第二話 星の欠片と幼きエルフ4

 瞼の裏にシーナの笑顔と死んだシーナの姿が交互に何度も映された。


「終わるまで此処で待てだと、冗談じゃない」一人でに呟いていた独り言が耳に入ると同時に身体を起す。備え付けられていた時計を見ると横に成っていたのは、ほんの五分程度。だが、疲れは感じなく成って居た。


 身体が十分に動く事を確かめ、押し込められた部屋から勝手に出て彩香さんを探す。施設を歩いて居ると、所々で研究員らしき白衣の人物と黒スーツを身に纏う人物が慌ただしく走り回っているのを目にする。


 幾つかの部屋を見て回ると、各部屋事に大がかりな機械と異世界のモノであろう物体がセットで一部屋事に別けて置かれていた。中には以前依頼で回収したモノなんかもある。


 そうした部屋を見て回りながら彩香さんの姿を探していると、つい最近見た事のある様な黒い石を何かの溶液が入ったカプセル内に入れられている部屋を見つけた。昨日僕が彩香さんに渡した石と同じモノの様に見える。その部屋の隣からは人の話し声が聞こえて来た。


「彩香、やっぱりあの星の欠片は本物だよ。君の助手と一緒に居たエルフの少女にも反応を示して居たし、このレーダーに映っている光の塊がオークションの商品として捕まった保護対象に違いない」


「そうか。だったら準備が出来次第向かうから、そのレーダーが捉えた座標を送っておいてくれ」そんな話し声が部屋の中から聞こえると、少し後に扉が開き中から彩香さんが姿を現した。


「助手。お前、勝手に出歩いて。いや、それよりも大丈夫なのか」怒っている様にも、心配している様にも聞き取れる声を掛けて来る彩香さんの言葉を無視して、僕は彩香さんの元に詰め寄る。


「オークション会場に行くんですよね。だったら僕も連れて行って下さい」頭を下げる事もせず口だけは丁寧に、まるで脅しを掛けるかの様に凄んでそう言った。


「ダメだ。前にも言ったが、お前はまだ」


「ダメと言われても、今回ばかりはついて行きます」彩香さんの言葉を遮るようにそう口にすると、彩香さんは少し驚いた様な表情を浮かべた後「理由を聞かせろ」と言って来る。


「僕は彼女を、シーナを守れなかった。だからその償いをしないといけないんです。彼女と同じようにこっちに来てしまって、辛い目に合う子が居ると言うなら見過ごせない」僕がそう口にすると、彩香さんは僕を「理由はそれだけか」と言うかのような目で見てくる。


 当然さっき言った事だけが理由じゃない。本心ではあるけど付いて行く理由は、また別にある。だけど彩香さんに、それを伝えるつもりは無い。これはあくまで僕個人の問題だからだ。


「まぁ良い。付いてくるなら好きにしろ。今回ばかりは命の保障をしないがな。それでも良いなら今すぐ準備する事だ」彩香さんはそう口にすると、施設の奥へ向かい歩き出す。


 僕は彩香さんの後ろに居た黒スーツに連れられて、突入隊員と同じ装備を貸して貰う。準備が整った後、指示のあった場所で待って居ると、今回オークション会場に突入する制圧部隊の隊員が集まった。僕も含めて全員で五人だ。明らかに少なすぎる。


「本当にこれで全員?」僕が近くの隊員に尋ねると頷かれた。どうやら現在、隣町で緊急の案件が入ったらしく、人員の殆どをそちらに回さなければいけなく成ったらしい。


 だからと言ってオークションを放置も出来ない為、動ける人材を急遽集めたのが、今回集まったこの五人と言う訳だ。恐らく僕が同行を許可されたのも人数の少なさ故に猫の手でも借りたかったからなのだろう。車での移動中に会場へ到着後に行われる作戦内容を説明される。


 今回の作戦は彩香さんともう一人で捕らわれている異世界人の救出、他二人がオークションに参加した人間の拘束、僕が警備を陽動で誘い出す役割に別れて行動すると説明を受けた。


「待ってくれ、彩香さん。こいつはまだガキなんだろ。それなのに一人で陽動を任せるなんて」「私の作戦に文句が有るのか」作戦内容に不満があるらしい隊員を彩香さんが睨んで黙らせる。


「僕は、構いませんよ。救助や拘束も、まだ一人前と言える程出来る訳では無いですし」それに一人で行動出来るなら、そっちの方が都合も良い。


「だから心配なんじゃない。陽動役には私も」「ダメだ、今回は人員が少なすぎる。後二、三人居れば人員の振り分けも考えたさ。だが、今回はこの五人しか揃わなかった以上、保護対象の救助を優先とする」作戦の人員を変更する提案も彩香さんが即却下すると、反論する者は誰も居なく成った。


