第5話 お殿様接待

「今週末、帰るわ。」

「あ、そうなのね。わかったわ。」

 短い会話をして、電話を切った。

 会社からは、月に二回分の帰省手当が出ているが、夫の秀紀ひできが単身赴任先から家に帰ってくるのは、月に一度。下手をすれば二ヶ月に一度ということもある。

 仕事のためとは言え、夫が家を出ていってしまったようなものだ。

 美優は航平と共に付いて行くと言ったのだが、赴任先は不便だし航平はまだ小さいから可哀想だと言って、単身赴任にした。

 妻がはついていくと言えば、喜んで共に引っ越すのではないかと思っていた。航平だってまだ赤ちゃんだった。転校や転園の心配もなかったのに。

 それでも慣れ親しんだ街を出るのは勇気のいる事だった。その勇気を振り絞って一緒に行くことを決断したのに、秀紀はあっさり断った。

「負担をかけたくないから。」

 という理由で、赴任先で居を構え一人暮らしをして仕事に行く生活をするようになって5年。

 月に一度程度に帰ってきても、

「疲れているから、休ませてくれ。」

 と言って、ほとんど外出もせず寝室に籠もっている。

 だから、帰省の連絡を受けても、大して浮き立たない美優であった。

 夫にはいつもの粗末な、いや素朴な食事を出すわけに行かないので、仕方なく買い物に出る。秀紀はメインが肉と魚の両方用意されていないと機嫌が悪くなるから。たまに帰ってきたときくらい、機嫌よくいてもらいたい。

 夫が帰ってくると、お殿様のように上げ膳据え膳で迎えてあげなくてはならない。気を遣うので、とても疲れる。正直、帰ってこなくてもいいとさえ思うようになっていた。それでも、生活費を貰っている以上、接待してあげないと。

 航平も、余り嬉しそうではない。父親であることはわかっているのに余り懐かないのは夫がほとんど航平の相手をしてくれないからだ。赤ちゃんの頃から単身赴任で家にいなくて、物心つき始めてからもたまに会うだけの男性に、懐くものだろうか。

「仕方ないよね。まあ、一泊2日の我慢我慢。」

 ブツブツと独り言を言いながら仕事に入る美優は、新規商品のリストを作成していた。セールスポイントを暗記して、お客さんに営業する際にしっかりアピールしなければ。

「何が我慢なんですか?」

「まあ、色々とね。亭主元気で留守がいい、なんていうけどさ。案外、的を得ているなぁ、・・・と。」

「留守なんですか?」

 自分の席でブツブツ言っていたのだが、背後から疑問を投げかけられて振り返る。

 仕事着に着替えた慧也が、立っていた。

 そこに彼がいたことに面食らった美優は、少し間を置いて質問に気軽く答える。

「うちの亭主、単身赴任してるから。でも、案外それも気楽でいいですよ。」

 職場の人間は美優の夫が単身赴任であることを知っている。知らないのは、慧也のようなバイトの子だけだろう。

「前向きぃ。寂しいって言わないなんて、偉いなぁ。」

「寂しくないわけじゃないですけど、やっぱり気を遣うから。」

「旦那さんに気を遣うの?」

「そりゃあ・・・滅多に帰ってこない分、接待してやらなくちゃだし。」

「接待って。営業ですか。」

 美優自身の気が滅入る愚痴のような話を、彼は明るく笑ってくれるので、有難かった。

「美優さんも大変ですね。今度飯でも食いに行きましょうよ。勿論、社食じゃない奴。気晴らしになりますよ。」

 己が耳を疑った。

 なんと、食事に誘われたらしい。美優は目をまん丸くしてから見開いた。


 

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