「沖田先輩!奢って♡」
「……ん?誰だ?」
今日はいつもとは違い、先生からの頼まれごとですごく遅くなってしまい、もうすでに帰る頃には暗くなってしまっていた。
そこにふと公園を覗いてみると、ブランコに座りつつ、ただただ俯く少女がいた。
その姿はひどく痛ましげで、月明かりに照らされた頬には光るものがあった。
俺は、歩いてその子の近くへ歩み寄り、声をかけた。
「こんな時間に何してんだ。」
「……知りません。あなたに話す義理もありません。」
こちらを力のない目で見ながらそう答える女の子。
「そうほっとけるモンでもないだろ。ほら。行ってみろよ。」
「そんなの言える筈ないでしょう。」
街灯の光に照らされ、顔の全貌が明らかになる。
見覚えがあると、そう思った。その顔はこの高校で超有名な人物の山郷心音だった。鮮やかな金髪に、翠色の目。さらに学業も優秀と、言うことなしの人物として、入学の前から少しずつ噂になり始め、入学式が終わった後などは、皆が皆噂するほどの人物だったのだ。
「……お前、山郷心音だろ。なんでお前ほどのやつがこんな時間にこんなとこにいるんだ?」
「……私のことを知っているなら尚更いえません。」
なかなか強情なやつだ。
「よくみろ。俺みたいなやつが山郷心音にあって、こんな話をしたとか言っても信じられると思うか?」
「無理でしょうね。」
「じゃあ、なんでもいいから話せよ。その方が楽になんだろ。」
それを聞いて山郷は、うーん。と、思考した後に、
「じゃあ……――」
俺たちはカフェにいた。山郷の話す条件とは、カフェに連れて行くことだったのだ。
「あんな公園じゃ話すものも話せませんからね。」
「そんなとこにいたお前が言う?」
涙を浮かべていた先ほどとは打って変わって、ケロッとした表情でパフェやケーキなどを頬張る山郷。
その表情には先ほど見られた憂いすら消え去っているようだ。
「それでさ、なんであんなとこにいたんだ?」
「うーん……そりゃあ、あんなとこで一人泣くって言えば失恋ですよ。失恋。」
めちゃくちゃ大切なことを当然の如く言う山郷だが、その失恋を悲しんでいる素振りはない。
「お前付き合ってたの?」
「はい。中学の時の彼氏です。まあ今は違いますけど。」
「なんで別れることに?」
「おー!ズバッと聞きますねぇ。もしかしたら傷心中かもしれない女の子に。」
「お前絶対もう悲しんでないだろ。」
「ご名答です。まあ簡単ですよ。私の彼氏という圧力に耐えられなかったって振られちゃいました。」
そこで語られたのは消して軽いものではなかった。有名人、優秀な人間と付き合っていれば、もちろん多少は比べてしまうだろうし、重圧に耐えられなくなることもあるだろう。これほどの人間と付き合う以上、自分もふさわしくなければと考えれば考えるほどドツボにハマって抜け出せなくなる。それが、凄い人間と付き合う人普通の人なのだから。
俺が何も言えないでいると、
「そんな顔しなくても。あの時は泣いちゃいましたけど、結局よかったんですよ。私も実際、彼に対する恋心なんてほぼ消えてましたからね。」
「じゃあ、なんで泣いてたんだ?」
「そんなの、振られちゃったらどんな女の子でも悲しいからに決まってるでしょーが。」
にこやかに笑う彼女の様子を見るに、それは事実なようで、あくまでもう立ち直ったというらしい。
「ま、せっかく高校生なんですから、過去のことは振り返らず、楽しく生きてみようかなーって思います。」
「……そうか。それが一番だろ。高校にいいやつがいないとも限んないしな。」
「あはは……ま、沖田先輩がそういうならそうなんでしょうね!一番それを実感した人でしょうし。」
「ん?俺の名前……知ってたのか?」
「あなたが私の名前を知ってたのと同じ理由ですよ。沖田先輩、意外と有名ですからね。」
そういうと、パフェの最後の一口を頬張った。
「さ、沖田先輩!おごって♡」
「いや!」
「えー!ケチ!」
突然なんだこの子は!ま、でも、こんな日くらいいいか?
「はぁ……はよすすめ。いけんだろ。」
「え?まさかほんとに奢ってくれるんですか?」
自分で言っておいて若干焦り出す山郷
「ええの。こんな日くらいは先輩に甘えな。」
「ふふっ!わかりました。ありがとうございます。甘えさせていただきますね。」
そうして、カフェの外に出て、時刻を確認して、
「あ゛!やばっ怒られちゃう!」
「はぁ……送ってやればいいか?」
……なんだか、この子若干抜けてんな。
歩いていてそう思った。
数分歩いて、住宅街で、ここですと言われた家は由良ほどではないが、かなりの大きさだった。
「どうです?上がっていきます?」
そう小悪魔っぽい笑みで誘ってくる山郷は、可愛らしさの中に、妖艶さも兼ね備えていて、さすが才色兼備の山郷さんだなと、思った。
「上がんねーよ。」
「ふふっ!じゃっ!お別れですね。またきっと会いましょう。ていうか会いにいきますね。お友達の目の前で彼女匂わせしてやります。」
「おいバカやめろ」
ガチャっと家へ入っていく山郷。なんだか、思った以上に親しみやすいやつだったな。
あんなに彼女が冗談好きだとは……噂では知り得なかった新しい情報に、特に気にするわけでもないが、印象には残った。
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