第二話 星の欠片と幼きエルフ3

 その場で眠ってしまった少女を彩香さんのベッドまで連れて行って横にさせ、疲れていたのかぐっすりと眠るシーナを起して仕舞わないように、そっと寝室を後にする。


「これからどうしよう」シーナには「君を守る」と言ったけど、結局僕自身が彼女にしてやれることなんて大してないのだ。


 そんなことは分かっては居るのだけど、それでも何か他に出来る事は無いのかと気持ちが逸ってしまう。


 だから僕が彼女に、してあげられる事は他に無いかと改めて資料を一から見直す。彼女の不安を少しでも和らげられる方法が在るのなら、僕に出来る事はしてあげたい。


「やっぱり、異世界に帰す方法なんて書いてる訳ないよな。そんな事が出来るなら、最初から保護するんじゃなくて、送還しているもんな」


 書いてある事といえば、異世界人は出来る限り刺激を与えない様に注意して接する事とか、過去に危険な能力を持つ異世界人の肉体を調べた学者がある日突然行方不明に成っただとか、保護していた異世界人が突然霧に包まれて、警護していた人物と共に消息を断ったなんて事が書いてあるだけだ。


 シーナを異世界に帰せるなら、きっとそれがベストの選択だとは思うけど、その方法が分からない以上、やっぱり彩香さんや久家さんに頼んで保護出来る環境が整った場所にシーナを連れて行く事ぐらいしか、出来る事は思い付かない。


 改めて携帯電話を取り出す。もう一度彩香さんに連絡を掛けてみて、繋がらないようなら、明日まで待つことにしよう。明日になれば彩香さんも帰って来るだろうし、人通りが増えれば、シーナを捕まえようとする連中も簡単には手出しをして来ないだろうから、久家さんや組織の皆がいる場所までシーナを連れていける筈。


 でも、その前に彩香さんに連絡を入れられたら、彩香さんの口利きで事前に解決屋の事務所から保護出来る環境が整った場所までの護衛を用意してくれるだろうから、出来る事なら早く連絡して置きたいのだけど。


「やっぱり出ない。メッセージも既読が付かないし」だいたい、彩香さんが久家さんの連絡先を教えてくれて居たら、わざわざ彩香さんを通す必要も無いのに。彩香さんは、久家さんに直接聞けとか言うけど、久家さんは何時も神出鬼没だし。連絡先を聞く前にどこかに行ってしまうんだもんな。


 もしかして、久家さんに連絡先を聞けと言うのは、神出鬼没の久家さんを視界で捉えられるように成って、かつ話も出来る程の実力を付けろと遠回しに言っているのかと思った時期もあったけど、彩香さんの反応を見るに単純に面倒がっているだけだからなぁ。 


 彩香さんの実力や観察力とか知識は素直に尊敬出来るけど、それ以外の面倒くさがったり、時折暴力的な所は早い所直して欲しいものだ。


「仕方ない。繋がらない以上、明日まで待つしか無いか」携帯電話を仕舞い、ソファに座る。すると、思い出したかのようにお腹がグーーと鳴り出す。


「そう言えば、結局晩御飯食べて無かったんだった」シーナに弁当を渡した事は後悔してないけど、おかずの一つぐらい食べておけば良かったかな。今更そんな事を考えても仕方ないか。


 空腹を紛らわせる為に水道の水をたらふく飲んで、腹を満たす。取り敢えずこれで明日までは持つと思う。でもどうだろう。解決屋に来る前はこうして空腹を紛らわせる事も多かったから問題無かったけど。


 此処に来てからは、ほぼ毎日の様に食事を取っているし、トレーニングや訓練もしている分、朝まで持つのか不安になってきた。明日はきっと、今日の朝よりも慌ただしく成るだろうから食べられるなら食べておきたいんだよな。


「そう言えば、晴香さんが店の奥に食事代を置いておくって言っていたっけ」事務所からだと少し歩くけど、コンビニにでも行って来ようかなと考え、事務所の扉まで近付いた所で、電話が掛かって来る。相手は彩香さんだ。


 なんてタイミングが悪いんだ。掛けて来るなら来るで、食事を買いに行った後にして欲しかった。まぁ、文句を言ってても仕方ない。また何時電話が繋がるか分からない以上、この電話を取って伝えたい事をさっさと伝えてから食事を買いに行けば良いや。そんな事を頭に思い浮かべながら、彩香さんからの着信を取る。


