第12話 イタズラっ子、二人

 青白い光が、真っ暗な居間を照らしている。

 畳であぐらをかいていた竹千代たけちよは、隣で女の子座りしている澤留さわるにうっとりと見つめられていた。


「ねーぇ、たけちー。僕いますっごくドキドキしてるよ?」

「お、おう……俺もドキドキしてる」


 竹千代は澤留を見ずに言った。


「でも落ち着いてもいてね……なんでだろう、たけちーが側にいるからかな?」

「そりゃ、まあ、一人でいるより二人のほうが安心するんじゃないか」

「……うん、たけちーと一緒だと僕もとっても安心する」

「普通に見れ、普通に」


 竹千代は寄りかかってきた澤留の肩をつかみ、大型テレビに顔を向かせた。


「やーん」


 大型テレビの画面では、幽霊におびえる男の姿が映されていた。

 電気を消し、エアコンをガンガンに効かした真っ暗な居間。テーブルにはお菓子とジュースが用意してある。


 澤留企画「ホラー映画でドキドキ納涼」会だ。

 澤留は、自分は怖がりなのでホラー映画は納涼にもってこいだなんだの言っておいて、隙あらばわざとらしく寄りかかってくるので、竹千代はホントカーと思っている。


(ってーか、ホラー映画のバカップルムーブだよなあ、この状況)


 竹千代はモンスターに襲われませんようにと祈りつつ、もう一組のバカップルに視線をやった。

 愛想のよい海江田椿かいえだつばきが、ちょっとぶっきらぼうな前園天美まえぞのあまみの腕に抱きついていた。


「きゃー、怖いっす!」

「つ、椿……そ、そんな抱きついてくるなって……」

「だって天美ちゃんに抱きついてるとぜーんぜん怖くないっすもん」


 嘘っぽく笑う椿。ずっと赤面している天美。澤留が呼んだ百合カップルだ。

 椿はゆるめのサルペットコーデで、天美はTシャツズボンとカジュアルコーデ。私服姿の二人はバカップルムーブでイチャついている。天美に、その意識はないだろうが。


「つ、椿……ひ、人前では恥ずかしいだろう……」 

「えー、あたしがこんなに怖がっているのに、天美ちゃんは守ってくれないんっすか?」

「そ、そんなことはねーよ……。ただ、周りの視線を気にしろって……」

「澤留ちゃんたちもイチャついているっすよ? 気にしない気にしない」


 竹千代はすかさず否定する。


「いや俺たちは別にイチャついてはないぞ」


 竹千代の否定に、すると椿は悪いことでも思いついたように微笑み、澤留に視線を送る。

 澤留はニマリと微笑んで、竹千代の腕に抱きついてきた。


「そうそう、僕たち別にイチャついてないよー。ただーたけちーの側にいると安心するだけだからー、こうして抱きついているだけでー。だってこのホラー怖いもん。ねー、椿ちゃん」

「超怖いっすー!」

「なら仕方ないよー。周りの視線なんて気にしてる場合じゃないもんー」

「仕方ないっすよねー」


 澤留と椿はうへへにへへと結託したように笑い、それぞれの相方に身を寄せた。

 竹千代と天美は、真顔で視線を交わす。

 視線には『あんたも大変だな……』『ふりまわされるのが嫌いじゃないから余計にな……』『わかる……』といった意味がこめられていて、わずかなやり取りでお互いの深いところまで通じ合った。


(前園、普段は澤留と海江田の二人にふりまわされてるのかな。……すっげー大変そう)


 天美に同情しつつ、竹千代はホラー鑑賞をつづけた。

 しかし澤留以外の視線が気になるというか、恥ずかしくて、映画の内容がなかなか頭に入ってこない。澤留の匂いや体温ばかり感じていて、椿たちに心情が悟られないか落ち着かなかった。


