第一話 竜の鱗は貫けない3

 朝、うるさいぐらい部屋に鳴り響く目覚ましのアラームで起される。


「う、うるさい」アラーム音に少々腹を立ててながらも起き上がり、目覚ましを止めた。


 部屋の中は、相変わらず暑苦しく昨日のように窓を開ける。今日は朝から風が吹いているようで、窓を開けた瞬間だけ空気の入れ替わりが起き、少しだけ冷たい風が体に当たった。


 だが、気分が良くなったのはその瞬間だけで、部屋の中が直ぐに快適に成る筈も無く、やっぱり暑苦しい。これ、昨日よりも気温上がって居るんじゃ無いだろうか、その中で昨日直ぐに眠れたのは、やっぱり疲れていたからなのかな。


 いつもの様に身支度を済ませて、階段へ。今日は一階に降りる前に、二階の解決屋の扉前で止まり、軽く深呼吸を済ませてから扉をノックする。コンコンと相変わらず心地の良い響きが聞こえて来て「開いてるぞ」と言う彩香さんの返事が帰って来た。


 僕は言葉に従い扉を開けて中に入る。事務所の中では椅子に座り愛用の銃を手入れする彩香さんの姿が目に映る。


 いつもならこの時間も寝ている彩香さんだが、緊急の依頼で突入や制圧をする場合だけ、早朝から起きて準備をしているのだ。彩香さんが一つ一つの道具を準備している様は、正直言って見惚れてしまう。


 今だけは彩香さんも、晴香さん程では無いが人を引き付けるだけの魅力を備えて居るように感じる。そう言う意味では、やっぱり姉妹なのだろう。


「なに黙って見ているんだ?助手。用が有るんじゃなかったのか」思わず見惚れていた僕を彩香さんが変なものでも見るかのように首を傾げて、声を掛けて来た。


「実は彩香さんにお願いが有って来たんです」


「お願い?お前も分かっていると思うが私は今日、忙しいんだぞ。まぁ聞いてやるぐらいは、してやるが」彩香さんは銃の手入れを再会して、話すように目で促して来る。


「僕を今日の依頼に連れて行って下さい」一言、簡潔に言いたい事だけを言って、頭を下げる。


「連れて行けって、お前。まだ分かって無いみたいだな。今回の依頼は本当にあぶな」


「危険な事は分かってます。下手な事をしたら殺されるかもしれない事も、ちゃんと理解してますよ。それでも、連れて行って欲しいんです」


「……なんでそこまでして、行きたがるんだ。今回の依頼がお前の追っている案件とは別な事、理解出来て無い訳じゃ無いだろ。一緒に行った所でお前には、何のメリットも無い筈だ。だと言うのに、なぜそんな事を言い出したんだ」


「僕は、僕自身が嫌いなんです。いつも言われっぱなしで反論しない僕も、殴られたまま反撃しない僕も、何かする度に言い訳を考えないと行動出来ない僕も、全部嫌いなんです。だから、……だから変わりたい。変わらなくちゃ行けないんだ」


 ちゃんとした理由なんて本当は無い。唯、僕は今の自分が変わらないといけないと言う事を知っている。変わりたいと自分が望んで居る。そして変わるなら今日こそがその日だと、心のどこかで確信しているのだ。


 頭の中で昨日助けてくれた猫の姿が思い浮かぶ。助けられたなんて本当に一方的な感情だ。猫からしたら助けるつもりなんて無かったんだと思う。結果的に僕が助かっただけ、そんな事は解って居る。それでも僕があの時、今よりもマシな僕だったら、あの猫を死なせずに済んだかもしれない。僕の方が助ける事が出来たかもしれない。


 もうビクビクと肩を抱いて震えるだけの自分は嫌だ。目の前で助けられたかもしれない存在を唯見ているだけなんて嫌なんだ。


「僕は……僕は、見ているだけしか出来ないなんて、もう耐えられない。です」


 聞かれた理由をちゃんと話せたかと言われると何とも言えない。正直言いたい事の半分も言えて無いかもしれない僕の拙い言葉。それを彩香さんは口を挟む事もせずに聞き続けてくれた。


