第2話 大事な幼なじみは、大事な男友だち
運転手に悟られないよう、
幸いなことに、バスの乗客は自分たちだけだった。
まだギンギンな下半身がバレないよう、竹千代は窓際の後部座席をしっかりと確保する。
すると、
「お客は僕たちだけだね」
竹千代は片眉をあげる。
「……近くないか?」
「近いよ。いけない?」
「いやだって、他にも席が空いているわけだしさ」
「たけちーとの久々の再会なのに、わざわざ離れる意味ある? それとも迎えにきた幼なじみとは話したくないわけ?」
澤留はおかしな点はないと主張するが、唇はうすく笑っている。
男だとわかっていても澤留は自分の理想を叶えたような容姿だ。もう不覚をとられたくない竹千代はどっしりと構えることにした。
「まあ、数年ぶりの『幼なじみ』と話すぐらいなんでもないわな」
「幼なじみを強調してくるね」
「実際俺たちは幼なじみなわけで、それ以上でもそれ以下でもないだろう」
「へーぇ、さっき僕が隣に座っただけであんなにも動揺してたのにねー?」
澤留は猫口で笑った。
美しく成長した澤留に、不肖の息子がいちじるしく反応したわけだし、幼なじみ以上のものを見たのはたしかだ。
しかし、自分の性的嗜好はあくまでノーマル。
男とわかった今もう動揺しないよなと、竹千代は落ち着いた下半身に問うた。
(……自信ねーなあ)
容姿があまりに理想すぎたのもあるが、男の澤留から恋愛対象として見られても嫌な気はしない。それぐらいで澤留への友情が揺らぐわけがないと思っているし、大事だった。
「……澤留は大事な幼なじみだよ」
「ふーん、そこまで強調するんだ」
澤留が、竹千代の手をきゅっと握ってくる。
愛おしそうに指をからめてくる距離感は、もはやただの幼なじみのものではなかった。
「ま、また、なにかのゲームかよ」
「たけちーが僕と手を繋いだら動揺するかなーって。ねっ、めちゃしたでしょ」
「しねーよ!」
「えー? 顔がほんのり赤いよー?」
「こ、これはさっきまで暑い中にいたからで」
「うそ。顔は別に赤くなってないよ」
にひひと幼なじみが笑うので、竹千代は顎をつきだしてむくれた。
「……だったらよ。バスを降りるまでのあいだ、俺が本当に動揺するか試してみたらいいさ」
「いいね。面白いゲームだ」
澤留はにいぃっと笑った。
待合室の一件で、優位性は自分にあると思っているらしい。
(さっきは不覚をとったが、もう惑わされんぞ。澤留だって、からかいの範疇におさめるだけでガチに踏みこんでこないだろ。……たぶん)
竹千代は勝負をふっかけたことにちょっぴり後悔した。
ガンガンに効いたバスの冷房のおかげで冷静にはなってきたが、冷静になるほど澤留の美しい容姿に目を引かれてしまう。
「たけちーたけちー、外の景色を見てみなよ。僕たちが昔遊んだ廃ビルがあるよ」
澤留は手を繋いだまま、身をよせてきた。
肩が触れあい、澤留のぬくもりを感じる。竹千代は心の中で『平常心平常心平常心』と何度も念仏のように唱えた。
「ほんとだ……ってか、まだ放置されてるのか、あの廃ビル」
「ここらの再開発の目途が立ってないからねー。ずっとあのまんまじゃないかな」
「俺が住んでいたときは新興住宅地の予定だったんだけどなあ……。結局手つかずのままか。駅前のテルシーがつぶれていてビックリしたよ」
「あはは、あれは僕もビックリしたな。まー、休日にも人いなかったし、やむなしだよ」
駅前には、テルシーという大型商業施設があった。
ここらでは一番大きな商業施設で、イベント事も頻繁にやっていた。町の未来の象徴施設だったテルシーがつぶれたことに驚いたが、再利用もされず放置されっぱなしには無常を感じる。
竹千代は、車窓をながめた。
家屋半分。田んぼ半分。都会でも田舎でもない半端な景色。
