第10話 過去からの想い

 竹千代たけちよ澤留さわるは、秘密基地にむかって冒険をはじめた。

 田んぼのオタマジャクシを眺めたり、小川のザリガニを枝で釣ってみたり、コンビニでアイスを買って二人で半分こして食べたり、山沿いの神社の長ーい階段をジャンケンしながらのぼったりした。


 数年ぶりの冒険だったが、もう子供の歩幅じゃないようで、すぐに目的地に到着する。


 秘密基地は、神社の裏手にあった。

 藪をかきわけた先にある秘密基地は、昔より改良されていた。

 ベニヤとブルーシートで創った外装は、頑丈なトタンと防水シートに変わっている。アニメキャラのお面で作られたトーテムポールがあったりと、ちびっ子たちはインテリアをこだわっているらしい。


「なあ澤留。ここなら秘密基地は大人にバレないと思ってたけどさ、神社の裏手なら神主さんにバレバレだよな?」

「だねー。敷地内で禁止してよそで創られるよりは、目のとどくところにあって欲しかったんじゃない。あのころのたけちーって、手のつけられない悪ガキだったし」

「そりゃ澤留だろーが!」

「そうだっけー」


 にへらと笑う澤留にジト目を送りつつ、竹千代は秘密基地にはいった。


 秘密基地は、中も改良されていた。

 小さな本棚には漫画が敷き詰められ、おもちゃ箱には遊具がつまっている。クーラーボックスが備えつけてあった。キャンピングシートのうえにはお洒落な絨毯がひかれていて、ゆっくりくつろげる空間に様変わりしていた。


「おー。めちゃ広くなったし、インテリアもってるなあ」


 竹千代は靴を脱いで、秘密基地にお邪魔した。


「僕たちが創ったのよりずっと立派だよね」

「中で普通にすごせるもんな。俺たちが創ったのもまあまあったとおもうが、二人も入ればいっぱいいっぱいな広さだったし。……って、本棚にエロ本が置いてやがる」

「まさてるねー。どうする? 没収しちゃう? それともー、男の娘もののエロ漫画を置いていく?」

「どっちもやめてやれよ……」


 子供のころから性癖を歪ませてはいけない。


「でもこれだけ改装されていると、もう僕たちの秘密基地じゃないね」

「……そーだな、もう部外者の俺たちが長居して良い場所じゃねーや」


 寂しいが、もうここは成長した自分がいてはいけない子供たちの居場所だ。


「せっかく来たけど、もう出るか」

「…………うん。それじゃあ、帰っちゃう前に」


 澤留はおもちゃ箱からスコップを取りだした。


「タイムカプセル、掘り出そうか」


 ☆ 


 秘密基地のすぐ近くには、大きなクスノキがあった。

 そのクスノキの根元には、子供のころにタイムカプセルを埋めてある。

 竹千代は澤留と一緒になって地面にかがみ、土を掘り起こしていくと、すぐにお菓子の箱がでてきた。二人は土をかきわけて箱をとりだし、ぐるぐる巻きのセロハンテープをゆっくりと剥がす。

 箱の中には、数年前に流行った玩具や遊び道具が入っていた。


「おおっ⁉ 球場で手に入れたホームランボールじゃん! そーいや箱に入れてたわ!」

「たけちー、案外ガチ目の入れてたね」

「ははっ、ガチャガチャの景品とかもあるけどな。澤留はなにをいれたんだ?」

「えーっと……トレディングカードだね」

「案外普通だな」

「将来プレミアがつきそうなものをまとめて入れたんだ。まだそんなに値上がりしていないと思うけど、あとでネットで調べてみるよ」

「なんでそう抜け目がないんだよ……」


 しっかりしてんなーと思いつつ、竹千代はタイムカプセルの中身を懐かしむ。

 と、見覚えのないものが入っていた。

 それはガチャガチャの容器で、『たけちよ』とサインペンで自分の名前が書かれている。気になってあけてみると、折りたたまれた手紙があった。


「? なんだっけ、これ? 俺こんなの入れたかな」

「……それ、たしか、将来の夢を書いた手紙じゃなかった? 神社の側だし、タイムカプセルと一緒に埋めたらご利益あるんじゃないかって、たけちーが言ってたよ」

「……んん? 覚えてねーな」

「子供のときのことだしね、忘れていても仕方ないよ。あけてみたら?」


 澤留は覚えているらしい。

 竹千代は首をかしげつつ、手紙を丁寧にひろげていく。


『大きくなったら、大好きなさわると結婚する』


 思わず、息を呑んだ。

 手紙に書かれた、純心無垢な子供の願い。

 タイムカプセルに入れてまでして、未来に祈願したほどの思い出が、竹千代の心につき刺さった。


「たけ、ちー?」


 澤留が驚いた表情で見つめてくる。


「こ、これは……‼」


 これは、なんだろうか。

 綺麗な澤留にドキドキして、今現在もふりまわされるのが楽しいくせに、嘘だといいはるのか。澤留への想いは、小さなころは愛情だと感じていた。だけど成長するにつれて、相手が男だからと友情にすり替えていたのだろうか。