 彩香さんが僕の言った言葉をどこまで理解してくれたのか判らない。でも、彩香さんは一言こう返してくれた「何をモタモタしている。早く準備しろ」と。


「取り敢えずこれを渡しておく。まぁ使う事なんて滅多に無いと思うが、自衛手段の一つぐらいは持って行った方が良いだろうからな」


 いそいそと持って行く道具の整理をしていると、彩香さんがそう言いながら黒い何かをこちらに投げて来た。突然の事だったので慌てて受け取る。


 黒い鋼で造られており、一部宝石の様な綺麗な石が埋め込まれているそれは、よく見た事のある形をしている。


「これって、彩香さんが使っている銃じゃないですか。こんなもの投げないで下さいよ。暴発としたら危ないじゃないですか」


「一々細かい事を気にするなよな。後それ、私が予備で持っている奴だけど、結構貴重なやつだから落としたりはするなよ」


「だったら尚更投げて来ないで下さいよ。近くに居るんですから、手渡しで」


「そんな事より、準備は出来たのか? もうそろそろ出ないと予定の時刻に間に合わないぞ」


「今出来ました」文句は在れど、口に出しても無視されたりするので言うのは諦めた。


 幾つかの指示された道具を詰め込んだ重たい鞄を背負う。此処から久家さんと合流する地点まで、歩いて行くのを考えると少しだけげんなりして来る。でも、今更引き返すつもりも無い。


 同じ重さの鞄を背負っている筈なのに、まるで手ぶらのようにスラスラと先を歩く彩香さんの背を追って徒歩一時間。目立たないように裏通りを中心に歩いて遠回りして来たから余計に時間が掛かる訳だ。


「到着したか。先ずは見て貰いたいものが……ん? 彼も連れて来たのか」


「あぁどうしても私を手伝いたいと言い出したから仕方なくだ。お前達の邪魔は、させないから、気にしなくても良いぞ」


「そうか、なら作戦を変えなくて良いんだな」


「あぁ、やり方はいつも通りだ。ただ気を付けるべきなのは」「竜の鱗だな」


「そうだな。それさえ無ければこんな重たい荷物を持って来なくて良かったんだがな」


 僕がひいひいと鞄を背負いながら息を落ち着かせている間、合流場所で待機していた久家さんと彩香さんが何やら今回の作戦について話していた。


 その奥で、久家さんの部下と思われる。凄い武装をした集団が僕の事を場違いなものを見る様な目で見て来ていた。まるでドラマや映画とかでしか見た事が無い特殊警察の様な完全武装をしている彼らの隊長と話す彩香さんとは、面識が有るのか上司に接するように畏まっているように見える。


 彩香さん自身も部隊に所属する人間と親しいのか、数人を呼んで僕の元まで連れて来て「紹介するよ。こいつが私の助手に成った……えーと、名前なんだったっけ」まさかの発言をされた。


「一ヵ月も一緒に居て、まだ名前を憶えてくれなかったんですね」なんだか、一気に悲しみが込み上げて来る。


「悪い。私人の名前を憶えるのがどうも苦手でな」彩香さんが頭を掻くように謝ってくると、連れて来られた久家さんの部下達がフォローに入る。


「助手さん気にする事ないよ。俺らなんて顔を憶えられているのに名前を憶えて貰えないから番号で呼ばれてるんだぜ」部下の人達は笑いながらそう言っているが、その言葉が余計に悲しく成りそうに思うのだけど。


「じゃあ改めて。俺の名前は、龍之介だ」「俺はガイ」「俺はトムだぜ」「俺は……」目の前に居る部下たちがそれぞれ自分の名前を紹介してくれた。随分と流暢な言葉だったが名前を聞く限り外国人も混ざっていたらしい。


