第一話 竜の鱗は貫けない4

「全員準備は良いな。それではこれより対象組織の制圧を開始する。総員突入!」


 臨時の作戦指令室から入った久家さんの無線通信で送られた合図が終わるとほぼ同時に、彩香さんが僕の襟首を掴み廃墟の窓を突き破って中へ突入する。それと時を同じくして他の隊員達も一斉に中へ入って行った為、廃墟内で僅かに残っていた窓ガラスが一斉に割れる音が周囲に響き渡る。


「ほら助手。起きろ、今の内に目標を取りに行くぞ」服の襟首を摑まれた事で、若干意識が飛びかけて居たのを無理やり戻され、彩香さんと共に事前に指示を受けていた地点まで移動する。物陰に隠れながら移動して、こっそりと取引現場の様子を覗く。


「竜の鱗は、あれだ。あのローブを着ている奴が持って居る」


 物陰から見た様子だと、昨日見た男達は銃を構える事なく両手を挙げていたのだが、その男達の取引相手らしき人物達は、男達と突入部隊に向かって銃口を向けていた。そして竜の鱗は今、男達の取引相手であろう人物が手にして、膠着状態にでもなったように誰も動き出さない。 


 作戦開始前に聞いた彩香さんの話が本当なので在れば、突入部隊は迂闊に銃を撃てない状態に有るのだろう。そして、それは相手側も同じ筈。何故ならこちらにも欠片とはいえ、彩香さんが以前回収したと言う竜の鱗を部隊の隊員が持って居るからだ。


 恐らく、あのローブを着ている人物は知っているのだろう。竜の鱗が破片で在ろうと、どう言った機能を有して居るのか。


 彩香さんが僕にも分かり易く言ってくれた話に依ると、竜の鱗と言うのは、全ての攻撃を防ぐ効果を持っているそうだ。銃だろうが、爆弾だろうと、更には砲弾や爆撃なんかでさえも。今この世界の技術力で作れる全ての兵器を用いても破壊は出来ないのだとか。


 そして何より厄介なのが、魔力という物を流した状態で鱗に対して攻撃を当ててしまうと、周囲全ての攻撃を反射させる障壁を形成させるのだとか。


 正直、魔力とか障壁とか言われても僕には想像出来ない世界なのだけど、その障壁が展開されると、人数差で勝っているこちらが一気に不利に成るらしい。なんたって、障壁は外から中に入る物全てを弾くのに対して、内から外へ出る物は全て通すからだ。そうなればハチの巣にされるのはこちらになる為、迂闊に攻撃を仕掛ける事は出来ない。


 さらに言えば、こちら側の竜の鱗には欠陥がある。なんと、欠けてしまって居るからなのか魔力を流せないそうだ。更に言えば、こちら側に魔力を扱える人物が存在しない事も問題だ。


 こちらが竜の鱗を見せびらかせている事がブラフだと相手に気付かれれば、相手は容赦無く発砲して来る事だろう。


 そうなるのを阻止する為に、僕と彩香さんが竜の鱗を回収する必要が有るのだが、事前の想定以上に、対象組織の人数が居る事、そして相手には捕らわれている銀次くん達が居る事で足踏みを余儀なくされている。


 今捕らわれている銀次くん達が此処に来る事は事前に解っていた事だ。だけど取引前に銀次くん達の侵入を止めなかった事には訳がある。銀次くん達が合う予定の人物が今ローブを着ている人物だった為、竜の鱗を取引する前に警戒させる訳にはいけなかったからだ。


 彩香さんお抱えの協力者が集めた情報曰く、ローブの人物は警戒心が強く、何か予定外の事が起これば、異世界に逃げ込むそうだ。異世界へ行く方法がこちらに無い以上、こちらの世界に留まっている内に捕まえてしまいたい。


 なんたって、今回の目的が対象物の奪取と対象組織の確保なのだから、取引が成立した直後の気が緩むタイミングに制圧する予定だったのだ。


 当然彼らを助ける算段も用意はしていた。だけどそれは僕が昨日出会った銀次くんと取り巻き達の人数つまり、三人を元に用意した作戦だ。当然人数が増える可能性は予想して居たので、その倍の六人までなら助ける用意をしていた。逆にそれ以上を救出する用意は準備出来ない。


 だというのに銀次くん達は全員で十人来て、その全員が捕まった。救出を優先して、ローブの人物達や竜の鱗を確保しないと言う選択は出来ない。あくまで優先するのは、対象物の奪取と対象組織の確保だ。だからこそ、久家さんと彩香さんは僕に選択を迫っている。