 と、椿と天美のイチャつきが激しくなる。


「つ、椿、抱きつきすぎ……そこ、む……胸だから……」

「天美ちゃんの胸、大きいっすよね……」

「お、おい……だからそーゆーこと……」


 インモラルな二人の会話に、竹千代の頬が熱くなる。

 止めたほうがいいのか悩んでいると、学生にはあまり馴染みのない瓶が、お菓子とジュースのなかに紛れていたことに気づく。


「だ、誰だ! ウイスキーをここに混ぜたやつ⁉」


 竹千代のツッコミに、天美はハッとした表情で椿を見つめる。

 椿の顔は赤く、酔っぱらったような表情でいた。


「天美ちゃーん……なんでぇー……人前でイチャつかせてくれないんっすか……」

「つ、椿! お前、酔ってるな⁉」

「酔ってないっすよ!」

「そりゃ酔った人間のセリフじゃねーか!」

「なんっすか! 誤魔化すつもりっすか! 人の目を気にしてばかりで、なんでー、一緒に出かけても全然イチャつかせてくれないんっすかっ!」


 目のすわった椿に、天美はたじたじになっていた。


「だ、だって、おま、そりゃ知らない人の前とか……恥ずかしいし……」

「だったら! 澤留ちゃんたちとの前なら良いってことすよねっ……!」

「水を呑め水! ちょっと待ってろ! すぐとってくるからよ!」


 この場から逃げだそうとした天美の袖をつかみ、椿は目を閉じた。


「んー……」


 キスしての合図に、天美は大きく咳きこんだ。

 竹千代は気恥ずかしさに目を逸らす。しかし澤留は目を逸らさず、二人の百合カップルを羨ましそうに見つめていた。


「つ、椿! お、お前、それはいくらなんでも……!」

「いいじゃないっすか、どーせあたしたちの関係は気づかれていることだし」

「だ、だからってなあ……」

「……あたし、人前で、堂々と天美ちゃんととイチャつきたい」


 椿の切実な声に、天美は困ったように眉をひそめた。

 竹千代は部屋から去って水を持ってこようとしたのだが、天美が手で制する。

 そして天美は頭をがしがし掻き、椿の肩をつかんで、唇をかさねた。


「……ん」

「…………んー」


 同性同士のキスに、竹千代も、それに、澤留も顔が真っ赤になっている。

 お互いの息をかさねるようなキスがつづき、そして二人は唇をはなした。


「……満足か?」

「……っす!」


 幸せそうに微笑む椿を、天美は赤面しながらも愛おしそうに見つめていた。

 他人ごとなのに二人の熱にあてられた竹千代は、つい、澤留を見つめてしまう。

 澤留は、グラスに注がれたウイスキーを飲んでいた。


「なに澤留も飲んでいるんだよ⁉」

「僕もお酒の勢いに任せようと……」

「お前は素面しらふでも勢いに任せてるからな!」


 なおも酒を呑もうとする澤留を、竹千代が止めようとする。

 その側では、興奮と酔いで完全に出来上がったのか、顔面真っ赤っかの椿が天美の胸にもたれかかっていた。


「って椿! だ、抱きつきすぎだって!」

「……天美ちゃんの匂いー。幸せっすー」

「寝るなって、おーい⁉」


 ホラー映画では、金髪美女がモンスターにおそわれて、キャーキャーと騒いでいる。

 美女の悲鳴は自分たちをはやし立てているようにしか思えず、そうしてイチャイチャしっちゃかめっちゃかになりながら、竹千代は映画鑑賞を強制お開きにした。


 ☆


 竹千代は使っていない部屋を、寝てしまった椿のために掃除した。

 天美はひと晩お世話になると頭を下げて、椿を介抱しながら一緒に寝ると言った。

 竹千代は二人分の毛布を天美に渡して、脱衣所に彼女たちのタオルを用意しておき、それから居間にもどった。


 居間では、澤留がこてんと仰向けに寝ていた。

 静かな寝息なので、ひどく酔っているわけではなさそうだと、竹千代は澤留を隣の部屋まで運ぼうとする。

 すると澤留がううんと頭をもだけて、小さな唇を向けてきた。

 長い黒髪がはらりと広がる。今にもキスしてよと言わんばかりの寝顔に、竹千代がドキリとする。

 ドキリとしたが、澤留の唇の端がピクピクと動いていたので、寝たフリだとわかった。


「……寝たフリしてるんじゃねーよ。まったく」

「んー……でも、酔ってるしー……」


 のわりには呂律ろれつがハッキリしている。

 そういえば澤留の顔はすこし赤いが、居間がお酒臭くないことに気づいた。

 花婆が晩酌するときはもう少し匂う。ウイスキーの匂いは特に濃い。ろくに換気もしてないのに、まったくの無臭はありえなかった。


「……酔ったフリもするなよ。澤留も、海江田も」

「はいはーい、ウイスキーの中身は麦茶ですよー。なんでたけちーは、すぐ気づいちゃうかなー」


 澤留はぱちりと目をひらいて、不満そうに唇をとがらした。


「なに考えてんだかね」

「椿ちゃん?」

「ああ」

「本人が言ったとおりだよ。椿ちゃんは人前で天美ちゃんとイチャつきたかっただけ。天美ちゃんは周りの目を気にするし、性癖は元々ノーマルだからね」

「つまり、海江田のためのホラー映画鑑賞だったんだな」

「……一応、僕のためでもあるんだけど」

「澤留の?」

「……ねぇ、襲ってくれてもよかったんだよ。ホラー映画のモンスターみたいにさ」


 澤留はうるんだ瞳で見つめてくる。

 お酒も飲んでいないに顔が真っ赤なのは、椿たちのようなキスを期待したからなのだろうか。


「俺はお酒で倒れた人間を襲うような真似はしないって」

「……たけちーに本物のお酒を呑ませればよかった」

「そーいったのはイタズラじゃなくて犯罪だからやめよーな」

「……寝込みを襲わないよ。たけちーの本音が聞きたいだけ……ううん、知っているけどさ」


 澤留はすこし不安げに言った。

 澤留が求める愛情にこたえてあげたいが、自分の好きの形が半端なままでこたえては、いつかすれ違ってしまいそうな気がしている。

 竹千代にとって澤留は、大事な男友だちだった。


「……たけちー。今度、僕と恋人デートごっこをしてよ」


 なにを思って澤留がそういったのかわからない。

 けれど、自分が引っ越していくときの寂しそうな表情をしながら言うので、竹千代は即決した。


「いいよ。恋人デートごっこをしよう」




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