 元々久家さんが率いている部隊は海外で活動していたって聞いた事が有るし、そう考えると別におかしなことでは無いか。などと、どうでも良い事が頭の片隅で過ぎる間に、部隊の人達が名前を言い終わった。次は僕が自分の名前を言う番らしい。少々の不安を抱えつつも、咳払いをしてから名乗った。


「僕は、黒騎カイザーです。彩香さんの助手に成りましたので、今後も顔を合わせることがあると存じますが、今後ともよろしくお願いします」


 僕が自己紹介を言い終わった後、何故か皆静まり返っていた。そして、少しして一人が口を開く。


「カイザー。それが名前なのか?」「え、はい。そうです」やっぱりそうか、そりゃそうだ。僕の名前はまぁ、珍しい名前だ。と言うか皇帝でも無いのにカイザーとか名乗ったら時代や場所に依っては怒られるだろうし。単位の電磁波の波数とも関係無いからね。


 学生の頃なんて、名前でいじられる事も少なくなかった。両親がどうしてこんな名前を付けたのか僕にはもう知る術は無いけれど。今となっては、恥ずかしいとかは思ってない。なんたってこの名前は僕に両親が居た事の証でもある訳だし。


 ただ、名前を話して、一々いじられたり。なんて変な名前なんだとか言われるのは正直面倒だ。今回もそう言った類の反応をされるものだと思っていたのだけど。


「チョーカッコイイ名前じゃねぇか」「流石彩香さんの助手。常識とか関係無いな」等々、面倒と思ってた反応のされ方とは少し違う反応が返って来る。その光景で、いつの間にか張っていた緊張の糸が緩む。


 武装がごついのも有って、見た目で勝手に怖いイメージを抱いて居たけど、中々にフレンドリーな反応のされ方に驚きつつも、内心ホットする。


「お前らなぁ、作戦の直前ってこと忘れてるんじゃないだろうな」溜め息を突いた後、作戦の資料を彩香さんに手渡しつつ、久家さんが部下達にそう言う。


「大丈夫ですよ隊長。皆ちゃんと理解してます。だからこそじゃないですか」部下の一人が久家さんにそう言うと、久家さんは「解っているなら問題ない」とだけ言って、簡易の作戦指令室にも成っているテントに向かう。


 この時の僕には先程のやり取りに、どんな意図が含まれていたのかなんて事は理解出来なかった。解決屋で働く事の意味を知るのと同時に、意図を理解出来たのはこの依頼が終わった後の話だ。


 間もなくして作戦決行の時刻が迫り、各々が指定の位置へと移動を開始した。僕も彩香さんに付いて行き、昨日来た廃墟の裏手へと向かう。


 *  *  *


 一方そのころ廃墟内では、竜の鱗を取引しに来た裏組織の人間とは、まったくの無関係である数人の学生達が廃墟内を歩き回っていた。


「二条さん本当に良かったんですか。こんな時間に忍び込んだりして」


「そうですよ。向こうが指定して来たとはいえ、夜にこういう場所に来るのって危なくないですか」


「ああ! お前らがどうしても明日までに薬を用意したいっていうから、連れて来てやってんだろうが。文句を言うくらいなら付いて来るんじゃねぇよ」


「も、文句なんてありませんよ。二条さんが仰るなら俺達はどこへでも付いて行きます」


 一人がそう言うと、他の連中も気色悪い程の笑みを浮かべて俺のご機嫌を取りに来る。


 気持ち悪い連中だ。学生達を率いて此処へ連れて来た二条銀次は心の中でそう言葉を吐き捨てた。


 もう少しの辛抱だ、あの薬屋にこいつらを引き渡せば俺は解放される。それまでの辛抱じゃないか。頭の中で、後ろを付いてくる気色の悪い連中がこの後どうなるのかを想像すれば、後ろの連中が何を言って来ようが平然な振りを続けられた。


