第10話 ランチを一緒に

「ねぇねぇ、そろそろ二回目のカットしに来ませんか?」

 美優が仕事が終わって上がろうとする時に、すれ違いざまに声を掛けられた。

 確かに前回の散髪から一ヶ月経過している。

 しかし月イチとは言っても、必ずしもではないだろう。まだ髪を切る必要を感じない。

「え。いくらなんでもまだ早いかな。やっとこの髪型に慣れたくらいだし。」

 慧也はまたぱきっと音がしそうなほど愛想よく笑う。

「じゃあ、トリートメントだけでも。明日どうですか。予約のお客さんが一人もいないんだ。暇なんですよ。」

 前回にカットしに行った時も他の客は見受けられなかった。

 彼の美容院の経営状況が心配になるほどの空き具合だ。

「久我さんならサービスでしてあげますよ。来てください。10時には店開けてるから。」

「いやいや。そんなの悪いし。初回サービスならわかるけど、さすがに二回目は申し訳ないです。」

「来てくれないと、寂しくて泣いてしまいます、ボク。」

 新手の呼び込みか?

 デカイ図体して二十歳を過ぎた男が内股で両手を口元に当ててしなを作っても、アラサー女の心にはあまり響かない。

 慧也だから許せるけれど、と心の中で思いながら。

「じゃあ行きます。でもちゃんと明日は正規の料金でお願いします。」

 こっそりとは言えないけれど、一応向こうを向いてガッツポースする若人が力強く拳を握った。単純すぎて、笑えてくる。

「嬉しいッス。・・・本当は、会えればなんだっていいんですけどね、俺は。じゃ、お疲れ様でした。また明日。」

 慧也は手を振ってレジへ入っていった。

 ぼそりと、聞き捨てならない言葉をそこに置いて。

「お先に、また明日ー・・・えっ」

 思わず振り返ってカウンターレジの方を見る。

 彼はレジへ自分のIDを登録して仕事を始めていた。



 いやいやいやいや、勘違いだ。

 あれは、営業。

 何度もそう心の中で自分に言い聞かせながら、動悸息切れを押さえる。

 更衣室には他に誰もいない。この時間に上がるのは、今日は美優だけのようだった。

 ロッカーに閉まっておいたカバンからスマホを取り出すと、メッセージを知らせる光の点滅が見える。私服に着替えながら、アプリを開くと、ママ友の美波からだった。

”元気にしてる?このところ会えないけど、明日辺り、ランチしない?”

 明日は、美容院に行く約束をしてしまっている。

 同じ保育園に子供が通っていても、送迎時間が被らないと中々会えないものだ。

”明日は散髪するんで無理。明後日なら行けるよ。どうかな?”

 美波の子供は亮太りょうたという名前で、航平と同じ学年だ。

 実は同じ産院で産んだことが後から判明し、検診の時などよく顔を合わせて親しくなった。航平より三ヶ月ほどお兄ちゃんである。

”散髪するんだ!今度会う時は、ショートになってるんだね!楽しみ。”

”駅前の居酒屋ランチでいいかな?”

”いいよ。あそこ安いもんね。じゃあ、明後日ね。”

 美優の仕事シフトは、明日は午後、明後日は午前である。どちらにせよ、ちょっとだけ時間を融通してもらえば、ランチタイムに間に合う。一日に三時間ほど働くのが常だから。

 駅前の居酒屋は、夜は居酒屋でも昼は安い定食ランチを出してくれるのだ。だいぶ前にママ友の一人から教えてもらった。

 そう言えば、美波と会うのも久しぶりだ。かれこれ三ヶ月ぶりくらいだろうか。

 まあ、そのくらいの頻度で会うのが、丁度良いのかもしれないが。




 

 


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