い意志があった。


何度か職業安定所に通い、ようやく新しい職場が決まった。

それは大手建設会社の事務だ。

初めての事務経験だから、初めは戸惑うことばかりだった。

しかし職場の人達はみな優しく親切で、同じ事務員達も莉子を素直に受け入れてくれた。

莉子は、みんなが親切に莉子を受け入れたことに感謝する。

そして休みの日に本屋に行きパソコンの本を買って、必死に勉強をした。

仕事の時も分からないところは同じ事務員に聞き、なるべく早くみんなに追い付こうと努力した。


その事務員の中に離婚経験者、バツイチ子持ちの人がいた。

莉子は彼女と意気投合し、日頃のうっぷんばらしをするようになった。

彼女は

「ウンウン、その辺もすごく分かるよ。」

と聞きながら、色んなアドバイスをしてくれた。

「旦那はいてもいつも文句言うだけ。こっちが下手に回ればすぐに調子になるし、嫌なことは全部私に八つ当たりしてきたの。性欲が強くてね、いくら止めてって言っても、殴られて無理矢理セックスさせられたわ。殴る時はね、顔とか見える部分にはしないの。いつも背中とかお腹とか腕とか、見えない部分をねらうのよ。だから毎晩とても怖かった。子供達とは違う部屋で寝ていたけど、音や声で分かったと思う。離婚はね結婚するよりかなり大変だけど、私はして良かったと思ってる。全然後悔していないわ。」

莉子はその話を聞き、そういう選択もある!と思った。


そして離婚へ向けてどこから始めたら良いか、考え始めた。


数ヶ月後みんなに内緒で、社長から食事に誘われる。

社長と言ってもまだ若く、四十才くらいだ。

莉子は動揺するが、食事くらいなら…と思い誘いに乗った。龍也には会社の飲み会だと言い、子供達にもなるべく早く帰って来るからねと言っていた。

そして社長と会うことになった。

社長の名前は「ダイスケ」。

ダイスケの方から誘ったのに、少し緊張しているようにも見えた。


莉子には門限がある。

それは龍也がとても焼きもち焼きで、以前の会社の飲み会の時他の男性と話をしていたら、いきなり殴り合いになり、相手はボコボコ。

それ以来門限は夜十時となった。

その話をダイスケにすると、ダイスケは驚き、

「それって警察沙汰になるよ。」

と冷静に話した。


食事と言っても莉子はちゃんとした場所での食事など、未だかつてしたことがない。ということで隣町の居酒屋に行った。


ダイスケは一度結婚したが、奥さんとはすぐに死別し娘が一人いる。ダイスケの父親、つまり前社長は五年前にガンで亡くなり、母親が殆ど娘の面倒を見ていた。

ダイスケは初めての就職先は、違う建設会社に勤めた。

その後も二回職場を変え勉強し、三十才の時に父親の会社に入社したのであった。

ダイスケは社長ではあるが、とても優しく社員全員に目配せをし、社員一人一人を大切に思っていて、けして威張ったりしない傲慢社長ではなかった。

だから現場の社員はもちろん、営業社員から事務員まで、全ての社員から信頼を経ていた。


そんな社長に食事に誘われた莉子。


初めはものすごくド緊張していたが、ビールを飲み出すと和気あいあいとなった。

ダイスケは少しほろ酔い程度だろうと思っていたが、それはなんのその。

莉子はいわゆる「ザル」であってアルコールにはとても強い。

酔っ払うなんてことは殆どなかった。

ダイスケはその姿を見て大笑い。顔は美人なのに、想像もつかないきっぷの良さが気に入った。

男に媚びる訳でもなく、仕事もかなり努力している莉子をねぎらった。そして

「莉子さん、最近何か困ったこととかありませんか?何でも相談に乗りますよ。」

「あ、社長もしかして口説いてます?私その手には乗りませんよ。子供達が一番なんで…。」

「あはは、参ったなぁ。そう見えたのなら仕方ないけど、大体の社員達には、特に新しく入った社員には、時々こうやって困ったことがないか、聞いているんですよ。莉子さんは特に泣き言を言わないタイプだと思って、気になっていました。」

「あ、すみません。変なこと言って…。私アルコールにはすごい強いんですよ。これもストレス発散で、子供達を産んでから益々強くなりました。やっぱり泣き言言ってられないのは、社長の言う通りです。旦那はギャンブル狂いで生活費も殆どくれないし、正直離婚したいくらいです。だから私がしっかりしなくちゃ、子供達をちゃんと育てなくちゃっていつも思っています。」

莉子はそういい、大盛りサラダとつくねをガッツリ食べ、また生ビールを飲み干した。

「すみません。オカワリしてもいいですか?」

「どうぞ、どうぞ。今日は莉子さんの日なんだから、全然遠慮しなくていいですよ。」

「ありがとうございます。それでは遠慮なく…。」

莉子は手をあげて

「生オカワリ!」

「はーい。少しお待ちください。」


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