第14話 一番納得できるかたち

 そして、いざデート当日。

 ここ数日は冷夏れいかになるようで、日中、晴れていても過ごしやすい気温となっていた。

 待ち合わせの場所には、バスを乗り継いで電車で向かう。水族館なんて洒落たスポットは近場にない。バスと電車を合わせて一時間以上も乗り継ぐことになる。


 澤留さわるとは、現地で待ち合わせしていた。

 デートらしくするために現地で待ち合わせしようとの澤留の提案だったが、効果はあったようで、これからデートだと思うとソワソワしてくる。

 変に照れては、からかわれて一日が終わってしまう。

 しかしそんな一日で終わるのも悪くないなと思う竹千代たけちよだった。


 そうして湾岸都市にたどり着いたので、駅を降りる。

 国道沿いを歩いていくと、目的地の水族館が見えてきた。

 水族館とアートを一体化させたという劇場型アクアリウムは、美術館も兼ねてか、外観は幾何学的なデザインをしている。

 家族連れよりは、若いカップルが多く、デート場所としては最適のようだ。

 しかし周囲のお洒落っぷりに、竹千代は気後れした。


「……俺、浮いてるよなあ」


 もうちょっと服装をこだわればよかったかなと、水族館の入り口に向かう。


 人で混雑はしていたが、澤留はすぐに見つかった。

 澤留は壁際で清楚にたたずみ、衆目を集めている。

 白と薄桃色を基調としたガーリック系ファッションで、初めて女装した澤留と出会ったときの雰囲気によく似ている。

 竹千代が手をあげると、澤留がにこりと微笑む。

 男たちの嫉妬の視線がふり注いできたが、竹千代は気のせいだと思うことにした。


「お待たせ澤留、待ったか?」

「いえ、大丈夫です。私も今来たところですから」


 澤留は清楚な雰囲気をそのままに、たおやかに微笑んだ。

 バス待合室での一件を思い出して、竹千代はちょっと慌てる。


「な、なんで、その口調なんだ? 待合室で会ったときみたいだぞ?」

「竹千代君が一番私に女を感じていたときの恰好できました。お好みでしょう?」


 清楚な口調だが、発言はどことなく卑猥だ。


「可愛いとおもうけど……それって恋人らしくなるように?」

「ええ、今日一日私たちは恋人ですから」

「澤留がそれでいいのなら、それでいいけど……」


 竹千代が釈然としないでいると、澤留がすこし不満げにした。


「……せっかくの恋人デートなんですから、竹千代君もそれらしくいきましょう」


 からかっているのか、いじらしいのか。

 しかしそうは言われても竹千代は恋人らしい立ち居振舞いなんてわからない。

 澤留の要望にどう応えるべきか悩んで、まず呼び名を変えてみることにした。


「わかった、恋人らしくしてみるよ。……姫」

「姫?」

「…………姫」


 恋人らしくしてと言われての『姫』返し。

 自分のあまりの発想の貧困さに竹千代は羞恥で顔を赤くさせ、地面に目を伏せる。

 澤留はぽかんと口をあけたあと、にまーとうすい笑みを浮かべた。


「ぷぷっ」

「……笑いたければ好きなだけ笑っていいぞ」

「うそうそ。たけち……竹千代君の優しさがいっぱい伝わってきました」

「……ならいいけどよう」

「それじゃあ行きましょうか、私の王子様」


 澤留が女性的な優しい表情で、手をからめてくる。

 自分を引っぱっていくものではなく、恋人として側に立つための手繋ぎだ。

 幼なじみのいつもと違う様子と、いつもと違った手繋ぎが、竹千代はなぜだかすこし寂しく感じた。


 ☆


 アート水族館とはそのとおりで、竹千代はフロアの展示物にテンションをあげた。


「おおっ⁉ すっげー……めっちゃ綺麗じゃん!」


 館内は、アクアリウムとデジタルアートの複合展覧会となっていた。

 色艶やかな光が水槽だけでなく、ワンフロアを照らしている。洞窟内を歩くような多層手的な音が心を和ませた。

 生き物は普通の水族館よりは少なめだが、生き物もアートの一つとしてとらえるようで、フロア全体で絵画のような世界観を体感する施設らしい。

 実際、ファンタジー世界に飛びこんだと感じたぐらいだ。

 アクアリウムのどこかに妖精でもいるんじゃないかと思える世界観に、竹千代は興奮気味に話しかける。


「澤留もすっげーと思わねー⁉」

「はい、とっても綺麗……」


 澤留は上品な笑みで、展示物を眺めていた。

 竹千代は、ちょっと物足りなくなる。


「………………ほら、この館内マップみてみろよ! 和の間ってところとか、和ファンタジーな世界観っぽくてかっこよくね? ここで忍者と侍がチャンバラしてそうってーかさ!」

「ふふっ、竹千代君って子供っぽいところがありますよね」

「……………」


 恋人らしく=女性らしくなのだろうか。

 たしかに、上品な澤留は、男だと知っているのに最高に素敵な女の子にしか見えない。通りすがりの人が澤留に見惚れてコケそうになっていたりと、展示物にひけをとらない美しさだ。


「……なあ澤留。このタツノオトシゴ、ラーメンの出汁だしにしたら美味しそうじゃね?」

「竹千代君。こんなにも綺麗な水族館なのだから、茶化さないで静かに観ましょうよ」

「…………うん、まあ、そーだね」


 竹千代はモヤモヤした。

 澤留の意図はわかる。やりたいこともわかる。

 自分が、水族館は『二人でゆっくりした時間を共有できる場所なのかなって。そのほうが恋人っぽいだろ?』だと言った手前、彼氏らしい立居振る舞いを意識して、周りのカップルたちのように静かに観覧すべきなのかもしれない。


 しかし竹千代は、澤留と楽しみたいのだ。


「……それじゃあ次にいこうか、マイハニー」

「……ぷっ」


 澤留は口を片手でおさえて、笑いをこらえた。


「はい、いきましょうか。マイダーリン」


 澤留はすこし笑いかけていたが、それでも上品な態度を崩すつもりはないようだ。


(……よおしっ!)