「それにしても二条君。お薬屋さんはまだなの。此処に入ってからずっと歩きっぱなしだから疲れちゃった。肩かして」「私も私も」「あ、ズルい。私だって」


 歩いて十分も経たないにも関わらず、勝手に付いて来た女連中が文句を言うだけでなく、体を押し付けて来るせいで全身に鳥肌が立つ。


「辞めろ暑苦しい」引っ付いて来た女共を平静を装い引き離す。女共が軽い文句を言って来て、後ろの男共から羨ましがる様な気持ち悪い視線を向けられるなか、俺は吐きそうに成るのを堪えて目的の場所へ向かう。


 そんな状態である事を後ろの連中に悟らせないように気を配って、奥へ奥へと進んで行く。そしてようやく目的の場所に辿り着いく。


「薬屋。俺だ、二条銀次だ約束通りの時間に来たぞ」立ち止まり、何も無い場所に向かい声を掛けて合図を送る。すると、直ぐに人影が暗闇から姿を現した。


「おやおや銀次さん。まさか、こんなにも沢山の人を連れてきてくれるとは思って居ませんでしたよ」薬屋はにやにやと笑みを浮かべて、物色するように俺の後ろに付いて来た連中を見やる。


「男どもは連れて来たが、女共は勝手に付いて来ただけだ。でも、どうせ後から連れて来るつもりだったからな。一遍になって悪いがこいつらも一緒で良いか」後ろの連中が何の話をしてるのか解らず小首を傾げて居るのを無視して、俺がそう言うと、薬屋はにっこりと笑顔を浮かべる。


「ええ、構いませんよ。五体満足な人間をここまで集めて下さった、貴方の働きには大変感謝しています」薬屋がそう言って、スッと片手を挙げると、暗闇の中から俺達の周囲を囲む用に黒いスーツに身を包んだ屈強な男達が現れた。


「え、二条さん。これっていったい」「どういう事ですか二条さん。沢山楽しませてくれるんじゃなかったんですか」「二条君?」俺が薬屋の方へ近寄ると、腰巾着共が驚いた様な表情を浮かべる。


 そして、周りに現れた屈強な男達が奴らを取り押さえるさまを俺は腹を抱えて笑っていた。なんたって、絶望したような表情をする奴らの表情は滑稽で見ているだけで、笑わずには居られない。


「な、なんだお前ら」「辞めろ近寄るな」「痛い、放して」「二条君助けて」「二条さん」


 各々が各々滑稽で無様な姿を見せて騒ぎ始める姿は見ていて楽しい。楽しいが、あまり悠長にしている時間も無い。


「さぁ、約束は果たしたぞ。早い所あれを渡してくれ」俺が薬屋にそう詰め寄るが、薬屋は俺の事を無視して、連れて来た人間の数を数え始めた。


「ふむふむ、七、八、九。九人も集めて頂けるなんて、さすが銀次さん。あなたのお父様のように使い捨ての人間を集めるのは、お得意なのですね」


「は? どうゆう意味だよそれ。今、親父は関係無いだろ」


「関係無いって、貴方。此処にいる方達は貴方の。二条グループの御曹司である貴方の肩書で集めた人達でしょう」


「違う。こいつらは俺が集めたんだ。俺の功績だ。親父は関係ねぇ」


「おやおや、そうですか。まぁそう言うのでしたら、貴方のお陰と言う事にしましょう」


「そうだ。俺がやったんだ。だから早くあれを寄こせ」


「まぁまぁ。そう慌てなくても差し上げますよ。ほら」薬屋は見せびらかせる様に、赤い粉の入った薬をの小瓶を取り出す。俺がそれを取ろうとすると、ヒョイっと俺の手を避けて、小瓶を持った手を天に掲げた。


「どういうつもりだ。人間を集めたら、それを寄こす約束だろ」あの赤い薬さえ在れば俺は、親父からも解放される。それなのになんで、なんで寄こさない。


 ヒョイヒョイと俺をおちょくる様に小瓶をギリギリで届かない位置に持って行く薬屋と、必死に小瓶を取ろうとしている俺。傍から見たらそりゃ滑稽だっただろうさ。だからなのか、抑えられている筈の奴らが数人噴き出して笑った。