「助手。今すぐそこから離れろ」電話越しに聞こえて来たのは、切迫した様子で危険を伝えるかの様に怒鳴る彩香さんの声だった。


「え、一体なにを」僕がそう口にした直後、丁度扉の近くだったからか、外からの物音が耳に入って来る。


「見ろ、奴の血だ。ここにあのガキを連れて逃げて来たに違いねぇ」ぞろぞろと複数人の足音と共に、つい最近聞いた事のある男の声が外から聞こえて来た。


「ちっ、鍵が掛かってやがる。誰か鍵開けは出来る奴はいるか」「いいや、そんな面倒な事する必要ないぞ。ここに良いものがある」「お、おいそれは不味いだろ」


 ガチャガチャとドアノブを回す音が聞こえて来たかと思うと、男達の声と共に何か嫌な予感が迫る感覚を覚える。


 いつの間にか彩香さんとの通話は切っていた。通話なんかしている場合じゃ無い。急いで周囲を見渡す。今から迎え撃つにしても用意に時間が掛かりすぎる。だったらする事は一つだけだ。


 すぐさま後ろに向き直り急いで鞄を掴み寝室へ、寝ているシーナを抱きかかえて、後先考えずに窓から飛び降りた。直後、ドカンという爆発音と共に爆風が背後を襲う。


「あいつら、マジでやりやがった」嫌な予感程当たると言うが、まさかこんな場所で爆弾を使うなんて。


 ビッツファミリーに所属する人間は頭のネジがぶっ飛んでいるって、ジョンソンや隊員達から聞いては居たけど、まさかここまでぶっ飛んで居たなんて、オークションの商品確保に来たんじゃ無いのかよ。


 頭の中では思い付く限りの暴言を吐きながらも口はしっかりと結び、衝撃に備える。解決屋の事務所は二階にある。そこの窓から飛び降りたのだ。そう簡単に死にはしないだろうが背後に爆風の勢いが付いた事も在って、頭を打てば危険なのは間違いない。だから必死に抱えているシーナの頭を守る様に強く抱いて、身体を捻りながら背中で地面からの衝撃を一身に受ける。


「うぐっ」痛みの余り、閉じていた口が開いて声が漏れる。だが、痛みに耐えて止まって居る時間など、僕には無い。


「おい、奴が居ないぞ」「ガキもいねぇ」「バレたのか」「いや下だ」追って来た男達の声が上から聞こえて来る。


「ヴァーー」自分の声だと思えない様な声を出しながら、起き上がり。シーナが無事なのを確認して、ひたすらその場から離れる事だけを考えて足を動かす。この時程、二ヵ月間鍛えて来て本当に良かったと実感したものだ。訓練を受けて居なければ、さっき二階から落ちた際に立ち上がる事すら出来ずに奴らに捕まっていた事だろう。


 だが、まだ油断は出来ない。背中で受けた衝撃が響いているのか、思いのほか足が動いてくれないのだ。所々でたどたどしくなってしまう。こちらは、気を抜けば今にも倒れてしまいそうな程だと言うのに、向こうは全力で後を追って来るのだ。


「止まるな。止まるな。止まるな」自身に脅迫めいた言葉を唱えながら、必死に足を動かす。息も絶え絶えになり、背中がとにかく痛い。手や足の力でさえ気を緩めば抜けて仕舞いそうだ。


 それでも、この子を守ると誓ったから。この子を失いたく無いから。この子の泣き顔をもう見たく無いから。とにかく必死に走った。後の事なんて考えて無い。この子さえ無事で居られるなら、なんだってするつもりだ。悪魔にすら魂を売ってもいい。だから、誰でも良い。誰でも良いから誰か助けてくれ。


 届きもしない祈りだと知りながらも必死に、天に祈り。涙さえ流しながらとにかく走った。後ろからは、男達の怒声と共に何度も発砲音が聞こえて来る。男達はどうやら、商品確保よりも僕の存在を消したい事に頭が一杯らしく、町中だというのに構わず発砲を繰り返す。


 周囲に目を向ければ、ちらほらと明かりが点く家が見える。このまま逃げ続ければ警察が通報を受けて駆けつけてくれるかもしれない。そんな淡い期待を胸に抱いた瞬間、期待を裏切る為だけに運命が働いたとでも言うかの如く、一発の銃弾が肩に当たった。