「さぁ、どうする。ここまで来た以上、引き返すなんて選択しは無しだ。残念だけど彼ら全員を助ける事は出来ない。黒騎くん、君が誰を助けるのかを決めたなら、その人物を助ける事を優先させる様に連絡を送ろう。だが、何も選択出来ない用でいるなら、そもそも救出はしないぞ。我々の目的はあくまで人助けでは無いのだから」


 無線越しに久家さんの声が聞こえて来た。僕の一言で命の選択が決まる。決まってしまう。何が最善かなんて解らないし、誰も助けられないのは嫌だ。でも誰かを見捨てるのも嫌なのだ。


 自分の考えの甘さに反吐が出る。そもそも僕が助けたいと言い出さなければこんな事には成らなかった。彩香さんは一人で鱗を奪取して、制圧も簡単に終わる。彼らが死ぬことの可能性を覗けば、全ての目的を達成できた筈だ。


 脳裏に彩香さんの助手になる際に言われた言葉を思い出す。


「一応言っておくが、解決屋は人助けの為にある訳じゃない。あくまで異界案件を処理する為にある。基本的に人助けをするのは余裕がある時や、必要がある時だけだ」そう言われた。


 そうだ、そうなのだ。人助けを選ぶのは余裕がある時だけの話。この状況を招いた原因は余裕が無いにも関わらず、人を助けようとしたからだ。僕の我儘のせいでこうなった。


 だから「銀次くん達の事は諦め」諦めようと思った。それが今決められる最善だと。だから諦める、そう言おうとした。だけど、その口を彩香さんが止める。


「助手よ。今朝お前が言った言葉をもう忘れたのか? 変わりたいのだろ、だったら今がその時じゃないか」彩香さんは、そう言て僕が手にしている銃を指差して来た。


「これって、彩香さんがくれた」


「やったんじゃない。貸してやるだけだ。それよりも、あいつらの事だ」彩香さんは銀次くん達が捕らえられている場所へ、一度視線を向けて言葉を続ける。


「お前は、自分が変わる為にあいつらを助ける必要がある。そう思ったから、此処に居るんだろ。だったら自分の手で助けて見せろ」


「でも、僕は銃なんて使った事も無いし」「引き金を引くだけだ、簡単な事だろ」


「もし竜の鱗に当たったら不味いんじゃ」「そっちは私が何とかする」


「でも、でも」「あーもううるさい。細かい事を気にするな。失敗したら出来る限りのフォローはする。だから早く行け」彩香さんは、そう言うと僕の背中をバシンと叩いて隠れていた物陰から出て行かせた。


「本当に良いのか。最悪、折角出来たばかりの助手を失うかもしれんのだぞ」


「大丈夫さ、あいつなら多分な」


「まったく君の強引な所は昔から変わらないな。わかった捕らわれている方は全て黒騎くんと君に任せよう。聞いていたかな黒騎くん。我々は手助けしないし、そんな余裕も無いだろう。だから君や彼らの命の保障もしないからな」


 無線越しに久家さんは、僕にそんな事を言って来る。激励の一つぐらいは言ってくれたら良いのにと文句の一言を言いたい所だが、当然そんな時間は無い。


 もう既に僕が飛び出したのを廃墟内に居る全員が目撃したからだ。後先なんて考えて居られなかった。ひたすらに前へ足を伸ばして銀次くんらが、捕らわれている場所まで走り抜ける。


「馬鹿、今はよせ」ローブの人物が止める声を無視して、僕の存在に驚いた黒服の一人が発砲して来たが、慌てていたからか狙いがそれて腕を掠める程度ですんだ。とは言え、掠めた部分はひりひりと痛みが在る。


 そして撃たれた事により、今度は頭や心臓を撃ち抜かれるんじゃないかと言う不安が一気に脳内を浸食する。恐怖から走る速度が緩みかけたその時、声が聞こえた。


「止まるな。走れ」どこかから彩香さんの声が聞こえる。恐怖に挫けそうになった心は、何故かその声で奮い立った。足を緩めず走り続けて、驚いて判断が鈍っている黒服達の横を潜り抜ける。


 銀次くん達の元へ辿り着いた瞬間「今だ」彩香さんの声が再び廃墟内に響く。


 瞬間、すぐ隣で発砲音が聞こえ始めた。先に発砲したのはこちらの隊員達だ。そして遅れて黒服達も発砲を始める。辺りで銃弾が飛び交う中、僕は捕まっていた連中の縛られていた足だけ拘束を外して、物陰に移動する様に誘導する。