 今回の作戦で最優先するモノは保護対象、つまりオークションに掛けられる異世界人の救出とその保護だ。


 その次に優先するのは、オークションの参加者。過去にオークションにて異世界人を購入している場合は、その者達をこちらで保護する為に主催者よりも優先される。何故なら異世界人は強いストレスによって、周囲に被害を及ぼす場合があるからだ。


 扱いがぞんざいな人物が過去に異世界人を購入していた場合は、時限爆弾を抱えている状態と同じ様なもの。場合に寄っては街一つが吹き飛ぶ可能性が在り得るからこそ優先される。


 そして優先順位が最後なのが、オークションの主催者だ。主催者側は複数種の異世界人を確保して、オークション開催までの面倒を見る事に成る。当然参加者なんかよりも多くの異世界人を捕らえて居るのだろうが、商品が傷つかない様に細心の注意を払って、被害を出さない様に行動している。


 よって優先順位は客よりも下になる。常に優先されるべきことは被害が出た事で、一般人が危害を負い、表の社会に異世界人の存在がバレるような事を起さない事なのだから。


 だからと言って、最初は見逃すつもりなんて無かっただろう。今回の主催にビッツファミリーが関わっていると知った以上、久家さんも彩香さんだって、幹部の一人は勿論、構成員の一人でも捕まえたいと思っている筈だ。


 それでも今回優先順位を下にしているのは、緊急の案件で応援に久家さんや隊員達が向かった為、人員が少なく成った事が理由に成る。だからこそ、優先目標の方に少ない人員なりに戦力別けるほか無いと言う訳だ。まぁ、そのお陰で僕が動きやすく成ったのだけど。


 誰も喋らなくなり車内は無言のまま、車は目標の場所に到着する。場所は工業地区の付近に存在する廃工場。数年前から使われなく成ったこの工場の地下でオークションは開催されているという。


 僕が車から下りて銃器を構えていると、後ろから数人が声を掛けて来る。


「がんばれよ」「無理は、しないでね」「健闘を祈る」緊張をほぐす為か肩を叩いて来る者も居た。彼らなりに励ましてくれているのだろう。だが正直今は放っておいて欲しかった。気休めの言葉も、中途半端な仲間意識も今の僕には必要ない。


 それぞれが配置に着いて、作戦開始の合図が告げられる。


 先ず僕がオークション会場の外から、警備や主催側の人間を呼び出す為、扉近くにて爆竹に火をつけた。そとで突然こんなにも大きな音が発生させれば、当然の様にオークションの警備がこちらにやって来る。


「敵襲か」「こっちから音がするぞ、急げ」扉の中から慌ただしい程の足音がこちらに近寄ってくるのが聞こえて来た。そして、バンと重たい両扉が開かれて中からわらわらと黒い服を来て銃器を振り回す男達が飛び出して来る。


「どこだ、どこに居やがる」黒服達が辺りを見回して襲撃犯を探している所を、離れた位置から銃を撃つ。流石に距離を開け過ぎたからか、銃弾が直撃することは無かったが、注意をこちらに向けるだけなら十分だろう。


 黒服達がこちらを発見して、怒声や罵声を口々に言いながら走り寄って来る。僕は近寄って来る黒服の後ろで彩香さん達が扉から中に入るのを確認し、黒服達をこの場から引き離す為に廃工場の外へと走った。


 これで良い。彩香さん達が会場内に入ったなら、捕らえられた異世界人達は必ず助けてくれる筈だ。だから最低限したかった事はもう達成したも同然。後は僕の個人的な目的を果たすだけだ。


 廃工場の外へ出て直ぐ室外機やパイプを伝って、出入り口の真上へと移動する。


「どこ行きやがった」遅れてやって来た黒服達が僕の姿を探して周囲を見回している所に、躊躇いも無く手榴弾を投げ込む。次の瞬間、爆発と共に黒服達の悲鳴が聞こえて来た。


 だが当然の様に追ってきた全員を爆発に巻き込めた訳じゃない。手足が吹き飛び地面を這う者、間一髪難を逃れた者、ギリギリで即死を免れた横たわる者。即死した奴なんてほんの数人だけだ。まだ手榴弾を持っていたなら二、三と続けて投げていたが、持ってない以上一人ずつ仕留める他ない。