「ぐっ」左手の力が抜け掛けて、前に倒れ込みそうになるのを必死に耐えて再び走る。


 痛みでどうにかなりそうだった。今すぐ痛みから解放されたくて、大事に抱えるソレを手放す事を頭の片隅でチラつく。このまま立ち止まれば楽に成れるんじゃ無いかという考えが足を更にもたつかせた。心まで挫けそうだ。


 ふら付きながら俯く頭。視線の先には目が覚めてしまったのか、不安そうな表情を浮かべるシーナの顔が見える。


「大丈夫。絶対守って見せるから」ただ一言そう言って、シーナに笑顔を向ける。言葉を聞いた少女が少し安心したように強張った表情を崩しただけで、先程の不安は全て無くなっていた。


 そうだ。僕が守らないと。誓いを果たさなければ。そう考えただけで、身体の奥底から力が湧いてくる様な錯覚を感じられた。彼女が安心して笑顔で居られる場所まで送り届ける。僕の目的が、その事だけに置き換わるのにそう時間が掛からず。そして、それだけでも達成出来ればそれで満足するで在ろう自分の姿が容易に頭に浮かぶ。


 いつの間にか僕の口元は緩んでいた。止まれば確実に殺される。止まらなくても何れ追い付かれる。状況は絶望的だ。助けは間に合わない。直観が何度もそう告げている。だと言うのに僕は何度もこのか弱き存在を守る事ばかりを考えていた。笑いたくも成るというもの。


 なんたって、この少女とはついさっき知り合ったばかりだと言うのに。僕は命懸けで助けようとしているのだ。ついこの前の自分では想いもしなかった。まさか僕がここまで他人の為に頑張れる人間だったなんて。


 今までは、なんだかんだと言っても自分が変わる為に命を張って居たと言うのに、そんな自分が今、他人の為に命を張っている。その事実が嬉しかった。誰かのヒーローに成れて居る事、理由も無く只、誰かを守りたいという心が自分の中にも残っていた事が嬉しかった。


「お前の存在は誰の助けにも成らない。誰の為にも成らない。要らない存在だ」かつて誰かが言っていた言葉が、下らない嘘だったと証明出来た気がした。だから、そう。だからこそ、この子の為に本当に、文字通り命を懸けたいと思えた。


 自分の為じゃない。誰かに言われたからでもない。僕自身がそうしたいと心のそこから思えたからこその行動だ。変われる切っ掛けをくれた彼女を、変わりたいと思わせてくれたこの子を誓いの通り守り抜く。それこそが僕が生きて来た理由なんだと本気で思えた。


「顔を出さずに此処で待っていて、必ず助けが来る筈だから」暫く使われておらず、唯々広い空間が広がり、幾つかのコンテナしか残って居ない港近くの倉庫。あれからどれだけ走っただろうか、気付けばこんな所まで来ていた。そこに在る物陰に隠れて、抱えていたシーナを下ろして、彼女にそう告げる。


 携帯電話と鞄を彼女の近くに置いて、鞄から銃器を取り出す。携帯電話にはGPS機能が搭載されている。ようは彩香さんには、携帯電話の位置情報が伝わっていると言う訳だ。


 どうして「そこから離れろ」なんて危険を知らせて来れたのか知らないけど、今頃は彩香さんもこちらに向かって来ている筈だ。例え彩香さんが間に合わなくても、あれだけの発砲が町中で有ったのだから警察がもうじき来る筈。後はどちらかが到着するまでの間、時間を稼げれば良いだけだ。まぁ、それが一番大変ではあるんだけど。


 正直身体ももう限界でこれ以上走って逃げるのは、無理そうだし。いよいよ最後に身体を張って時間を稼ぐことぐらいしか方法も思い付かなく成っていた。だからこそ、最後に彼女にもう一度この言葉を告げる。


「僕が必ず君を守って見せるから」とびっきりの笑顔を浮かべてそう言ってやった。


「カイザー、ダメ。行っちゃダメ。やめて。私の騎士、行かないで」少しずつ喋れる様に成っているのか、事務所で聞いた時よりもしっかりとして来た彼女の声に後ろ髪を引かれつつも、振り払って隠れていた物陰から飛び出す。