「死にたくなかったら、あっちに走れ」だが、混乱しているのか誰も動こうとしない。


「お、お前。カイザーなのか?」「なんでカイザーがこんな所に」「いったいどうなってるのよ」見知った顔を見たからなのか、各々が口々に喋り始める。そんな中で一人が僕に向かって声を荒げた。


「カイザー。後ろだ」声に従い慌てて後ろを振り返る。正面に見えたのは銃口を構える黒服の一人だった。撃たれる。そう思った瞬間に、反射的に僕は引き金を引いていた。


 目の前に広がったのは赤い血飛沫、崩れ去るその死体を見て、命の選択を自身の手で行った事をようやく理解する。


 後ろでは悲鳴が上がり、怯えた様に物陰に隠れようと走り出す足音が聞こえた。だが、それに安堵している暇は無い。次々とこちらの存在に目を向けた黒服達が銃口を向けて来た。


 死にたくない。死にたくない。死にたくない。必死だった。当たるかどうかなんて気にせずに何度も撃った。結果的に、こちらへ仕掛けて来た連中全て偶然にも撃ち殺していた。


 別に殺す気までは無かった。肩や足を撃てば動きを封じる事だって出来ただろうに、それを出来るだけの技術がなければ、どこを撃てば殺さずに済むか等の知識も当然無い素人。本来当てる事すら難しい筈なのに、至近距離だった事も在り何度も命中させてしまったのだ。


 人を殺した事の事実を受け止めきれないで、はぁはぁと肩で荒々しく息をしている頃には、廃墟内で響き渡っていた銃声が止んでいた。


 後ろを振り返ると、流れ弾が当たっていたのか何人かが血を流している。だけど、死に至る程では無い事は見ていても解る程度の怪我で済んでいるようだった。人を殺してしまった事から目を背けるように、捕らえられていた者達が生きている事に安堵する。


 だが、彼ら彼女らは僕を畏怖の対象を見るような目で見ていた。そして、口々に僕に向かい言葉を吐いてくる。


「ひ、人殺し」「お前なんて、人間じゃない」「近寄らないで」


 感謝の言葉を言われて居たら少しは、人を殺してしまった負い目から目を背けられたかもしれない。でも、現実はそうさせてくれないようだ。


 間もなくして、制圧していた部隊の人間が近寄って来る。


「よう、カイザー。凄いじゃないか。銃を撃つのも初めてなのに、生き残れたなんて」そう口にしながら、突入前に紹介を受けたガイが肩を組んで来る。


「あぁ、誇る事だぜ。相手が他に異界のアイテムを持って無かったとは言っても、素人が銃弾の飛び交う中で、五体満足で生き残れたんだ。今はそれを喜ぼうぜ」ガイに続いて龍之介がそう言いながら近寄って来て、紹介を受けた際に集まっていた他の隊員達も近くに寄って来て居た。


 だが昼間に見た顔ぶれの中で、周りに集まる隊員達のなかに見当たらない人物が何人か居る。


「トムは、どうしたんだ?」ふと浮かんだ疑問を考えも無しに口に出してしまう。


「トムは……、あいつは最高の戦士だった」龍之介は涙を堪える様にそう言って、倒れる隊員の方へ視線を向ける。


 その周囲には、他にも何人かの隊員が倒れて居た。一瞬なんで倒れて居るのか分からなかった。単純に足を怪我したのか、なんて詰まらない考えが浮かぶも、隣を見たら理由は直ぐ理解出来た。


 倒れるトム達の隣には、僕が撃った人物を含む黒服の男達が固めて集められて居る。


「捕らえた奴らを本部に届けた後、告別式をするんだ。よければカイザーも来てくれよ。出来たばかりの戦友が来てくれたらあいつらもきっと喜んでくれる」ガイは僕にそう言った後、片付けを手伝うと言ってその場を離れた。


 周りに集まった隊員達もそれぞれにバラけて行き、捕まっていた人質達も隊員に連れられて、最後に僕一人がその場に残される。


「少しはこの仕事の事に付いて身を持って理解出来たんじゃ無いか」一人残って、トム達と黒服達の死体を見ていた僕に彩香さんが話しかけて来る。


「現場まで連れて来るのは、本当はもっと先のつもりだったんだが。お前の考えが思っていた以上に甘かったから、連れて来たが正解だったみたいだな」


「正解って何ですか。僕は、僕は人を殺したんですよ。それに僕が銀次くん達を助けたいとか言い出さなかったら、そもそもトムさん達が死ななかったかもしれないのに」僕がそこまで口にすると、彩香さんの拳骨が飛んで来た。