 相手は突然の爆発に混乱して、まだこちらの存在に気付いて居ない。だから大丈夫、落ち着いて銃を構えて、一人、また一人と頭や心臓を撃ち抜いて行く。最初は足が無事な者から、次に腕が動く者、動けない者と順番に一人ずつ丁寧に。


 やることは簡単だ。銃口を狙いに向けて引き金を撃つだけ。後は人を殺すかもしれないという恐怖とどう向き合うかだけでしか無い。でもそれも、もう大丈夫。なんたって今目の前にいる相手は殺しても良い奴だ。いや殺さないといけない相手なのだ。


「お前達みたいなのが居るから。お前達が、お前達がお前達が」八つ当たりの様に怒りを乗せて引き金を引いた。


 人を殺す事にもう躊躇いは無くなっていた。いや、本当は初めからそんな気持ちは無かったんだ。それにようやく気付いただけの話。


 初めて人を殺したあの日も実は殺した事に恐怖を感じていた訳じゃない。殺した事実を理解していながら、何も感じて居なかった自分に恐怖を感じていた。だが共に戦ったトムが、ついさっきまで話していた相手が死んだ姿を見て、初めて死と言うモノに恐怖を感じた。


 奪うのも、奪われるのも簡単過ぎる。そう、とても簡単に行われてしまう事なのだ。殺そうと思えば、命を奪うことなんて誰だって行えてしまう行為である。だが世間一般ではその考えは、忌むべきものだと教えられる。命を尊ぶ。命に感謝する。命を奪う時は、生きる為であるべきだと。


 まともに授業を受けた回数なんて大してないと言うのに、僕だってそう教えらた。誰だってそう考えるように教え込まれる事だ。生きる為じゃない暴力は、いけないことなのだと。


 今日までは、僕だってその考えを持っていたさ。だから殺さない術を身に着ける為に今まで訓練を受けて来たし、少しずつその理想に近付いていた。でも、もうそんな事さえどうでも良く思えてしまう。


「助手。幹部が一人逃げた。発信機を付けているから今すぐ追うぞ。って何をしているんだ」廃工場横から突然一台の高級車が飛び出したと同時に、声が聞こえて来る。


 そして、一人ずつ丁寧に止めを刺しているところに、声の主である彩香さんが地下から出て来た。彩香さんの背後では、オークションの商品にされていたで有ろう異世界人と思われる人物達が車に乗せられて居る姿が見える。


 どうやら無事に救出できたらしい。まぁ、十人単位の人数差さえ付かなければ彩香さん一人でも中に残った警備はどうにでも出来ただろうし当然か。


「何って、そんなの見たら」彩香さんが尋ねて来た事に答えようとしたら、言葉を遮られた。


「話は後だ。とにかく今は追い付けない距離まで逃げられる前に、あいつを捕まえに行くぞ」


「捕まえにって、車出ちゃいましたけど。どうやって?」彩香さんの背後で、異世界人を乗せ終えたらしい車は、残り一人の隊員を残して発進してしまった。


「どうやってだと。そんなの走って追いかけるに決まってるだろ」彩香さんがそう口にすると、僕の腰に手を回して来る。そしてヒョイっと、意図も容易く持ち上げられて肩に担がれた。


「え、本当にこれで追いかけるんですか」自身よりも少し低い背丈で、自身よりも細身の女性に意図も容易く担がれている状況と体勢の恥ずかしさで驚いているこちらを無視して、彩香さんは直ぐに走り出す体勢に移る。


「無駄口を叩いていると舌を噛むぞ」一言、彩香さんがそう口にすると同時に、彩香さんが走り出す。


「ちょっとまって、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」制止の声を掛けようとすると、風の抵抗を受けて、開いた口から出る言葉は絶叫に変わり、夜の街に響き渡った。


 彩香さんの身体能力は人間のそれを遥かに超えている。本人曰く人間である事をやめた憶えは無いとの事。ただ、解決屋の仕事をするに当たって、幾つか異世界の技術を使って肉体改造は、しているらしい。


 その賜物だからか、意図も容易く自身よりも重たい人一人を軽々と持ち上げられるし、平屋の屋根へ地面からひとっ飛びで移れているわけだ。屋根から屋根へと飛び移れば、道路の構造上、大通りに出る為にわざわざ遠回りを強いられている車に追い付く事なんて容易である。


 屋根から屋根へ飛び移る彩香さんの足は次の着地地点を目標に定めて、飛び乗った。ガシャンというフロントガラスが割れる音。運転手が驚いてハンドルをあらぬ方向へ切った姿。そして次の瞬間、車は正面から近くの電柱に突っ込んだ。


