第7話 馴れ初めは
大好きな電車と特撮の話をした後に、航平はまだ喋り足りないと言いたげな顔のまま寝室へ連れて行かれた。
「ママ、ぼくの好きなモンスターのね、すごいしんかがね。」
「うん、うん。」
布団に入っても話が止まらない息子に、相槌を打ちながら寝かしつけをする。
父親が帰ってきたことで、興奮が止まらないのだろう。
普段ならば、このまま寝かしつけの途中で一緒に寝てしまうが、今夜は夫がいるのでそうは行かない。
辛抱強く我が子の話を聞いていれば、航平はそのうちパタリと喋っていた言葉が止まり、眠ってしまうのだ。
一緒に寝てしまえたら楽なのにな、と思いながらも美優は身を起こした。
子供と一緒に寝てしまったなんて事を秀紀は許してくれない。
少なくとも夫が起きている間は、妻も起きていなくてはならない。どんな理由があっても。それが、夫の言い分である。勿論朝は、夫よりも早起きだ。
ため息が出る。出るので、航平の傍にいるうちに吐いておこう。
リビングで晩酌をしている夫の元へ、気が進まないけれど足を運んだ。
「やっと寝付いたのか。」
パジャマ姿でビールを飲んでいる夫が、テレビから視線を逸らすこともなく声だけかけてきた。
「ええ。今日はちょっと興奮しちゃってたから時間かかったけど。いつもはもっと早く寝ちゃうんだけどね。」
美優はテーブルの上の空いた皿を片付ける。
その手を、夫の秀紀がつかんだ。
「何?」
「一ヶ月ぶりだろ。航平が寝たんだからさ、いいだろ。」
ビール臭い息を吐きながら顔を近づけてくる。
「お酒飲んでる人、イヤ。」
きっぱりと言い切って、美優は拒絶した。
掴まれた手首をも振りほどく。
「なんだよ、疲れて戻ってきた旦那様に、そのくらいのサービスもないのかよ。」
背を向けた美優は、淡々と言い返した。
「そういうサービスしてもらえる場所へ行ったら?ご自分のお小遣いの範囲で。」
皮肉とも嫌味とも言える言葉を聞いて、秀紀は眉をひそめる。
そして、聞こえるように舌打ちをして、またビールをあおった。
疲れた疲れた言うくせに。
エロいことはしたいのか。
最低だな、と思っているが、さすがにそこまで口には出さない。
美優はただ、淡々と、やることをやるだけだ。
そして、やりたくないことはやらない。
三年前、単身赴任している夫の部屋を訪れた時に、そう決めた。
夫の秀紀とは、いわゆるデキ婚と言う形での結婚だった。
7年前に長年つきあっていた恋人と別れた。寂しくて寂しくて、辛かったのだ。幼馴染で学生の頃からの付き合いだった。本当に大好きだった。
別れを告げられ、放心状態だった美優に、同僚の先輩だった秀紀が近づいてきたのだ。落ち込む美優を心配して、同僚が秀紀を紹介した。秀紀の方は美優を以前から見知っていて、紹介して欲しいと頼んでいたらしい。
同僚は、美優には彼氏がいるから紹介するのを断っていたのだが、フリーになったからよかろうと思い、美優の前に秀紀を連れてきたのだ。
前の彼のことが忘れられずにいた美優は、最初はやんわりと断った。相手にも失礼だろうと思ったし、秀紀のことは何も知らなかったから。
しかし、秀紀は諦めなかった。忘れられるまで待ってると言ってアプローチを続けたので、美優は、なかば根負けしたのだった。
秀紀は出世株だと社内で評判だったし、小柄だが容姿も普通で、そこそこモテる男だったようだが、美優はまったく知らなかった。地方から上京して就職したという彼は、いつしか店舗で働いていた美優を見かけて気になっていたのだという。
店舗で働く美優と本社勤務の秀紀は接点が少なかったから、紹介でもなければ知り合うことは難しかっただろう。
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