第6話 期待は、しない。
「あはは〜、ありがとう、今度是非、皆も誘って行こうね。」
「行きましょう、行きましょう。」
無難な返事を返して、美優はとりあえず笑った。
とてつもなく動悸息切れしてるのを隠すように。
倉庫の商品整理を頼まれていた慧也が、いつのまに店舗の方へまわってきたのだろう。店舗入口で案内として立っていた美優の背後にきて、独り言を聞いていたのか。
夕方になったとは言え平日はお客が少ないから、店内の人は疎らだ。他のスタッフも別々の仕事に従事しているから、持ち場にいる人数は少なかった。
「慧也くんは、レジに入らなくていいの?」
「これから入りますよ。やっと整理が終わったので、さっき休憩だったんです。こんなか細い俺の腕に力仕事させるなんて、店長もあんまりだと思いません?」
「そうだね、慧也くんはマッチョには見えないね。」
「でしょう。」
軽口を叩くと、彼はすぐにレジの有るカウンターの方へ歩み去っていった。
思わず両手で胸を押さえ、ため息をついた。
びっくりして、心臓が止まるかと思ったのだ。
土曜日の午後に、駅まで夫を迎えに行く。
航平は電車が好きなので、駅に行くのはご機嫌だ。だが、帰る時が大変だった。まだ電車がみたいと言って中々帰らせてくれない。
帰省のための荷物を持った夫は、嫌な顔をしてため息をつく。ちらりと、美優の方をみて、
「君の躾が悪いんじゃないの。ほら、家に帰るんだよ、航平。」
と、言い聞かせるが、
「やだ。もっと電車見る。ほら、次の電車が入ってきたよ!」
航平は動こうとしない。
小さな駅なので、ホームまで行かなくても電車の出入りが見えるのだ。それだけでも嬉しくて、航平ははしゃいでいる。
「いいじゃない、ちょっとくらい見せてあげれば。見るだけなんだし。」
美優は航平の好きにさせてあげたくて、子供の方を持つけれど、
「俺は長旅で疲れてるんだよ。早く帰って休みたいの。電車なら俺が帰る日じゃなくても見られるだろ。」
と夫の方はにべもない。
仕方なく、美優も息子に帰宅を促す。そっと耳打ちして。
『おうちで新幹線のDVD見てもいいから、ね。帰ろう?』
航平は、それならば、とでも言うように踵を返し、駅の構内へ背を向けた。普段は余りDVD鑑賞をさせないから、たまに見せるととても喜ぶのだ。
「おとうさん、お荷物重い?ぼく持ってあげようか。」
まだ五歳の息子が、どうみても、航平よりも大きいようなボストンバッグに小さな両手を伸ばす。健気な様子が、とても可愛い。
「優しいのね、航平。でもちょっと大きくて重いんじゃないかな?」
「無理だな。もっと大きくなったら頼むからな。」
「持てるもん!!」
ムキになっているのも可愛いが、到底無理な話だった。
そこで美優は、自分の小さめのハンドバッグを航平に手渡し、
「お母さんも重たくて大変なの、持ってくれる?」
とお願いする。
「うん!!」
母親の手ならば小さめでも、幼児にとっては充分な大きさだ。両手で大事そうに抱えてくれる。
呆れたようなため息がまた聞こえた。
だが、美優はそれを気にしない。夫の背後、一歩下がって、息子と共に歩きながら帰途につく。ほんの数十メートルも歩けば、息子が音を上げるのもわかっている。そうしたら抱っこして歩くのも自分だという事も。
外出時だけではなく、夫が航平を抱っこすることはあまり無かった。
だから、はじめから期待していない。
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