「ははは、おちょくられてんじゃん」一人が俺に向かってそう言うのを耳にする。


「なに笑ってんんだよ。俺を笑うな」声を出したそいつの顔を俺は蹴った。


「おやおや、辞めて下さいよ。それは、もう私達の大事な商品なのですから」薬屋はワザとらしくそう口にすると、にやりと口元を歪める。


「おや? その人、鼻が曲がっちゃいましたね。さっきの蹴りで折れてしまったのでしょうか。困りましたねぇ。付いて来た女性の方はともかく男性の方が一人減ってしまうと、売り出す際に安くしないといけなくなってしまいます。困りましたねぇ」


 薬屋はワザとらしく、傍目から見ても演技にすら見えないずさんな子芝居で困った振りをし続ける。俺が、薬屋の思惑に気付く頃には、既に周りを黒服達に囲まれてしまっていた。


「まさか。お前」俺が声を荒げると、薬屋は目元すらにやりと歪ませて、人間のものとは思えない残酷な笑顔を浮かばせる。


「おやおやおや、此処に一人居るではないですか。いやー助かりますよ銀次さん。わざわざ自ら奴隷になって頂けるのですから。向こうでは何の能力も持たない人間でも、こちらの出身と言うだけで哀願動物として、価値が高くてですね」


「おいやめろ。放せ。俺を誰だと思って居やがる」聞いても居ない説明を始めた薬屋のすぐ横で、俺は黒服の男達に組み伏せられた。


「おやおやおやおや、だったらお聞きしますが。貴方は誰なのですか?」


「ふざけるな。俺は、俺は」名前を叫ぼうとすると、薬屋の人差し指が口を塞ぐ。


「いいえ、違いますよ。貴方は二条銀次さんではありません。良いですか貴方の名前は今から三千五十五番です。貴方は捨てられたんですよ。貴方の大嫌いなお父様にね」


「どういう事だ、説明しろ薬屋。俺を嵌めたのか。俺をその薬で親父よりも優秀にさせる話だっただろ」俺は薬屋が手荷物赤い粉の入った瓶を見てそう言うと、薬屋はめんどくさそうに溜め息を突く。


「あぁ、人の潜在能力を高める薬の話ですか。これを飲めば、貴方はお父様よりも優秀な人間になれるとか言ったんでしたっけ。あれ、まだ信じてたんですか」


 薬屋がそう口にすると、手に持っていた赤い粉の入った小瓶から手を放す。重力に従って床に落ちた小瓶は簡単に砕け散り、床に中身をこぼした。


「そんなの嘘に決まっているじゃないですか。飲むだけで潜在能力を高める? そんな御伽噺にしか出ないような物があるなんて本当に信じていたんですか? あぁ、信じていたからお友達を裏切って売り飛ばそうとしていたんでしたよね。あははは、おもしろーい。そんな能天気だから、優秀な親に見放されんだろ馬鹿が。考えたら解る事だろ」


「嘘だ、そんなの嘘だ。俺は、俺は」親父よりも優秀な人間なんだって認められたかった。親父に見て貰えるぐらい凄い人間に成りたかっただけなのに。努力しても努力しても出来なかったから、今度こそって。あの薬さえ在れば、俺だって親父の子供なんだって胸を張って生きられる人間になれた筈なのに。


 壊れたようにうわ言を呟く俺を見て、軽蔑したような目を向けて来る元腰巾着達は、自分だけでも助けて貰おうと必死に命乞いを始めた。だが、何れも当然の様に耳を傾けられる事は無い。


「ピーピー、ピーピー、うるさいなぁ。そいつらの口を塞いどけよ。次の取引に支障が来たら面倒だ」


 そこへ複数人の足跡が聞こえて来た。現実を見れない俺には誰が来たのかなんてどうでも良い。親父に見放されたんだ。俺を助けてくれる奴なんて誰も来ない。散々人を裏切って生きて来たような人生だ。だけど裏切られた事は初めてだった。