 閃光手榴弾を投げてから、追ってきた男達に向かって発砲しながら突っ込む。突然の光に混乱している相手の腕や足を撃って、動きを封じて行く。訓練のお陰で、この手の一時的な混乱を招いて、相手を制圧するのは慣れて居る。だが、相手の数が予想以上に多かった。


 最初に追ってきていた人数は精々六人程度だった筈だ。だが今はどうだ、その倍はこの場に居る。全員を一気に制圧するのは難しいことは最初から分かっていたが、ここまで多いと時間稼ぎどころか、唯々殺されに出て来たも同然じゃ無いだろうか。


 いや、それだけならまだ良い方だった。選りによって、銃を持つ相手が予想以上にパニックに陥っていた。閃光手榴弾を投げた事で、一時的に目が眩んだ事が余程恐怖を煽ってしまったのか、仲間に当たる事も構わず出鱈目に発砲を繰り返していたのだ。


 銃を乱射する男は辺り構わず発砲して、その弾を壁や床にばら撒く。銃弾は自身の仲間に当たったり、僕の方にも飛んで来る。幸い致命傷に至る程の怪我はしていないが手足の二か所を掠める。


 銃を乱射する男の腕だけを狙って、発砲を止めるのは困難だ。そもそも僕には止まっている目標を撃つ程度の腕前しかまだ身につけられて居ない。動き回る目標を、それも頭や心臓を当てない様にして、殺さずに銃を持つ手だけを狙うなんて、とてもじゃ無いが出来ない。撃てば殺してしまうかもしれない。


 それでもシーナを守る為には、やらないと。時間を掛けて銃弾が尽きるのを待つのも一つの手かもしれない。だけど、それじゃあ折角動きを封じた者達に銃弾が当たり、死者を増やしてしまう事だろう。それだけじゃ無く、背後にある物陰まで飛んだ銃弾が跳弾して、シーナに当たってしまうかもしれない。


 だから、迷っている場合じゃ無い。無い筈なのに。脳裏に過去に僕が、撃ち殺してしまった者達の姿が映って、手元がブレてしまい狙いが逸れる。逸らそうとしてしまう。


「はぁ、はぁ、はぁ」息が荒く成る。視界もぼやけて、変な汗まで出て来た。あの日、銃を初めて手にして、そして人を撃ち殺してしまったあの日から僕は、人を撃つのが怖く成ってしまった。


 訓練のお陰で止まっていたり、殆ど動かない様な相手の動きを止める為に引き金を引く事が出来る様には成ったが、それでも相手を殺してしまうかもしれないと分かったうえで、引き金を引くのはやはり殺してしまうのでは無いかという恐怖が邪魔をして、手が震える。


 僕が引き金を引く手を震わして居る間も、男は乱射を続け何発かの銃弾が頬を掠めたり、真横を通り抜けたりとまき散らし続けている。早く動きを封じないと、そうは頭で理解出来て居ても、やはり引き金が引けない。


 そうこうして、僕が迷い続けている間に乱射していた発砲音がしなくなった。銃弾が尽きたのだ。最後の一発を打ち終わった男は足元に転がる、自身が撃ち殺した仲間の死体に躓いて転び、床に頭を打ち付けて気を失った。


 何とも呆気無い結末。結局僕は男が銃弾を撃ち尽くすまで何も出来なかった。それどころか、男の放つ銃弾で撃ち殺される他の男達の事を見殺しにしたのだ。僕が逃げられない様に動きを封じた男達がだ。そんなの僕が殺したも同然で、僕がもっと早くに銃を乱射する男に発砲して居れば死なずに済んだものも沢山いた事だろう。


 そんな事を考えると、自分が成長しているなんて勘違いしていた過去の自分に苛立ちを感じて来る。


「なにが殺さない為に強く成るだ。そんな下らない事を言って居るから、お前のせいで死人が増えたんだ。お前のせいでこうなったんだ。お前が見殺しにしたんだ。だから早く現実を見ろ」いつの間にか勝手に口が動いて、そんな独り言を口にしていた。


 そう、僕は今現実から目を逸らしている。追っての男達を沢山見殺しにした事じゃ無い。銃を乱射した男、そいつが放った最後の一発。その一発の銃弾が向かった方向をワザと見ない様にしている事だ。


