第5話 隙を生じぬ二段構え

 澤留さわるの夜這いから一晩たった。

 竹千代たけちよはよく眠れず、悶々としたまま朝をむかえる。

 頭を一度リセットしようと冷たいシャワーを浴びて、それから居間に行くと、朝食がすでに用意してあった。


 白ご飯。だし巻き卵。お味噌汁。塩しゃけ。キャベツ。

 テーブルには『僕の手料理です。心して食せよ』と澤留のメモがのこされていた。


 竹千代は正座して、おそるおそる口にする。


「うっめー……超うっめー……!」


 だし巻き卵は濃いめの味付けで、味噌汁は舌を整えるためにうす味。白ご飯はふっくらと、塩しゃけは表側がぱりっと焼き加減。

 つまりは最高の朝食で、竹千代は胃袋をがっしりと掴まれた。


(……夜這いより前に、堕とすならこっちが先じゃねーのかな。あー……いや)


 そもそも自分と澤留は男同士だ。

 正攻法な手段では、異性のような関係になりにくい。


(澤留……短期決戦だの言ってたしな。下半身攻めもそのあたりが理由か? 実際、男の恰好のあいつと再会していたら、俺はドキドキしたんだろーか)


 昨晩の澤留は、自分でもよくこらえられたなと思うほど魅力的だった。

 当の澤留は、朝早くに帰ったらしい。

 どんな顔で会えばよいのかわからなかったのでホッとする。案外、澤留も同じ気持ちになったのかもしれない。しばらく会えないかもと思うと、それはそれで寂しくなる竹千代だった。


 竹千代がもくもくと朝食を食べていると、花婆はなばあが顔をだした。


「竹千代ー、朝ごはん食べ終わったら畑の仕事を手伝ってくれへんー?」

「おー。食べ終わったらすぐ行くー」


 朝までしこたま吞んでいたようなのに、タフな祖母である。

 ひ孫どころか玄孫やしゃごの顔を見せることになりそうだと、竹千代は苦笑した。


 そして朝食をすませ、トマト畑で剪定せんていを手伝う。

 夏の日差しの下、土の匂いをかぎながらアクセク働いていると、全身がカイロでこすったように熱くなる。

 竹千代が汗をぬぐっていると、花婆が腰を伸ばしながらたずねてきた。


「竹千代は澤留ちゃんのことをどう思ってるんや?」

「……どうって?」

「あの子、あんたに気があるやろ?」


 花婆は白い歯をのぞかせて笑う。

 親類からの強烈なぶっこみに、竹千代はトマトより顔が真っ赤になった。


「さ、澤留は友だちだって!」

「なんや、ええ反応するやんか。あんた、澤留ちゃんのことが好きやったもんなー」

「好きの意味がちげーよ!」

「はっはっは。まー、うちは孫の顔はもう見れたわけやし、寧々ねねもおるわけやから槇原まきはら家の血は安泰やろ。当人同士で好きにしたらええと思うで」


 こりゃなにを言ってもダメだと竹千代は口をへの字にした。

 寧々とは、竹千代の姉だ。両親の期待は、出来の良い姉に全部注ぎこまれているので、槇原家の血筋は姉一人いれば十分なのはたしかだっだ。

 しかしまさか花婆が好きにすればいいと言うなんて、想像だにしなかった。


(外堀をコンクリートとかで埋めたんじゃないだろうな)