グーグルマップで上空からながめても、きっと同じ半分半分な光景だ。昔は新興住宅地として人が集まっていたが、交通の不便さにはかなわず、半端のままで町の成長が止まった。
「半端、だよねー」
澤留の言葉にはふくみがあるように聞こえた。
女の子のような男の澤留のことか。久々に出会った自分たち二人の関係のことか。
「……俺としては、変わらないほうが安心するけどな」
竹千代は、容姿も、関係も、男友だちなままがいいと暗に言った。
その意図が伝わったかは、澤留の綺麗な顔からはわからない。
「けっこー変わっていたりするよ? 国道に牛丼屋のチェーン店ができたしー、レンタルDVDのチェーン店もできた。服のチェーン店もあるよ」
「……他には?」
「今度ラーメン屋のチェーン店もできるよ」
「チェーン店ばかりじゃん」
「あとはー、車で数十分走ったところにイオンができた。なんと映画館もあります」
「もうそれ隣町だろ」
すこし変わったようで、まったく変わってないのだろう。この町も、このとりとめない会話も、自分たち二人の関係も。
竹千代はすこし安心した。
それから、数年分の隙間を埋めるように、二人は会話を弾ませていった。
「――うっそ! たけちー、そんなに成績いいの⁉ なんで優等生ぶってんのさ! 悪ガキたけちーはどこにいったんだよ!」
「待て待て待て! 俺はいつも澤留のイタズラに巻きこまれていただけだが⁉」
「またまたー、責任転嫁はよくないって」
「うぉいっ⁉ 笑顔一つで過去の暴虐すべてをなかったことにすんなよ⁉」
気づけば竹千代は、手を繋げたままで談笑していた。
綺麗になった幼なじみにドキドキすることもなく、居心地の良さだけを感じている。
「ふふっ……たけちーは変わってないよね」
澤留は困ったように笑って、繋いでいた手をすっと離した。
竹千代は追いすがることもなく、澤留の温もりがのこる手を閉じる。
「身長はだいぶ伸びただろう」
「んー……あいかわらず目がよどみすぎだし、ちょっとぶっぎらぼうなところあるし、ぱっと見性格が悪そうなのは変わってないよ。大丈夫? 僕以外に友だちいる?」
「いるわい!」
「そんでー、他人の意見に流されない」
「…………そりゃ、まあ、世間がどう思おうが、自分がどう感じたかが大事だと思うし」
竹千代は澤留の容姿もふくめて言った。
澤留が女装をしたところで、二人の関係が変わるわけではない。出会ったときにドキリとさせられたが、竹千代にとって澤留はやはり男友だちだった。
「あーあー、つまんない。僕に全然ドキドキしてくれないもんー」
「俺の勝ちだな」
「そうだね、勝ちだねー」
澤留は唇をとがらせながら立ちあがり、降車ボタンを押した。つり革にぶらさがる澤留の背中はどこかさみしげで、竹千代の胸がチクリとした。
竹千代はなにか気の利いた言葉をかけようとしたが、澤留に不意をつかれる。
「……たけちーが、友だち想いなのも変わってないね。きっと、男友だちから恋愛感情をぶつけられても変わらずに接してくれそう」
澤留はふりかえらずにそう言った。
そこまで踏みこむとは思わなかっただけに、竹千代の心臓が跳ねた。
ただの男友だちとして意識していたところに不意をつかれたのもあって、なかなかドキドキがひかない。
竹千代の沈黙に手ごたえありと察したか、澤留がゆっくりとふりかえる。
キラキラ輝く澤留の瞳は、イタズラが成功した悪童のときと変わっていなかった。
「……澤留もぜんぜん変わってないな」
「うん、変わってないよ」
綺麗になった幼なじみは、すこし恥ずかしげに当たり前じゃんと微笑んだ。
バスが目的地にたどり着いた。
澤留はなんだか逃げるようにタタタとバスを先に降りていく。今さら引きかえすことはできないと、竹千代は腹をくくって旅行鞄を手にした。
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