「目を逸らすな。お前の選択だ。お前のせいだカイザー。お前がもっと早くに、あいつを撃ち殺して居ればこんな事には成らなかった。お前のせいだ。お前の責任だ。お前が悪い。お前がお前がお前が……」自身に言い聞かせる様に、言い訳をしない為に何度も自分を責める。


 目の前には、血を流して倒れているシーナの姿があった。瞳には光が無くなっている。即死だった様だ。床には跳弾の後が見られる。そんな事はどうでもいい。最後の一発以外の銃弾は奇跡的に彼女の元から逸れている様だった。そんな事もどうでもいい。


 重要なのは、誓いを守れなかった事だ。何が守って見せるだ。何が安全な所へ連れて行くだ。出来て無いじゃないか。人を殺したく無いなんて下らない事を考えていたから。出来ない事を力不足のせいにしていたからこうなった。


 僕のせいで彼女は死んだ。僕が見殺しにした。僕の僕の僕の……。カランと僕の中の何かが崩れた音が聞こえる。


 まだ弾丸の残っている銃を片手に倒れる男達の元へ向かった。意識は妙に鮮明で、何をしようとしているかを自分でもちゃんと理解している。馬鹿な事とは思わなかった。必要な儀式だ。


 倒れて苦痛に苦しむ男達の身体に足を乗せる。そして一発。まだ生きている男の身体に足を乗せて動きを止める。そして一発。逃げようとする者を、反撃しようとする者を、息をしていない者でさえ。


 自らの意思で、今度こそ言い訳もせずに、殺した殺した殺した。最初からこうすれば良かった。こうしておく事が正解だった。


 倉庫の外で車が止まる音が聞こえる。何人かの人間が慌てた様子で中に入って来る。


「助手。お前」最初に入って来たのは彩香さんだ。そして、後に続く様に黒いスーツの人達が入って来る。多分久家さんの部下の人達だと思う。


 その黒スーツの人達は倉庫に入って来次第、僕の下敷きに成っている男達を無視して、頻りに何かを探しているかのように倉庫内を見回している。


「おい君、保護対象はどこに居る」黒スーツの一人が話しかけて来た。


「落ち着け吉川。助手にはまだ説明してないと言ったよな。その聞き方だと何の事を言っているのかわからんだろ」僕が話しかけて来た黒スーツを訝し気に見ていると、間に入る様に彩香さんが話しかけて来る。


「助手よ。お前、異世界人と一緒に居ただろ。保護対象ってのはそいつの事だ。そいつは、今どこに居る」彩香さんは僕が踏みつけている、それの事には触れずに尋ねて来た。


 恐らくシーナの事を言って居るんだろうと言う事を何となく察して、シーナが倒れている場所に視線を移す。僕の視線の先に気付いた黒スーツ達は慌てた様子で、シーナの元へ走り寄る。


 その後の処理は淡々と行われた。警察への口利きや死体の処理、周辺住民への対応等々。黒スーツ達は手慣れた様子で片づけて行く。異界案件対策組織であるクローには、事後処理を専門とする人員が居ると聞く。恐らく、この黒スーツ達はそれなのだろう。


 軽く今に至るまでの経緯を聴取された後、僕は彩香さんと共に車に乗せられる。車での移動中、彩香さんは僕に何も聞かず「お前は、良くやったよ」とだけ声を掛けて来た。


 黒スーツの人達も僕に何故守れなかったのか、とか責めて来ることもしない。むしろ、遅れてすまなかったとさえ言われた。彼らなりの優しさだったんだと思う。子供の割りに頑張ったとかそういった類の優しさだ。


 自分の惨めさを痛感したよ。いっそ罰を下された方がよっぽど気が楽に成っただろうさ。そうやって自身の未熟さや、惨めさに痛感して居る僕を連れて車はとある施設に到着する。


 そこは、まるで研究所の様な場所で、見た事も無い機械や装置が大量に設置されている施設だった。普段の僕なら機材や研究している物に興奮を隠せなかった事だろうけど、今は喜ぶ気にも成れない。


 事務所が爆破されたものだから安全の為に連れて来られたらしいく、案の定お荷物が如く休憩所の様な場所に案内された。そこで今回の件が一段落するまで過ごせとの事だ。

彩香さんも施設に着いて早々どこかに行ってしまった為、話す相手すらおらず、疲れからその場で横になる。

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