 澤留の根回しっぷりに、竹千代は逆に感心した。


 ☆


 畑の手伝いも終わって、昼になる。

 そうめんを食べおえた竹千代は、エアコンを全開にしながら居間でゴロゴロしていた。

 片手にはスマホ。画面は澤留とのラインだ。

 澤留とどこか遊びに行きたいが、昨日あんなことがあった手前誘いにくい。どーしたものか悩んでいると、居間のふすまがガラリとひらいた。


「たけちー、昼間から不健康にしているねー」


 ガーリー系ファッションの澤留がニマニマしながらあらわれた。その手にはコンビニ袋が吊り下げられている。

 突然の幼なじみの来襲。しかも可愛い服装でだ。

 昨晩を思い出した竹千代はついつい照れてしまう。


「お、おう、い、いらっしゃい」

「……………う、うへへへ」

「お前も照れてんじゃねーよ‼」


 竹千代は上半身を起こしてツッコミをいれたが、すぐに失言だと気づいた。

 澤留がさらにニマニマ笑顔になる。つついと身体を近づけてきて、畳のうえに両手をついて聞いてきた。


「も、ってなーに? たけちーも僕に照れてるの?」

「昨日あんなことがあれば誰だって照れるわ!」

「普通は照れないよー。だって僕、男なわけだし。普通はね、普通は?」


 澤留は胸元をチラチラさせながら煽ってきた。

 わざとなのか。間違いなくわざとなのだろう。幼なじみは今日も攻め攻めだった。


「……で、なにしにきたんだよ」

「僕に連絡したくても昨日あんなことがあった手前、誘いにくいだろう幼なじみに会いにきました」


 澤留は竹千代のスマホを覗きながら言った。


「……そのとおりなんだけど!」

「たけちーは肝心なところで素直でいいよね。ほら、アイスを買ってきたから食べようよ」


 澤留はコンビニ袋から棒アイスをとりだした。バニラ味だ。

 邪悪に微笑んでいるが、さすがに梱包こんぽうされた商品に仕掛けはできないはずだ。竹千代は棒アイスを受けとって、パッケージをはがした。


「あんがと、いただくわ」


 しかし竹千代が食べる前に、澤留が棒アイスをひったくる。

 呆気にとられていた竹千代の股間に、澤留は棒アイスを押し当てて、そしておもむろに口にふくむ。 


「んー……ちゅ」

「な、な、なにやってんのおまえ⁉⁉⁉」

「なにって、たけちーのを味見? ちゅ……ん……ぺろ」


 澤留はバニラ棒に舌をはわせた。


「誤解を与える言い方するんじゃねーよ⁉ 大事なところを抜かすな!」

「たけちーの長い棒、美味しいね。ちゅぽ……もうっ、垂らしすぎ……ボクの舌が白いのでベタベタじゃん」

「半端につけ足すんじゃねええ‼‼‼」

「……もうすこし深くくわえるね」


 澤留は頬をほんのり赤く染めながら、じゅぼじゅぼと舐めはじめる。

 長い黒髪を横にかきあげて、上目づかいでバニラ棒を舐める幼なじみに、竹千代は身もだえた。


(ヤバイヤバイヤバイ! バッキバキになってしまう! っつーか理性がもたねええ!)


 昨日の今日でまだムラムラしていたので、澤留を強く跳ねのけられない。

 友だち感覚の悪ふざけなノリで、こうも愛おしそうに咥えてくる幼なじみを、竹千代はずっと見ていたかった。


「ねーぇ……気持ちいい?」 


 竹千代は腰をひいた。

 疑似的なお口ご奉仕のはずなのに、頭が痺れるぐらいに気持ちよくなったのだ。

 今、もし、澤留が一言「それじゃあ本物も」と告げでもしてきたら、キッパリと断れるのか怪しくなってくる。


(澤留はともだち! ともだち! とーもーだーちー!)


 そう心に言い聞かせても理性はもうガッタガタ。下はバッキバキ。

 このままでは速攻で勝負に負けると思った竹千代は、禁断の術をつかう。


(禁忌! イマジネーション!)