 薬屋。親父の取引相手で、俺の話をいつも親身に聞いてくれる存在。俺がどうすれば他の兄弟より親父に認められるようになるにはどうすれば良いのかいつも教えてくれた人物。そう思っていた。


 だけど違ったんだ。俺に優しくしたのも俺へのアドバイスも全部、最初から裏切るつもりだったんだ。あいつは俺が苦しむ姿を、絶望している様を見て笑って居るんだ。


 あいつへ向けて居た期待が、信頼が、全てが俺の中で憎しみに変わって行く様に感じる。復讐してやる復讐してやる復讐してやる。


 *  *  *


 取引の為に廃墟へやって来た男達は、品物である竜の鱗を持って来た。


「やあ、あんたが薬屋か? 思っていた以上に随分と若いじゃねぇか」


「そうですか? これでも貴方達よりは年上だと思いますよ。ハンガーさん」


「おっと、今回はオフ会しに来た訳じゃねぇから、キャラネームじゃなくてリアルの名前で呼び合わないか。俺の本名は」


「あー、そう言うの面倒なんで後で良いですか。あまり悠長にするのもあれなので早く例のモノを見せて下さいよ」


「え、あぁわかった」男が明らかに肩を落としていると、男の部下がひそひそと話し合っている。「取引相手のあの人、兄貴のドストライクぽいもんな。名前を名乗れなくて露骨にテンション下がってるし」「兄貴は夢見過ぎなんだよ。ゲームのオフ会で合った女と恋仲になるなんて、そうそうある訳無いのに」


「お前らなぁ、後で憶えてろよ。それより、取り敢えずこれを下ろすぞ」


 男達は品物を傷つけないように、慎重に担いでいた竜の鱗を壁に立て掛けるようにして床に置く。


「それでは、本物かどうか少し確かめさせて貰います」


「あぁ、それは構わないが、どうするつもりだ」後から来た男が薬屋にそう尋ねると、薬屋が右手を挙げて黒服に合図を送る、すると隣に居た黒服が銃を取り出し、バーンと躊躇いもなく竜の鱗に向かい撃つ。


 真っ直ぐ竜の鱗に直撃した銃弾は、貫通する事も傷を付ける事すらなく、そのまま地面に落下した。床に落ちた銃弾は先端を押しつぶした様にひしゃげている。それを見て薬屋は、ふむふむと頷き、続いてライフルを黒服に持って来させて撃たせる。


 竜の鱗を取引に持ってきた男達も、それがどう言った代物なのかをようやく理解し驚いているなか、薬屋はどんどんと威力の高い銃器を使って、値踏みするかの様に何度も竜の鱗を撃ち続ける。そして更に驚く事に、竜の鱗には一切の傷も付くことが無い事だ。


 銃弾は全て、最初の銃弾と同じ様に先端がひしゃげたり、あるいは欠けたりして床に散らばっている。


 何度も何度も発砲音が聞こえるなか、男の一人が声を出す。


「待ってくれ。それが本物だって事を調べるだけなんだろ。だったらそれぐらいで十分じゃねぇか。最初の発砲からも時間が経っちまってるし、こんだけ音を立てたら警察が来るかもしれないねぇだろ」焦った様子で、説得を試みる男。だが、薬屋は男が思って居なかった言葉を口にした。


「あれ、まだいたんですか? あぁ、そう言えば指示を出してなかったでしたね。ではうるさいあれを始末しておいて下さい」薬屋が黒服に合図を送りながらそう言うと、黒服達は銃火器を取り出して、竜の鱗を持って来た男達に銃口を向ける。


 銃口を向けられた男達、黒服の男も、薬屋さえもが、その時竜の鱗から目を放した際の出来事。


 廃墟に残された僅かな数の窓ガラスさえも割って、内部に居た人間の倍以上もの数の武装した集団が周囲を囲むように入って来た。

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