 あっという間に終わった逃走劇に絶望した様な顔を浮かべる運転手は、青ざめた顔で彩香さんを見上げていた。


「お前はビッツファミリーの幹部と名乗っていたな。だったら知っているだろ、他の幹部共の居場所と拠点を。全部洗いざらい吐いてもらうからな」彩香さんは僕を雑に地面へ下ろして、運転座席に座っている男を引きずり出して、脅すような鋭い目で睨みながら問いただす。


「ひぃぃ。し、知っている事は全部話す。だから命だけは、命だけは助けてくれ」運転手の男は、睨んでくる彩香さんの目から視線を逸らして僕を見ると突然怯えた様子で、そう口にしだした。


「?」まるで僕に怯えている様に振舞るその男の姿に疑問を抱いて居ると、彩香さんは何やら怪しげな機械を取り出して男の腕に取り付ける。そして、その機械のボタンを彩香さんが躊躇いも無く押すと、突然男は苦しみだして血を吐いた。


「え、一体何を」突然血を吐いた事に驚いていると、彩香さんは男が吐き出した血の中をに視線を移していた事に気付き、僕もつられて、吐き出された血の池へ視線を移す。血の池の上には、小さな金属の塊らしきモノが漂っている。


「また、死なれたら面倒だからな」彩香さんはそう口にすると、携帯電話を取り出してどこかへ連絡を取り出す。突然血を吐いた男がぐったりと気絶している横で、何気なく吐き出された小さな金属の塊の様なモノを拾い上げ、何だろうかと確認していると、連絡を取り終えたらしい彩香さんが説明をしてくれた。


 どうやらこの小さな金属の塊は遠隔操作で、中に入っている即効性の薬物を散布する機械だそうだ。ビッツファミリーの構成員は幹部ですらこれを体内に入れられて、裏切り者の制裁に使うのだとか。


 以前捕らえた際に捕らえた全員が死んでしまった為、原因を調べて対処方法を容易していたとのこと。


「向こうで捕らえたオークションの客は全部収容出来たらしいから、直ぐにこっちにも来るらしいぞ」来ると言っているのは、事後処理の部隊だ。その事後処理部隊が到着するまでの間、僕と彩香さんは此処で待つ必要があるらしい。


 つまり、その間暇に成ってしまった訳だ。特に話す事も思い付かず口を開かないで居ると、暫しの沈黙を破るかの様に彩香さんが話しかけて来た。


「そう言えば助手よ。お前、人を殺さないず捕らえる為に訓練を受けていたんじゃ無かったのか。倉庫に向かった際にも感じたが、殺意を持って引き金を引いているように見えたが」彩香さんは責めるでも無く、感じた疑問を投げかけるかの様にそう言って来る。


「……えぇ。そうですよ。僕は、あいつらを殺しました。あの日みたいに自分の身や誰かを守る為じゃなくて、意図的に自分の意思で殺しますたよ」悪びれるつもりも無い。怒られるのは始めから覚悟のうえだ。最悪助手を首に成ったとしても、自分のした事に後悔をするつもりは無かった。


「そうか」だが、彩香さんは僕を責めなかった。ただ一言そう言って、何事も無かったかのように星を見上げる。


「そうかって、怒らないんですか」


「なんだ、怒られたかったのか」


「そう言う訳じゃ無いですけど」


「別に、私が怒る理由なんてないだろ」


「情報を聞き出す為に一人ぐらいは捕まえとけとか、そう言う事を言わないんですか。この男を捕まえられなかったら、聞き出す相手も残らなかったかもしれないのに」


「助手よ。お前なにか勘違いしてないか。私がお前に命じたのは、陽動だけだ。初めから、お前が構成員の誰かを拘束する事なんて当てにしてないんだよ。それに、お前が人を殺す事を決めたからと言って私が止める理由なんてないだろ。前にも言ったが私だって汚れ仕事は幾つもして来ている。今更人の命がどうのと言い出すつもりもない」


「…………」てっきり怒られるものと思い込んでいたものだから、別の返答が返って来た事に驚いて声も上げられない。


「それに、これも前に言ったとおもうが、生きてさえいるなら別に方法を問うつもりなんて私には無い。ようは、お前の理想が殺さずに捕らえる様に成りたいから、殺してでも生き残るに変わっただけだろ。お前は自分の求める理想を目指せば良い。その上で生きて、私の助手で居続けろ」彩香さんがそう言い終わったところに丁度、事後処理部隊がやって来た。


