第13話 無いから続く。
「今週末、戻るから。」
夫からの電話は、大体夜に来る。予定を知らせるためだ。
「え、ほんと?」
夫の意外な予定に美優は首をひねった。ついこの間も帰ってきたのに、頻度が変わったのか、と感じてしまう。
「戻っちゃマズイことでも?俺が俺の家に帰るのに?」
随分と険の有る言い方だ。
ただ本当か?と聞き返しただけだろうに。
夫が同じ月に二回帰省することは今までなかった。1週間前に帰省したばかりなので、何か特別な理由でもあるのかと思っただけだ。
「いつものように、土曜日に駅まで迎えに行くわね。」
夫の嫌な言い方には取り合わず、美優はすぐに話題を変える。
「いやいい。自分でタクシーでも拾って帰る。何時頃の電車になるかわからないから今回は迎えはいらない。」
それだとこちらの予定が立たないので、困る。
夫の帰省する日程に合わせて買い物をしたり家事をしたりしているので、はっきり何時の電車と言ってもらえたほうが助かるのだが。
だが、今日の電話口の秀紀の声には何か苛つきが有る。
逆らわないほうが身のためだ。
「そう。じゃあ家で大人しく待ってるわ。気をつけて帰ってきてね。」
夫の秀紀は単身赴任の際に決めた約束事がある。帰省や出張などの移動の時には必ず報告と連絡をすることだ。
よく社会人の常識として、ほうれんそう(報告・連絡・相談)と言われているが、秀紀は相談はしない。単身赴任を決めた時も、相談などなかった。付いていきたいと言った美優の意志も聞いてくれなかった。
だから、美優もほとんど相談はしない。航平の保育園も、自分が復職することも勝手に決めたし、事後報告だった。勝手に決めたことで秀紀は美優を責めたが、
「あなただって単身赴任を勝手に決めたわよね。」
と言われ、秀紀は黙ったのだ。
単身赴任先で、出張が有る時にも一応連絡がある。
離れて暮らしているのにこれでは色々と困ると思ったので、秀紀と美優の共通認識として移動の際は連絡をすること。これだけはお互いに守っている。
もっとも、美優の仕事に出張はないし互いの実家への帰省は一緒に行く。だから報告は秀紀から美優へばかりだ。単身赴任先からどこかへ出張の時も、一応美優には連絡を寄越す。
美優は夫との関係改善を望んでいない。このままでいい。帰省してきても、子供と遊ぶでもなく家族でも出かけるでもなく、家で寝ているだけの夫だ。互いの実家への訪問だけは別だが。
何もしなくていい。
航平のために兄弟を作ってあげようというつもりもない。
冷えている夫婦関係でかまわない。
心の奥底で思う相手が出来たことだけで、美優は結構幸せだ。
慧也がいてくれて、何憚ること無く堂々と会えるのだ。職場の同僚で、客と美容師なのだから、堂々と。
”次回の予約は、いつにしましょー?”
メッセージアプリから、慧也の言葉が届く。
愛の言葉や、ラブラブなメッセージなど無い。ただの、業務連絡だけれど。
”トリートメント、またお願いできるかしら。来週の火曜日にどう?”
月イチどころか週一くらいの頻度で通う美容院。
”了解でっす。お待ちしてます!”
あの音がしそうなほどの明るい笑顔が脳裏に浮かぶ。
そして、二人の仲が進展することはない。しないから、続けられるのだ。
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