第三話 輝く虹の宝石1

 どんどんと気温が下がって行き、近頃は雪まで時折降っているそんなクリスマスが近付いて来た十二月のある日。ビル街に存在する路地裏を縫う様に、男は息も絶え絶えに成りながら必死になって追ってから逃げる為に走り続けて居た。


「はぁ、はぁ。なんでバレたんだよ。取引場所は誰にもバレない筈じゃ無かったのかよ。畜生」


 男は手に持つ取引したブツを見ながら悪態をつく。手にしているのは、宝石が一つと緑色の長方形の石が二つ。男が先程の取引で、闇商人から買い取った物だ。


 わざわざ大金をかき集めて信頼出来ると噂の情報屋まで頼り、ようやく闇商人からこれを買う事が出来たというのに、使い方を聞く前に突然現れた高校生ぐらいのガキに闇商人が捕まっちまった。


 そして、次は逃げ出した俺の後をずっと追いかけて来やがる。どれだけ走っても距離を離せられない。そてだけじゃない、追いかけて来るガキは疲れを知らないとでも言うかのように、ずっと一定の間隔を保ったまま追いかけて来やがる。


「畜生。一体どんな体力をしてやがるんだ。化け物かよ」度々後ろを確認するがやっぱり後をついて来ており、更に何だか徐々に間隔を縮めて着ているような気さえする。


 手前の角を曲がり、更にその先にある狭い道の室外機や排水管をパルクールの経験を生かして伝い、ビルの屋上までよじ登る。


「どうだ。流石にここまでは来れないだろ」遅れて角を曲がって来た追ってを見下して、そう口にしていると、男と同じ様に屋上までよじ登って来出した。しかも自身よりも何倍も早い速度で。


「畜生。あいつも経験者だったのかよ」凄い形相で追いかけて来る死神の様な追ってから目を背けて、隣の屋上を目指して飛び降りる。当然の様にあいつも追いかけて来た。


 やっぱり、どんどん向こうの速度が上がっている気がする。いや、違うこっちの走る速度が落ちて来ているんだ。


 逃げている男は若いころと違って体力が以前よりも落ちていた。トレーニングも暫くサボっていたせいで余計にだ。だからこそこれを手に入れたと言うのに、使い方が分からないせいで、今じゃ唯のお荷物出しかない。


 いっそのこと追ってに向かって投げつけてやるか? そうすれば少しは逃げやすく成るかもしれない。……いや、ダメだ。これが一体いくらしたと思ってるんだ。今俺がこれを手放し逃げ延びたとして、その後の人生はどうなる? また底辺に戻るだけじゃ無いか。いや、闇金にも手を出した分、前よりも酷い目に合うに決まって居るじゃないか。


 追ってに捕まっても明るい未来は無いだろう。だったら一か八かでも使ってみるべきだ。走りながら男は、手に持つ三つの石を見ながらそう決意する。


 走っていた足を止めて立ち止まり、すぐさま後ろに振り返って三つの石を追ってに向かって掲げた。


「頼む、成功してくれ」さらに目を瞑って、逆転の奇跡を懇願する。だが石は何も反応しなかった。それでも迫って来る追ってへ向けて最後まで懇願を続ける。


「頼む頼む頼む頼む。出てきてくれよ。ファイヤーボール」男がそう口にした途端、宝石が光だした。それと同時に、二つある緑色の石の片方が黒く変色する。それと同時に宝石の光は更に輝きを増して、空中に創作物に描かれるような魔法陣らしきモノが浮かび上がった。


「で、出来た」男が喜んだのも束の間、追っては宝石が輝いている事も、魔法陣が浮かび上がっている事にさえ動じることは無く突っ込んでくる。


「ひぃ」死神の様なその目に恐怖で背筋を震わすと、コツンと残りもう一つの緑色の石が輝いている宝石に当たった。それと同時に空中に描かれている魔法陣から、何かが飛び出す。


 飛び出したそれは夥しい程の熱量を持っており、触れても居ないのに男の指先が火傷したかの様に熱せられた。それ程の高温、それが今追ってへ向かって一直線に飛び出したのだ。直撃すればひとたまりも無い事など容易に想像がつく。


 例え躱して直撃を免れたとしても、一瞬近くにあっただけの手が火傷する程なのだ。この距離なら避けても手か足先に掠る筈、そうなれば奴はきっと激痛で動けなくなる事だろう。


 その隙に逃げる成り、追ってを動けなくする成りすれば自分が助かる。男は逆転の希望を目にして、引き攣って居た顔がにやけた笑みに変わった。


 だが、それもほんの一瞬で崩れ去る。目の前にあった高温の塊は一瞬にして霧散したのだ。それと同時に青い光が見え、そして男の一生が終わる。


 男は希望を砕かれた事に、絶望を知り恐怖を感じた事にさえ声も上げる間も無く、その頭を消し飛ばされた。


 辺りには、一瞬だけ顕界した高温の熱の影響で少しひび割れたコンクリートの地面と、青い宝石が埋め込まれている特殊な拳銃を持つ男にとっての死神、そして首から上が無くなった男の死体だけが残る。


 *  *  *


「それじゃあ後の事はお願いするよ」到着した事後処理部隊の一人に、そう言い残して非常階段を使って下へ降りる。そしてそのまま路地裏から大通りへと向かった。今回は服に血が付いて居ないので、わざわざ遠回りせずに帰る事が出来るからだ。


 服に血が付いたまま大通りに出たら騒ぎに成りかねな。また警察相手に誤魔化すのは面倒なんだよな。なんて考えながら帰路に付く。


 最近余計に人が賑わう様に成って来た商店、街灯や植木にはきらびやかなイルミネーションが飾られており、時折降ってきて程よく積もっている雪。まだ少し早いだろうにサンタクロースの衣装を着ている店員を見て、季節を感じながら歩いて居ると良く見覚えのある人物に声を掛けられる。


「あ! 黒騎くん。もしかして今から帰り?」まだ来たばかりなのか、空の買い物袋を手に下げた晴香さんがこちらに近寄りながら話掛けて来た。


「えぇ、丁度今さっき今月分の依頼を終わらせて来たばかりなので、一旦戻ろうかと思って」


「そう。今月分の仕事を終わらせたってことは、明日からお休みなのよね?」晴香さんは一瞬悲しそうな表情を浮かべた後、笑顔に戻してそう尋ねて来る。


「いえ、明日からは久、組織の方を手伝おうかと思ってて」


「ええ! 黒騎くん最近はずっと休みもとらずに働きぱなしじゃない。少しは身体と心を休ませないとダメじゃない。無理を続けて居たら、そのうち急に疲れが出てきて倒れちゃったりするんだよ」晴香さんは本気で心配している様子でそう言って来た。


「大丈夫ですよ。ちゃんと依頼の合間に休んでいますし。一応メディカルチェックみたいなのも受けては居ますから」あれがメディカルチェックに含まれるかは謎だが、自身の身体が限界を向かえていないかを定期的に確かめているのは本当の事だ。


「そう、なの? まぁ黒騎くんがそう言うなら信じるわ。でも、疲れて来たと思ったらちゃんと休むのよ」


「分かってますよ」晴香さんに余り心配を掛けたく無いので、口ではそう言うが、暫く休むつもりなんて毛頭無い。


 僕はあの日から、シーナ達に交した誓いを守る為に今まで以上に依頼を積極的に熟す様にしている。その結果、彩香さんが請け負う解決屋の依頼だけに留まらず、久家さんに頼んで異界案件対策組織クローの仕事も積極的に手伝うようにも成った。


 まだまだ僕には力量不足を感じる部分が多々ある。それを埋める為には訓練よりも実戦の数を増やした方が良いと考えた僕は、今まで訓練に当てていた時間さえ依頼の解決にまわしている。そもそも訓練をしてなくても常に死と隣合わせの状況で有れば自然と鍛えられるというもの。


 それに訓練を受けていた目的が、人を殺さずとも捕まえられる様に成る事、つまり不殺の術を身に着ける為だったのだ。でも、それを必要としなくなった以上、訓練を受ける意味もない。


「黒騎くん。黒騎くーん。おーい。聞いてる?」気付いたら晴香さんが僕の顔の前で手を振っていた。


「あ、えっと。なんですか」


「今日の晩御飯は、お鍋にするって話をしてたんだけど。本当に大丈夫なの? 疲れているんだったら」


「だ、大丈夫ですよ。ちょっと考え事をしていただけですから」


「そう。でも道端で人の話が聞こえなく成るくらい考え事をしているのは危ないわよ」


「すみません。今後は気を付けますので」


「解ってくれたなら良いわ。それじゃあ、私は買い物をしてから帰るから」


「あ、荷物持ちぐらいはしますよ」


「心配しなくても大丈夫よ。私こう見えて力持ちだから」晴香さんはそう言って、お店の方へと向かう。


「まぁ、晴香さんがそう言うなら、お言葉に甘えて先に帰らせてもらうとするか」晴香さんの後ろ姿を見送って、再び帰路に付く。


 それから、何時もの道を歩いて解決屋事務所の扉前までやって来た。息を整えるように軽く深呼吸。それからコンコンと扉をノックする。


 僕が今ノックした扉だが、見た目は何の変哲も無い様に木製の扉の様にしか見えない。だが、前に一度爆破されて粉々に成った事がある。それだと言うのに次の日には、何も無かったかの様に元通りに成っていた。


 最初は我が目を疑ったものだが、解決屋の依頼を熟して行く内に何だか似たような不可思議な現象に遭遇し過ぎて、近頃はそういった出来事に驚く事も少なく成って来た様に思う。これが慣れというものなのだろうか、なんて思い浮かべながら扉に向かって声を掛ける。


「彩香さん。黒騎です。今戻りました」相変わらず心地良い音が鳴り響いた後、部屋の中に居る人物に向かい戻って来た事を知らせる。


「あぁ、助手か。開いてるぞ」彩香さんの声が扉越しに聞こえて来たので、扉を開けて中へ。


 事務所の中では、何やら難しそうな本を読んでいる彩香さんの姿があった。彩香さんは仕事の合間などに時折、こうして本を読むことがある。彩香さん曰く解決屋の仕事をするうえで必要な知識を常に本を読むことで身に着けられるのだとか。


 前に一度、お前も読めとか言われて薦められたことが有るが、何かの専門書ということぐらいしか分からない程、小難しい事が書かれて居る字面ばかりで僕には何が何だか解らなかった事は記憶に新しい。


 まぁ、読めなかったからと言って興味がまったく無い訳ではない。なんたって彩香さんが読んでいる本は全て、異世界からこちらの世界に流れ着いたものをこちらの言語に訳してまとめたものなのだ。当然向こうの世界の出来事が書かれていたり、生物の生態が記されて居るものもある。後、向こうの世界では割と娯楽小説がポピュラーなのだとか。


 向こうの娯楽小説はともかく、生物の生態等に付いては僕も興味がある。だから入って直ぐこう尋ねる。


「今日は一体何を読んでいるんですか?」僕の質問を耳にした彩香さんは、読んでいた本から目を離して、一旦こちらを見た。


「これか? これは魔宝石に付いて書かれているものだよ。ほら、お前も今日取引現場を抑えに行ったあれだ。興味があるなら明日にでも貸すぞ」彩香さんはそう言った後、再び本へと視線を戻す。僕も彩香さんの視線に釣られて、本の表紙へと目を移す。


「あ、いえ。明日は朝から研究所の方にも顔を出す様があるので、読み終わったら軽く内容だけ教えて下さい」本の表紙が外国語で書かれているのが見えて、貸してくれるという提案を遠回しに断る。


 正直に言って僕は外国語で書かれた本は読めないので、渡されても困るのだ。学生の頃、いじめだなんだとまともに授業を受けられなかった事も多かったのが関係しているのだけど、一番の原因は、そんな事を勉強しても大人に成ったら使わないのでは? なんて学生時代の浅はかな考えが原因で、まともに勉強して来なかった事が理由だ。


 まさか働く様に成ってから、学生で居る内に勉強しておけばと後悔する日が来るなんて思いもしなかったよ。一応読めなくても、ジョンソンやガイ達組織の皆と話す内に多少は喋れるように成ったけど読む方は一向に習得出来てない。


 いずれは読める様にと思って幾つかの時折勉強はしているけど、依頼を優先していたら結局勉強している時間もないんだものなぁ。


「あ、そうだ。報告書、置いておきますね」そのまま部屋に戻ろうとしている時に、報告書を渡しに来たことを思い出して、慌てて机の上に置く。


「ん。おつかれ」彩香さんは本から目を離さないまま、そう口にした。何時もはこれでやり取りは終わりだ。


 後は彩香さんが報告書に目を通してくれるたのを明日、研究所に向かう次いでに久家さんの所まで持って行くだけ。残りの作業は、それだけだったので一旦部屋に戻ろうとして扉の前まで移動した時だった。


「なぁ、助手よ」後ろから彩香さんが声を掛けて来る。


「なにかようですか?」彩香さんに呼び止められる時は大抵面倒な雑用を押し付けられる事が多いので、多少身構えながら聞き返す。


「いや、確かお前の知り合いに二条銀次とか言う奴が居たよな」彩香さんの口から出ると思っても居なかった人物名前を耳にして驚く。


「えっと、知り合いと言えばそうなるんですかね。銀次くんとは学生の時は小中高と同じ学校に通っていましたし」正直あまりいい思い出がある人物では無いのだが、何故突然彩香さんがそんな人物の名前を? そんな疑問を思い浮かべていると彩香さんは「そうか」と一言口にした後、言葉を続ける。


「いや、何。聞くところに依れば行方不明だそうじゃないか。だと言うのに……いや、少し、そいつの親の動きが気に成ってな」


「はぁ。そうですか」突然なんの話なのだろう。確か、銀次くんの実家は二条グループとかいう会社を経営していた筈だ。具体的に何をしている会社なのか僕は知らないが、名前だけなら誰でも耳にする程の有名企業でもある。


 でも、彩香さんはそう言ったものに非常に疎かった筈だ。社会情勢とか最低限の事しか知らないし、本人も知ろうとして居ない。そういうのを調べる必要がある時は、協力者を頼るから、私がわざわざ知る必要が無いと言うのが彩香さんの言い分だ。その証拠に本人は、新聞やニュースを見ないのだから。


 そんな基本的に、異界案件に関する事ばかりにしか感心が無い彩香さんが有名会社の、それもその会社の社長の動きが気になると言う事はつまり、そう言う事なのだろうか?


「もしかして二条グループが、最近魔宝石が大量に量産されてばら撒かれているって噂と関係があるって、考えているとかですか?」今日の依頼で回収した魔宝石と言われる宝石と同じモノがここ最近、裏の市場に大量に出回っている。


「まぁ。そうだな。直接的じゃ無いにせよ何かしら関わっている可能性があると思う。なんたって魔宝石が裏に流れだした当初の取引場所を辿ると、その会社系列の支店付近である事が解ったのだからな」


 魔宝石の見た目は只の宝石と同じにしか見えないのだが、魔力鉱石と呼ばれる特殊な素材の石を近付ける事で、魔法と呼ばれる超常現象を引き起こす事が出来る代物だ。


 そんなモノが、先月辺りから裏で大量に出回っていることが異界案件対策組織の間でも問題視されている。それも、出回っている魔宝石が向こうから流れて来たものでは無く、こちらの世界で人工的に造られた宝石を加工して造られた代物だと言う事実が頭を抱えさせる原因でもあるのだ。


 なぜなら本来は、魔宝石なんてこちらの技術力では到底作る事が出来ない筈の代物だからだ。こちらの人間では無く、異世界の住人が居て初めて唯の宝石を魔宝石に加工出来る。


 それはつまり、魔宝石を裏にばら撒いている人物が異世界人と協力して、もしくは強制的に製造させている可能性が高い事を意味しているのだ。


 過去に、捕まえた異世界人の知識や技術を利用して裏組織が金儲けをしていたという事例は幾つか存在する。だが、今までは簡単にその裏組織の居場所を突き止める事が出来た。今までそう言った行動をとった組織が隠蔽工作をずさんに行っていたお陰で、簡単に居場所を突き止められていたのだ。


 だが、逆に言えば隠蔽工作がしっかりと行われており、直ぐに出所を見付けられ無いと言う事は、金や権力を持っている大きな組織が活動している可能性が高い事を示している。


 勿論、必ずしも組織単位の規模では無く個人で行われて居る可能性も無いとは言えないが、最初に取引した場所の全てがとある会社系列の支店付近である事が多いと成れば関係性を疑うのも当然のこと。


 だが、だからと言って早まった行動をとり、何の確証も無いまま無実の会社へ突入なんてした日には、後々面倒な事に成ることは目に見えているし、身の危険を感じられて本来捕まえたい相手に雲隠れされるかもしれない。それ故に、事前の下調べが重要に成って来る訳だ。つまりは確証をとれていない以上、解決屋としても動けないと言うこと。


 もちろん彩香さんや久家さんの事だ。何かしらの手を打って既に、二条グループに関しての情報収集を初めているのだろう。そして、遠回しにその話を言ってくると言う事はつまり。


「ようは、僕も調べて来いと?」


「良く分かったな。流石は私の助手なだけある」何だか少し馬鹿にされた気分になりつつも反論の言葉を呑み込み続く言葉を聞く。


「既に、協力者であるSが二条グループの方を調べているんだが、お前には行方不明に成った二条銀次が現在どこに居るのかを探して欲しくてな」


「探せって言われても……」銀次くんは四ヵ月近く前から行方が分からないのだ。探偵でも無い僕が今から急いで探したとしても、見つけられる気がまったくしないのだけど。それに出来る事なら顔も見たく無い様な相手を探すなんて、気が進まないなぁ。


「大丈夫だ。ちゃんと探す当てはある」彩香さんは問題無いとでも言うかのように自身満々の表情でそんな事を言って来る。


 大抵彩香さんがこの顔をする時は、本当に何であろうと何とでも成ってしまうのだから、その言葉を信じるほかない。


「それで、その当てってのは何ですか?」


「それは」彩香さんが話始めた所で、それを遮るように扉越しに晴香さんの声が聞こえて来る。


「ただいまー。彩香。頼まれていた食材買って来たわよー」


「今行く」晴香さんの声に彩香さんが階段まで向かってそう言い返す。


「悪いな助手。話は後でな」こちらに振り返った彩香さんはそれだけ言い残して、晴香さんの待つ一階へと降りて行く。


 残された僕が下に降りた所で特に手伝える事も無いので、彩香さんの言っていた当てとやらを聞けずにいるもやもやとした気持ちを持ったまま自室へと戻る。


 部屋で軽く荷物を整理していると急に強烈な睡魔がやって来た。


「しまった。もう時間切れか……」思い出したかの様に言葉を口にしている途中で倒れる様に床で横になる。


 瞼は既に閉じてしまっていて、全身の感覚が一時的に無くなって行く。既に何度も経験している事とはいえ、効果時間の事を忘れてしまうのをそろそろ何とかしないとな。なんて考える間もなく、意識は夢の中へと向かって行く。


 どこかで見た事のある平穏な昼下がりの光景、両親と共に笑顔で向かう遊園地へ向かう夢。いいや実際はそんな生易しいものなんかじゃない。いつも決まって次の瞬間には悪夢が始まる。


 意思に反して二人から離れて行く自身の肉体。喚いても叫んでも、夢の内容は何時も同じ。絶対に変わらないし、変えられない。後ろを振り返る僕。虹色の光が二人に注がれて、突然両親が消える姿を目に焼き付けさせる。見たくない。でも、忘れるなと言うかのように目が離せない。


 そして影が現れる。顔も見えない筈なのに、奴が笑っているような表情を浮かべている様に思えてしまう。そして、奴は喋り出す。憎ければ俺を殺せと言ってくる。実際はそんな事を一言も言っていなかったのに、夢の中では何時も僕に向かってそんな事を言ってくるのだ。


 子供の頃は怖かった。学生の頃はひたすら憎かった。解決屋の助手に成ったばかりの頃は必ず見つけて両親を奪った罪を償わせるつもりだった。でも今は違う。


 影を無視して後ろを振り返れば必ずそこにいる。彼女の死体が、シーナの亡きがらが。優先順位が変わったんだ。彼女達に誓ったあの日から、憎いのは影だけじゃなくなった。彼女を、彼女達を傷つける全てが憎い。利用しようとする全てが憎い。その全てから守る為に僕は強く成る必要がある。いや、成らないといけない。


 だからこんな下らない夢なんて見ている暇など無い。それは分かっている。何時も分かっている筈だ。だと言うのに夢から目を背けられない。いつもこうだ。早く目覚める方が良いと分かっている筈なのに、あの影だけは今すぐにでも殺せと言わんばかりに夢が主張して来る。


 夢の始めは子供だった僕は、いつの間にか成長していて、手には何時の使う拳銃が握られている。この夢から覚める為にはある行為をしないといけない。それは、この手が握る青い宝石が埋め込まれた特別なその銃を影に向けて引き金を引くことだ。


「まったく、なんで何時もこんなにも面倒な夢を見させられるんだ」夢から覚めた後に呟く独り言「やっぱりあの影だけは、それだけ憎いって事なのかな」誰にも聞かれて無いという安心感で気が緩み、つい口にしなくてもいいような事が声に出てしまう。


「憎い相手が居るのか?」隣から彩香さんの声が聞こえて来た。


「!?」驚きで声も上げられない。今の聞かれていたのか! と言うか何時からそこに。寝起きと言う事もあり混乱する頭の中で状況を確認する為に時刻を見る。


 時刻は丁度部屋に戻って来た頃から一時間が経過していた。そろそろ食事の時間だ。と言う事は彩香さんは食事の時間だと言う事を知らせに来たのかな。なんて考えていると、隣で屈んでいた彩香さんが先に口を開く。


「別に無理に聞き出すつもりは無いし、復讐なんてやめろ見たいな事をいう気は無いさ。私にだって憎い相手はいるからな。それよりも、疲れていたからと言って無警戒過ぎると思うぞ。寝るなら鍵ぐらいは掛けておけ」そう言って彩香さんは、眠気覚ましのつもりなのか僕の頭にデコピンをして来た。


「痛つつ」寝起きでいきなりされたからか、余計に痛みを感じて自然に額を手で摩る。


「夕飯が覚める前に、早く顔を洗って下に降りて来い」彩香さんはそれだけ言うと、部屋を出て下に降りて行った。

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