「彩香さん、僕の理想は殺してでも生き残るじゃないですよ」彼女に言いそびれた言葉を呑み込んで、後から来た彼ら事後処理部隊に手を貸す。


 彩香さんは良くも悪くも、僕を肯定してくれる人だ。きっと僕には彼女の存在が必要なんだと思う。彼女が居ないと僕は進んでいる道すら見失ってしまう様な気さえして来る。彩香さんは僕にとって、道を照らしてくれる光の様な存在なのだろう。


 でも、僕はこの人にとっての何に成れるのだろう。考えたけど分からなかった。当然だ今の僕には彼女の隣に並ぶだけの実力が無いのだから。


「やあ、君のお陰で保護対象達を助ける事が出来たよ」考え事をしている僕に、白衣を着た一人の人物が話しかけて来た。


「僕は別に大したことは、してませんよ」


「何を言う。君が見つけた星の欠片のお陰でオークション会場を見付けられたんじゃないか。私からしたら十分な手柄だと思うよ。流石は彩香の助手に成っただけあるね」


 僕が何の事を言われて居るのか分からないで居ると、彩香さんが「黒い石の事だ」と教えてくれた。


「あれは、偶々拾っただけですし」


「目に見えたからと言って、石なんかをわざわざ拾う事なんて早々ない事だと思うよ。うん、そうだよ。君はきっと特別な物を引き寄せる才能を持っているんだと私は推察するね」白衣の人物は僕の顔をまじまじと覗き込んで来てそんな事を言って来る。


「そうだ、君。私の研究を手伝ってくれないか。お礼もするからさ」


「李加奈。私の助手をモルモットにするつもりなら、やめてくれないか」


「えぇぇ、折角良い非検体が手に入ると思ったのに」白衣の人物はそう言って、むくれた様な表情を浮かべる。


「ちなみに、お礼って何をくれるんですか」何気なく聞いた一言。それを耳にした白衣の人物は目を輝かせて、こちらに向き直る。


「え! 協力してくれるの。やった、ありがとう。あ、そうそうお礼が何かだったね」突然早口で喋りだした白衣の人物は、そこまで言い終わると耳を貸す様にと手招きをする。


「君を彩香みたいに強くしてあげるとか、どうかしら?」耳元でそうささやくと、白衣の人物は「興味が有ったら研究室に来て」と言い残して、去って言った。


「助手。礼に何をすると言われたか知らないが、あんな研究の事しか脳が無いやつの話なんて聞く耳を持つなよ」と彩香さんは言って来たが、僕には、新たな理想を叶える為にも力が必要だ。後で行ってみようかなんて考えながら、残りの作業を終わらせる。


 後日、僕はとある墓の前で手を合わせていた。シーナの墓だ。


 異世界人が死んでも公けに葬式を開く訳には行かないから、簡易的なものしかする事は出来ないが、異界案件対策組織の隊員と言う訳でも無いので、墓だけは人間と同じ様に建てる事が許されている。と言ってもあくまで組織が管理している土地でだけの話だが。


 なんと、異世界人の中には死んでから数日後に、創作に出て来るゾンビみたいに成って蘇る事もあるそうだ。だから、そんな事態に成っても対処出来る様に管理している土地にしか墓を建てれない為、わざわざ遠くまで足を運んで来る必要がある。


 シーナの墓が出来てから既に数日が経過しているが、地面から手が出て来たなんて報告を聞いて無いので、人を襲いだした彼女を始末するなんて事態に成らないで内心ホットしている。


「今日此処に来たのは、シーナに聞いて欲しい事があるからなんだ」僕は彼女の墓に向かって話し掛ける。


「先ずは最初に謝らせてくれ。守れなくてごめん。安全な場所まで連れて行くって言ったのに、それも出来なくて。折角君が騎士に選んでくれたと言うのに、本当に僕はダメな騎士だったよね」


 エルフにとって、騎士と言うのがどういったものなのかは知らない。唯、他種族を騎士に選ぶのは信頼して居なければ絶対にしないのだと後で知った。シーナは僕の事を信頼してくれたのに、僕はそんな彼女を助けられた筈なのに見殺しにしてしまった。


「でも、いいや。だからこそ。今さら遅いかもしれないけど、僕は君の、君達に取っての騎士になろうと思う。今度はもう二度と、見殺しになんてしない。力不足を言い訳になんてしない。君達の様な犠牲を産まない為になら、なんだってして見せるよ」 


 僕は、シーナの墓だけじゃなくて、この場にある全ての無念の死を遂げた異世界人達の墓に向かって誓いを立てる。

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