「痛っ、何するんですか」


「まだ解って無かったのかよ。あのなぁ、隊員達は死ぬかもしれないのが初めから解ってて戦っているんだ。それを自分のせいでなんて言って居たら、怒られるぞ」


 彩香さんに言われて、再びトム達の方へ視線を戻す。隊員達の表情は何れも死の恐怖で歪んだような顔では無く、誇りを持って死んで行った。そんな顔をしているように見えた。実際は現実から目を背ける為に、そう思いたいだけかもしれない。


 でも、そう言う事にしようと思った。そうしないと、トム達が僕みたいな詰まらない奴のせいで死んだ事になってしまう。それはやっぱり嫌だと思ったんだ。ほんの僅かしか話ていないけど彼らは皆、僕にも優しく接してくれた良い人達だと。そう記憶に残したい。残しておくべきだと。それが彩香さんの言いたい事の様に感じた。


「それに、人の死をまじかで見た時や、人を死から助けた時、自分が関わっているかどうかは、人生を変える切っ掛けにもなる。あの二条? とか言う奴らを助けた事も今後お前が変わる切っ掛けになる筈だ。なんたってお前自身の手で助けたんだからな」


「でも、その為に僕はこの人達を」自身が撃ち殺した黒服達の死体を見て、呟く僕に彩香さんが再び拳骨を飛ばして来る。


「昨日も言っただろ、一方的に攻撃を受けるだけで反撃しない様な奴は連れていけないと。その点お前は生き残る為に攻撃した。昨日まで反撃すら出来なかったような奴がだ。大丈夫安心しろ。お前は少しずつ成長している」


「でも、殺さなくても無力化したり出来たかもしれないのに。それなのに僕は」


「それ以上後ろ向きな発言をするなら、解任するぞ」彩香さんのその一言を聞いて僕は口を噤む。その僕の様子を見て彩香さんは頭を掻きながら言葉を続けた。


「お前は今出来る最善を尽くして生き残ったんだ。だったらそれで良いじゃないか。お前がもう人を殺さずとも生き残れる様に成りたいと言うなら、そう言った技術を身に着ければ良いだけの話だ。そうして、次は殺さずとも生き残れるように成れば良い。そうやって少しずつ自分の理想を目指して変わって行けば良いのさ」


 彩香さんはそう言って、バシンと背中を叩く。


「ほら、ここに居てもしょうがないだろ。後は久家の奴が事後処理とかするだけだから、私達は帰るぞ」彩香さんがそう言って背中を押したまま帰る。


 自室に戻り布団の中で、まだ少し、心の中で整理出来て無い気持ちを持ったまま僕は、疲れていた事もあり眠りに付いた。


 それから数日後。僕と彩香さんは、トム達の告別式に来ていた。


 トム達の所属する組織やその仕事の都合上、あまり盛大に送り出したり。その人物の死を公表する事は出来ない。平穏無事に過ごす人々は誰も彼らが戦った事も、命を落として行った事も知らない。そして、そんな彼らのお陰で、平穏が守られている事さえも知らないのだ。


 だからこそなのか、式に出ている者達で、涙を流すものは誰も居なかった。死んでいった彼らが、唯一立派な戦士であった事を知っている者達は、決して哀れみで彼らを送り出さない。彼らの死を侮辱しない為に。


 だけどやっぱり僕は、人が死ぬ姿なんて見たくない。助けられるのなら全部助けたい。凄く我儘な考えだ。でもだからこそ僕はそんな理想を実現させるだけの力を付ける為に、ある人の元へ行き門を叩く。


 *  *  *


 とある場所で行われた追悼式と時を同じくして、政府組織のとある場所に二条銀次は来ていた。あの日、自身を裏切った者に復讐を果たす為に、どさくさに紛れて拝借した拳銃を片手に、コソコソと目的の場所へ向かって居た。


「よくも俺を騙してくれたな、女狐が。お前は絶対俺がこの手で」殺意を滲み出したまま、成れた手付きでドアのロックを解除する。


 そこには項垂れた様に頭を垂れる、薬屋の姿があった。


 二条銀次は薬屋の元まで近寄り、その頭に拳銃を向ける。だが、薬屋はピクリとも動かなかった。


「どうなってるんだ。なんで死んでいるんだよ」まったく動かない事に、異変を感じ取った二条銀次が薬屋の顔を覗きこむと、口から血を流して息をしていない薬屋の顔を見てしまう。


「なんだよこれ。誰がやったんだよ。畜生。俺は、俺は」混乱した二条銀次は、その場から逃げ出した。

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