第8話 ホームでお見送り
強引なアプローチを断れずなし崩し的に付き合うことになった。それでも優しくしてくれたから、最初のうちは楽しかった。
「美優のこと、大人しそうで可愛らしくて、いいなってずっと思ってた。」
「大人しくも可愛らしくもないんだけどね。」
大人しく見えるのは、職場だからだ。可愛らしいかどうかは知らないが、小柄なのは確かだった。コンプレックスと言ってもいい。秀紀も大きくはないから、並んで立てば丁度良いカップルに見えるかも知れない。
このまま付き合っていれば前の彼氏を忘れられるかもしれない。他の男だって、そう悪いものじゃない。そんな風に思いはじめていた。
性行為の時も避妊を必ず頼んでいた。無責任なことをする男は嫌だから、と言って避妊具を使わないのなら断った。秀紀は避妊を嫌がっていたけれど、美優が頑ななので仕方なかったのだろう。
それでも、航平がお腹に宿った。
最初はショックでどうしていいかわからなかった。
打ち明けると、秀紀は嬉しそうに笑って、プロポーズしてくれた。
そのことに安堵した。お腹の子を、父親のいない子にせずに済む、と思った。
妊娠が判明してすぐに結婚することになり、仕事は休職することにした。店長はまた戻ってきてね、と言ってくれたから嬉しかった。
同居していた両親にも了承を貰ったし、秀紀の両親にも挨拶した。本来なら美優のほうが行かなくてはならないと思っていたけれど、妊娠しているのなら大変だろうと気を使ってわざわざ田舎から出てきてくれた。今も滅多に会うこともない義両親だが、良い人なのだろうと思った。
やがて航平が生まれて間もなく、秀紀の赴任が決まった。挙式から一年足らず。航平はまだ六ヶ月だった。
日曜日の夕方、新幹線のホームで夫を見送る。航平と共にいつまでも手を振っていた。夫に手を振っているのか、それとも車両に手を振っているのか。
夫が持ってきた大量の洗濯物を一晩で洗濯して乾かしてアイロンをかけた。寝不足の美優は、それだけでもぐったりだ。秀紀のお土産はいつも洗濯物の詰まったボストンバッグで、現地の美味しいものや航平へのプレゼントが入っていたことなど無い。
でも、別にいい。
ずっとこのままでかまわない。航平が大きくなるまで、ずっと単身赴任していてくれればいいと思っている。
困ったことがあれば美優の両親が同じ市内に住んでいるから、そちらに頼るし、生活費さえしっかり稼いで渡してくれれば文句はない。
「そろそろ帰ろうか航平。まだ電車みたい?」
「見たいけど、お腹すいたよママ。」
「じゃあ、ファーストフード行っちゃおうか。おとうさん帰ったし。」
「うん!!」
航平は某ファーストフードのポテトが大好きだ。おまけで玩具も付いてくる。外食とは言え、子供一人と自分だけならそれほど家計にも響かない。
駅の改札を出てすぐ向かいにあるファーストフードへ入った。
小さな二人用のテーブルに腰を下ろして、航平と一緒に夕食を取る。心から安堵する時間だった。夫がいると、こんな簡単な食事は許されない。
「ママ、見て。玩具、新幹線シリーズだよ!」
「よかったね〜。変身するんだよね、カッコイイよね!」
航平が溢したジュースを紙ナプキンで拭きながら相槌を打つ。
二人のテーブルの横を、若い学生風の団体が通り過ぎていく。そのうちの一人の荷物がテーブルに当たって、航平の玩具が床に落ちてしまった。
「ああ、ごめんね。」
ぶつかった人が拾い上げてくれる。
「ありがとうございます。」
美優は軽く頭を下げた。
「新幹線好きなんだ。カッコイイよね。」
その人は愛想よくそう言って航平に笑いかける。航平も人見知りをあまりしないので、うん、と言って笑った。
顔を上げた瞬間、固まってしまった。
相手もそうなのだろうか、目を見開いている。
「久我さん・・・?」
「慧也くん。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます