第16話 延長線上の君
山沿いの神社の境内は、もうすぐ夜だというのに地元住民であふれていた。
夜のとばりが空からおりてきていたが、提灯と屋台のあたたかな光が結界のように押しかえしている。わいわいと賑やかな声は結界をつくる呪文のようで、境内はまるで真昼のように明るかった。
屋台からただよう香ばしい匂い。子供の騒がしい声に、カランコロンと下駄の鳴る音。祭りばやしは機材の録音からだが、それでも活気があった。
二人でしばらく祭りの雰囲気にひたっていると、おーいと呼びかけられる。
境内の隅に、
「澤留ちゃん、
「うーっす」
浴衣姿の椿が両手をふり、ラフな格好の天美が片手を気怠くあげていた。
竹千代は澤留と手を繋いだまま、二人の元に歩んでいく。
「海江田、前園、来てたんだな。って俺とちがって地元住民だもんな」
「二人共ばんわんわー。椿ちゃん、可愛い浴衣姿だねー」
澤留に可愛いと褒められて、椿はにへりと微笑んだ。
「ありがとうっす! 澤留ちゃんも槇原君も浴衣姿がさまになってるっすね! やっぱり、夏のお祭りといえば浴衣っすからねー」
「ねー」
澤留と椿は、ねーと言葉をかさねて、天美を見つめた。
「……んだよ。別にいいじゃんか、Tシャツジーパンでも」
「なにも言ってないっすよー。たーだ、槇原君ですら浴衣姿なのに、天美ちゃんはなーんで浴衣姿じゃないんだろうなーって」
「言ってるじゃねーか。っつーか槇原君ですらって、竹千代に失礼だぞ。なあ?」
天美が助けを求める視線を送ってきたので、竹千代は答える。
「前園はなんで浴衣姿じゃないんだ?」
「……ぐっ、裏切り者」
三人のとがめるような視線に、天美は観念したようにため息をはいた。
「……わーったわーった。着替えてくるよ。……柄じゃねーんだけどなあ」
「やったっす! へへっへー、楽しみっすねー」
にへらと微笑む椿に、天美が頭をかきながら聞いた。
「楽しみって椿……男ものか女ものの浴衣、どっちの姿のほうがいいんだ?」
「男ものでも女ものでもどっちでもいいっす。天美ちゃんなら」
椿のまっすぐな笑顔に、天美は困ったような嬉しいようなごちゃまぜの笑みではにかんだ。
自分たちの前ではイチャつくようになった二人に、竹千代は苦笑する。
「んだよ竹千代。あたしになにか言いたそーだな」
「いんや、仲がいいなって」
「ちぇー……そりゃあ竹千代たちもだろ。ずっと手を繋いだままでさ」
そういえば椿たちの前でも手を繋いだまだと竹千代は気づく。
一瞬手を離そうとしたが、このままでもいいと考えなおした。澤留も繋げたままが良いらしく、手にほんのり力をこめてきたのもある。
「まー、あたしは着替えに戻ってるわ」
「私、天美ちゃんについていくっすね!」
「へいへい。あたしたちが戻ってきたとき、まだ神社にいるなら四人で祭りを回ろうぜ」
そう天美は言ったが、なんとなく合流することはないなと竹千代は察した。
好きな人と一緒の夏のお祭りだ。椿たちにとっても良い思い出になるよう、そして二人の邪魔にならないように、竹千代は無難にかえしておく。
「わかった。また四人でどこかに行こうな」
「槇原君、それってWデートってことっすか?」
椿の探りをいれるような笑みに、竹千代は曖昧に笑う。
「ははっ、どーだろうな」
澤留も察しはいいほうだが、この中で一番繊細で他人の心情を汲むのがうまいのは椿だ。
場の空気に合わせるのが上手い彼女が、自分から天美に告白したのだという。
そのときの椿の心情を聞いてみたいが、神聖不可侵な秘めごとだ。これからも、きっと聞くことはない。
椿と天美が仲つづまじく去って行く姿を、竹千代はまぶしそうに見つめた。
と、澤留が手をひっぱってくる。
「たけちー、ちょっと歩かないといけないし、早めに花火の席にいこうか」
「ああ、そうだな。澤留と一緒に花火なんて久々だなあ」
「うん、懐かしいね」
お互いに微笑みあいながら、懐かしの場所に向かった。
神社の境内を抜けて、秘密基地をとおりぬける。
うすぐらい山の斜面で
そうして十数分は歩いただろうか、ひらけた場所にでる。
二人は斜面に腰を下ろしながら、眼下の河川を眺めた。
夜風がすずしく、羽虫がりぃんと鳴いている。
もうしばらくすれば、花火の煙でお祭りの匂いがいっそうに濃くなるだろう。
この場所は、幼いころに二人が見つけた絶好の花火スポットだった。
「たけちー、はじまるみたい」
「おー」
遠くのアウナウンスが聞こえてきて、ひゅうるると音が鳴る。
夜空にぱっと花が咲いたかと思うと、ぱらぱらと火が
花火を眺める澤留の横顔は美しい。
見つめているだけで、この時間が一瞬で溶けてしまいそうに思えた。
「たーまーや!」
だから竹千代は、祭りの瞬間を楽しもうと叫んだ。
澤留も大声で叫んだ。
「たーまーや!」
竹千代はさらに大声で叫ぶ。
「かーぎーやー!」
「たけちーの大バカ野郎―――――!」
「いやなんでだよ⁉」
「けーーーーっきょく僕に全然手を出さないだもーーん! 僕を襲えよこのバカーーーーーーーーーー! 僕にチンコをいれるだけだろーーーーーー!」
大声でとんでもないことを叫びはじめた澤留の両肩を掴む。
澤留は唇をとがらせて、そっぽを向いた。
「
「はたして
「勇者をたぶらかす魔王みたいに言うんじゃねーよ!」
「僕に迫られてバッキバキにたったくせにーーーー!」
「うおおおおおおい⁉」
周囲に人はいないとはいえ、神社には届いているかもしれない。
小悪魔がなりふりかまわず暴れはじめたので、竹千代は言い聞かせる。
「落ち着け! な⁉ たしかに手はださなかったけど……」
「けど、なーに?」
澤留は下手なことを言えばもっとハレンチに叫ぶと表情で脅してくる。
今まで表面化していなかったが、相当不満を溜めていたようだ。
「俺は澤留のことが好きだ」
「……友だちとしだよね」
「そうだけど、ずっとこの先も隣にいるのがわかったーっつか、大人になっても馬鹿やってるのがわかったっつーか……」
「なにが言いたいわけ?」
「友だちの延長上にあったんだよ、俺の気持ちはさ」
澤留は不満ありありな表情になり、ひゅるひゅるとあがってきた花火に顔を向ける。
さらに不満をぶちまけるつもりだろう。
「たけちーの――」
結局こうなるのかと、竹千代は諦めた。
でも友だち同士なままでタイミングを踏むのが一番らしいかと、大好きな澤留の両肩をつかみ、身体をひき寄せる。
そして、うるさい澤留の唇をふさいだ。
「――ん⁉」
花火がパラパラと夜空にかがやき、澤留の目が真ん丸と大きくなった。
竹千代が腰に手を回し、さらには唇を重ねてきたのが信じられないようで、目をあけたまま驚いている。
しかし竹千代が唇を離さないとわかったのか、そっと目を閉じた。
「ん……」
澤留から積極的に唇を合わせてきた。
竹千代も竹千代で今まで我慢していた分、反動が大きく、澤留の小さな唇をつばみ、何度も重ねあわせる。お互いの唇から熱い吐息がもれ、花火が何度も打ちあがったが、我を忘れたようにお互いを求めた。
「……たけちー、一応聞くけれど、僕が男だってわかってるよね?」
澤留がすこし唇を離して聞いてきた。
「いまさら」
「っ……たけちー……」
澤留が身体をあずけるようにキスをしてきた。
何度も何度もキスをしてきて、竹千代はしまいには押し倒される。
身体を密着させての、澤留の体温を感じながらのキスに、竹千代は頭の中がとろけそうになった。
「さ、さわる……さすがにそろそろキスは……」
「なんで?」
「なんでっておま……」
元々危ういラインで踏みとどまっていただけに、これ以上澤留に積極的に求められると理性がぶっ壊れてしまう。
「も、もっとお互いの気持ちを言葉でたしかめあってだな……」
「別によくない?」
「よ、よくはねーよ! 澤留だって、俺がなんでキスしたのか理由を知りたいだろう? この夏、澤留と共にすごしてわかったんだ。これからもずっと澤留が俺の隣にいるのなら、この好きの形は――」
「たけちーから手を出した」
澤留は勝ち誇った表情で、にまにまと笑っている。
頬を染め、とろけきった瞳で、もう絶対に逃がさないと微笑んでいる。
「け、結果的にそーなったわけで、つまり俺が納得できる好きの形は友情の延長上にあって――」
「たけちーから手を出したんだからね?」
「う、まあ、そ、そーなんだけどさ」
「たけちーが僕を大事に想っているのは最初から知ってたもん」
澤留はそう言って、邪悪に微笑んだ。
ああ、これからもこのさきもずっとずっと澤留にふりまわされるのだなと、竹千代はどうしようもなく嬉しくなる。
そうして花火を背景に、澤留と両手をつなぎあって、またキスをした。
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