 想像するは、実母、実姉、祖母の風呂あがりの姿。

 とたん竹千代の全身から熱がひいていき、すんと真顔になった。


「む? むー……ちゅぼ……じゅぼ……」


 澤留はじゅぼじゅぽのペースを速めるが、竹千代は無反応のままだった。

 竹千代は賢者のまなざしで告げる。


「無駄だ澤留。俺は肉親の風呂あがりを想像した」

「む、むー……?」

「ムラムラしていても、そんなことをすればどうなるか……お前も男ならわかるだろう?」


 澤留は悔しそうにバニラ棒から口を離す。

 ちょっとムスッとした表情でにらんできたが、竹千代はそよ風のようにいなした。


「俺の勝ちだ。澤留」

「……へーん、持ってきたのはバニラ棒だけじゃないもん」


 澤留はバニラ棒を空きコップにつっこみ、コンビニ袋からエロ本をとりだした。


「エロ本? んなもんを出しても、俺はもうムラムラしねーぞ。だいたい俺がエロ本に反応したとしても、それはエロ本に反応しただけであって、澤留は関係ないだろう」

「たけちー、今週号の特集をよく見なよ」


 澤留はエロ本を両手でひらいて、中を見せびらかした。

 カラー特集は『黒髪の清楚な女の子』だった。

 竹千代の鼻がぷくっとふくらむ。


「ほーら、この子、とっても可愛いよ」


 ページには、どこかの教室が写っている。

 長い黒髪の子がフリフリ水着を着て、お尻を突きだしてえっちなポーズをとっていた。

 黒髪の子は手で顔を隠しているので、表情はよくわからない。しかし教室というリアルと密接した空間でのえっちなポーズは、竹千代のムラムラを再発させた。


「……たけちーはホントこーゆー子に弱いよね?」

「……うん、まあ」


 竹千代は口をモゴモゴさせたが、事実どストライクだった。

 長い黒髪に、真白い肌。胸はまっ平だが、スレンダー体系で手足がスラリと伸びている。それでいてお尻の肉づきはよいと、タイプドンピシャリだ。


「もー、見すぎー」

「べ、べつにそこまでは見ては……いや、めちゃ見てます。もっと見たいっす」


 竹千代はがぶりつくようにエロ本をながめた。


「ほんと素直だね」

「し、しかたないだろ……超好みなんだし。超好きだわこの子。名前なんてーだ?」

「えっとーねー」


 澤留が次ページをぺらりとひらく。

 ページでは、フリフリ水着姿の澤留が顔から手を離して、得意げにダブルピースしていた。


「澤留じゃねーか⁉⁉⁉⁉⁉⁉」

「へへー、写真部の友だちに手伝ってもらって作ってみましたー」

「な、なんつー手のこんだことを……!」

「たけちーたけちー、超好み超好きなんだっけ? こーゆー子に弱いんだっけ?」


 マズイと竹千代は思った。

 棒アイスでの疑似奉仕、そして澤留の水着写真に思いっきりムラムラした今、すこし攻められただけで負けてしまうかもしれない。


 しかし、澤留は攻めてこなかった。

 澤留は、耳まで真っ赤になって固まっていた。


「う、うへへへへ……」

「お、おま……おまえが照れてるじゃん……」


 竹千代にとって、正直今日一番で理性が揺さぶられる反応だった。

 甘酸っぱい空気がお互いのあいだに流れる。

 先に耐えられなくなったのは、意外にも澤留だった。


「そ、それじゃあ僕、今日はもう帰るね!」

「って、おい! この本持ってかえれよ!」

「それはたけちーにあげるー。いろいろ好きに使っていいからー」


 澤留はアイス棒を片手に、そそくさと退散していった。

 居間にのこされた竹千代は、一人ムンムンとする。


「いろいろ好きに使えって、使い道は一つしかねーじゃん。……どうしよう、これ」


 捨てるにしても澤留の痴態がおさめられたエロ本だ。

 もしもエロに興味津々な少年が拾ってしまい、以後の性癖をゆがめるようなことがあってはならない。


 そうやって自分を納得させた竹千代は、このエロ本を捨てずに管理することにした。


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