 竹千代は腕をまくって気合をいれた。


 まず竹千代は、和の間でファンタジーRPGのライバルっぽいポーズをした。

 しかし澤留はしれっと流す。


 次に竹千代は海の生き物ふれあいコーナーで、おかしな顔でペンギンの真似をして歩いた。

 しかし澤留は愛らしい微笑みで、海の生き物と触れあっている。


 竹千代は土産コーナーで、もらって一番微妙な土産を探そうぜともちかけた。

 しかし澤留は可愛いぬいぐるみを持ってきて、彼女っぽい態度をくずさない。


 だんだん趣旨がズレてきて、もはやどっちが先に折れるかの我慢大会となってきた。

 竹千代がしかけ、澤留がかわす。

 いつもと逆の立場になっていた。


(これはこれで楽しいなー)


 と竹千代が思っていたとき、澤留は湾岸の観覧車に乗ろうとお願いしてきた。

 ぜんぜん恋人らしい雰囲気じゃないと思ったのだろう。たしかに観覧車内の閉鎖空間ならば、それっぽくなるかもしれない。


 そんなわけで水族館を出て、湾岸の観覧車に向かう。

 観覧車は特に待つこともなく、すぐ二人で乗れた。

 静かな時間が流れる。

 正面の澤留はあいかわず清楚な雰囲気をくずさないようなので、竹千代はさっきまでいた水族館を見下ろしながら言ってやることにした。


「澤留」

「なんです、竹千代君」

「どの魚がおいしそうだった?」


 澤留は目を細めた。


「……エイ」

つうだなあ!」

つうだなあじゃないよ! 水族館から出てすぐの台詞じゃないからね、それ! たけちーはさっきからなんなの⁉ 僕と恋人の雰囲気が嫌なの⁉」


 澤留はいつもの幼なじみの雰囲気に戻って、ぷりぷりと怒った。

 さすがにやりすぎたと思いつつ、竹千代はまっすぐに澤留を見つめた。


「悪かった。でも俺の言い分を聞いてくれ」

「……なんだよ、真剣な表情をしちゃって」

「俺は恋人らしい澤留とデートしたいんじゃなくてさ、いつもの澤留とデートしたいんだ」

「……恋人らしく一緒にいられる機会なんて、そうないんだよ」

「澤留はさ、どっちの俺といたい? 幼なじみの竹千代? 彼氏らしい竹千代?」

「それは……その……いつものたけちー、だけどさ」


 澤留は素直に答えたが、まだ不満げにしていた。

 竹千代は観覧車から湾岸都市をしばらく眺めた。

 恋人みたいに立ち居振る舞って、湾岸の景色をロマンチックに眺め、すこしお洒落なレストランで食事をする。

 もしかしたらいつか、そんな日が来るかもしれない。

 だけど今は形だけのものを積みあげたいとは思えなかった。

 竹千代は、気持ちがすれ違っていないかたしかめるように聞く。


「なあ、澤留」

「……………」

「……今日は電車で二時間ぐらいなところだけどさ。俺たちが大学生になって、大人になったらもっと色々なところにいけるかな?」

「そりゃあ行くよ。…………たけちーが暇しているかぎりさ」


 澤留は、ちょっとつっけんどっけんに言った。

 視えている未来は同じだと思う。

 これからも、ずっとこの先も、自分と同じ気持ちで澤留がいてくれる。


(俺は、澤留のことが友だちとして好きだ)


 男友だちの澤留が大好きだ。

 寝こみを襲われたとき、二人の関係が壊れるぐらいならちんこがもげてもいいと思ったぐらい、澤留と一緒にいる時間が好きだ。

 最初から、それは変わっていない。


「ねーぇ、たけちー」


 今度は澤留が真剣な表情で聞いてきた。


「ん?」

「……水族館に、もう一度一緒に入ってくれない?」

「なんでまた?」

「今度は恋人らしくじゃなく、いつもの僕でたけちーと楽しみたい。……ダメ?」


 澤留はすこし寂しそうに微笑むので、そんな顔で微笑む必要なんてまったくないと、竹千代は力強い笑顔で承諾する。


「ダメなことないって、もう一回入ろうぜ」

「……うんっ」

「あ。ちょっと待って……」

「?」


 きょとんとした澤留の前で、竹千代は財布の中身を確認する。


「……ちょっと手持ちが厳しくなってきた」

「仕方ないなー、僕がおごってあげるよ」

「ふがいないです……」

「まったく、たけちーは僕という素敵な幼なじみの存在をありがたく思いなよー?」


 澤留はそう言って、隣に座ってくる。

 すっと手を繋いできたが、指をからめる恋人繋ぎじゃなく、幼い頃の友だち同士のような繋ぎかたで、竹千代は今までにないぐらい側に澤留の存在を感じた。


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