「…………俺は」


 どう言葉をつむげばいいのかわからないでいた竹千代は、はたと気づく。

 澤留の唇の端が、ぴくぴくと動いていたのを。

 幼なじみが大嘘を吐くときの癖に、竹千代は真顔になる。


「………………なあ澤留。俺たちさ、タイムカプセルをもっと深く掘らなかったか?」

「……どうだったかな? 覚えてないや」

「タイムカプセルに巻かれていたセロハンテープさ、なんか真新しくね? もっと黄ばんでもよくね?」

「ほら、土の中って保存がきくから」

「俺の文字さ、もっと汚いんだよな。ましてや子供のときだぜ。こんなに文字を綺麗に書いてねーよ」

「……なかなかに鋭い観察眼だね」

「思い出を気軽に捏造すんなや⁉」

「……えーん、たけちーが嘘に気づいちゃったよぅ」


 澤留は子供みたいなウソ泣きをした。

 もちろん、それにほだされる竹千代ではない。


「タイプカプセルをこっそり掘り起こして、ドッキリ仕込むんじゃねーよ⁉」

「えへへ、たけちー僕にドッキリした?」

「ドキドキしたみたく言うなや⁉ 可愛く言っても誤魔化されねーからな‼」


 危なかった。本当に危なかった。

 澤留への想いを改める必要があると、竹千代は本気で考えていた。


「……ったく、自分の分まで仕込んでよ」


 竹千代は「さわる」と書かれたガチャガチャの容器をあけて、手紙をひろげる。


『大きくなったら、大好きなたけちーと結婚する』


 一瞬ドキッとする。

 ドキッとはしたが、これも仕込みだろうとさすがに叱ることにした。


「あのさ、澤留――」


 澤留の顔は、真っ赤だった。

 地面にぺたんと座りながら、恥ずかしさをこらえるように小さく唇を噛み、どこか期待したように竹千代の瞳をじいっと見つめてくる。


 だから、こっちの手紙は本物だと察した。

 過去から飛んできた澤留の想いに、竹千代の頬が熱くなる。


「なんで…………澤留は俺のことをそんなに………」


 そう気持ちを聞くので精一杯だった。

 澤留は秘密基地を懐かしそうに見つめ、愛おしそうに告げる。


「だって、僕と遊んでくれたのはたけちーだけだったもの」

「……そんなことはないだろう? 澤留は近所のガキ大将みたいなもので、いつも誰かが側にいたじゃないか」

「たけちーが僕と遊んでくれるようになってからだよ、それは」


 澤留は冷たい表情で、タイムカプセルの中身を丁寧にしまっていく。


「……僕、両親に、高菜たかなお婆ちゃんところに置いてかれたって知ってるよね?」

「…………ああ」


 澤留の家庭事情は竹千代もよく知っている。

 というより有名だった。

 澤留の両親はとんでもない遊び人で、まだ幼い澤留を祖母のところに置いていった。

 置いていったは柔らかい言い方で、つまり捨てていったのだ。

 澤留の祖母は大激怒し、興信所をつかって両親をさがしだして色々と揉めたそうだが、今はもう完全に縁を切ったらしく、澤留は祖母と二人きりで仲良く暮らしている。


「昔の僕は、面倒な子、厄介な子だって、遠巻きにされてたしね」

「……俺は澤留と一緒にいて楽しかった。そんなに暗い顔されると悲しいぞ」

「うん、そう言ってくれたのはね、たけちーだけだよ」


 澤留の表情が柔らかくなる。


「周りなんて関係なく、僕だけを見てくれる。僕と一緒にいてくれた」

「……俺だけじゃないだろう。椿つばきちゃんたちもいるじゃん」

「たけちーとの思い出があったから、今の僕があるんだよ」

「俺はそんな立派なもんじゃないって」

「立派だとか、偉人だとか、英雄だからとかじゃないの。たけちーがたけちーのままだからいいの。女の子の恰好をしても拒絶せずに、今もこうして僕の側にいてくれるたけちーだからいいの」


 澤留は頬を赤く染めたまま、まっすぐに告げるてくる。



「たけちー、大好きだよ」



 心臓を太鼓ばちで殴られたような衝撃に、竹千代は完全に停止した。

 夜這いされるよりエロい手で攻められるより、ずっとずっと衝撃的。

 男の幼なじみにハッキリ大好きだよと告げられて、竹千代は全身が沸騰したように熱くなる。

 なんとか、答えてあげなければいけないと思った。

 そよそよ涼しい風が吹く中、愛の言葉を待っている澤留に、きちんとしたこと言葉をかえさなければいけないと思った。


「…………」


 しかし空気を噛むだけで、言葉がでてこない。

 一生付き合うかもしれない幼なじみだ。

 だからこそ衝動に任せて、竹千代は半端な言葉でかえしたくなかった。


「……僕は、答えをかしていないからね。というか、たけちーの答えはハッキリしてるもんね」


 澤留はクスリと笑ってから立ちあがり、すっと手を伸ばしてくる。


「ちょっとだけお願い」

「お願い?」

「僕からは手を出さない代わりに、僕と一緒に手を繋いで帰って欲しいんだ。今日、勇気をだした僕へのご褒美にね」


 邪悪に微笑む澤留の手は、かすかにふるえていた。


「……俺は、今も昔も、澤留に手をひっぱってもらうのが好きだよ」

「ん。今はそれで十分かな」

 

 竹千代がふるえている手を握ると、澤留は安心したようにぎゅっと握りかえしてくる。

 ただの手繋ぎなのに、澤留の存在がいつになく近くに感じられた。


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