第7話 真夏のロッカーの中で

 教室のロッカーの中に幼なじみが二人。

 竹千代たけちよ澤留さわるはぎゅうぎゅうで押しあうように隠れていた。


 真夏のロッカーの中は、蒸し暑い、錆くさい、うす暗い、と居住性は最悪といってよい。

 それでも竹千代が不快に思わないのは、澤留がうずくまるように胸に密着してくるからだろう。


「たけちー、もうすこし詰めてよ」

「無茶を言うなって、いまでもギリギリなんだぞ」

「つまり僕ともっと密着したいんだ?」

「……ったく」


 竹千代は背伸びして、スペースをすこし作った。

 すると小柄な澤留が、空いたスペースに身体をすべりこませてくる。ちょうど、竹千代の股間あたりに、澤留のふとももが押しあたる形になった。

 澤留がもぞりと動く。股間への刺激に、竹千代の背中がさらに伸びる。


「……っ」

「……おっきくなったね」

「はい⁉」

「声が大きいよ。たけちーって身長がおっきくなっただけじゃなくて、胸元とか男の人って感じでたくましいよね」


 竹千代の頭がクラリとした。

 セーラー服姿の澤留に密着状況下でささやかれて、こんなのへっちゃらだと言いはれるほど、竹千代の理性は固くなかった。


「お、おま……こんなときになあ……」

「ドキドキしちゃった?」

「……狭いんだからさ、変なことすんなよ」


 澤留がニマリと笑い、太ももをゆっくりと動かしてきた。

 股間への心地よーい刺激に、竹千代は身もだえる。


「さ、さわる……お、おま、わざとだろう……?」

「わざとに決まってるじゃん」

「あのなあ……」

「文句があるならさ、僕が変なことをしないように……きつく抱きしめてよ」


 背筋がぞくりとするような甘い声に、竹千代の鼻がふくらむ。

 柑橘かんきつ系のさわやかな匂いがした。幼なじみの匂いだった。


「…………い、意味がわからん」


 竹千代は声をふりしぼるようにして言った。


「そのまんまの意味じゃん。僕が変なことをしないように抱きしめて」

「なんで俺が脅迫されてるみたいになってんだよ」

「だって、僕、我慢できないもん」


 澤留は顔を赤くさせながら身体を寄せてきた。

 蒸し暑かったロッカーが、澤留の体温でもっと暑くなる。めちゃくちゃ暑いのに、竹千代は全然イヤじゃなかった。


「たけちーが理性でこらえてるように、僕も理性でこらえてるの。助けてよ、たけちー。このままじゃ見つかって怒られちゃうよ」

「ん、んなこと言われてもよ……」


 逃げ場はない。ここで断ったところで無駄だろう。

 大人しく従うのが最善だなと、竹千代は心の中で一応言い訳しておいた。


「……しょうがねーな」

「うん、しょーがないよ」


 竹千代は誘われるように、澤留の背中に手をまわす。

 言われたとおりきつくしようとしたが、澤留の腰は思っていたより細くて、折れないようにそっと抱きしめた。


 ロッカー内の熱、澤留の熱、そして自分の熱、ぜんぶが合わさって理性ごと全身が溶けそうになる。


「……たけちー、心臓の音が鳴りすぎ。爆発するんじゃない?」

「こんなに密着していたら、そりゃ心臓の音がうるさく聞こえるだろ」

「……うへへー」


 誤魔化しても無駄だよと、澤留は嬉しそうに微笑んだ。


 弁解したかったが、足音が教室内に入ってくる。


 竹千代は息をひそめ、澤留を抱きしめる手に力がこもった。

 コツコツと足音が近づいてきて、窓付近で止まる。教室の窓がひらいているのを妙だと思ったらしい。

 竹千代の心臓がドッドッとさらに大きくなった。

 色んな意味で危うい状況なのに、でもなぜか、落ち着いている自分がいる。


(……ああ、そーいや、昔も似たようなことがあったなあ)


 澤留と秘密基地をつくろうとしたときのことだ。

 澤留と一緒に廃棄物処理に侵入して、大人に見つかりそうになって、冷蔵庫に二人で隠れた。

 あのときもこうして身体を寄せ合い、結局バレて、大目玉を食らった馬鹿な思い出。

 子供のころの思い出に、竹千代は懐かしくなった。


「……ん」


 澤留の吐息が漏れ聞こえた。

 美しく成長した悪童は、上目遣いで見つめてくる。

 大人から必死に隠れていたあのころとちがい、幼なじみは今この状況が誰かにバレてもいいよと瞳をぬらしていた。


(なんでそんな顔するんだよ……)


 澤留の小さな唇を凝視する。

 教室というリアルな日常空間。ロッカー内に隠れひそんで、情事にふけこみたくなる。

 普段は会えない幼なじみとの、新たな思い出をつくるために。


(……っつーか、いつまでロッカーにいりゃいいんだ?)


 足音のぬしは全然動かないでいた。

 いい加減立ち去ってもいいものだが、ずっとロッカーの外にいる。

 いくらなんでもおかしいだろうと竹千代は気づき、そして、澤留の唇の端がふるえていたことにも気づいた。


「さーわーるー?」


 幼なじみが大嘘を吐くときの癖に、竹千代は声をいがらせた。


「た、たけちー、声が大きいよ。気づかれちゃう……」

「うっせー!」


 竹千代は扉を勢いよくあける。


 ロッカーの外には、セーラー服をきた女子が二人。

 一眼カメラをかまえていた眼鏡女子、そしてヤンキーっぽい女子がいた。

 ヤンキーっぽい女子は申し訳なさそうな表情をしていて、眼鏡女子は一眼カメラから顔を離した。


「ありゃー、もしかしてバレた感じっすか?」


 眼鏡女子はたははーと笑った。

 竹千代はロッカーの中をにらむが、澤留は可愛く笑って誤魔化そうとしていた。



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