マクシミリアン
「まあ、ラスターに突然婚約者ができたと聞いた時点で、まさかディアナ…? と思ったんだがな」
「それだけで? マクシミリアンってそんなに勘が良かったの?」
驚くリディアに、マクシミリアンは笑いながら「婚約しても鈍いのか」と目じりにしわを寄せた。
「それにしてもこの屋敷は要塞か? 解呪には自信がある俺でも骨が折れた。蟻の子一匹通れないような結界と警戒が施されてる」
「何せこの私の弟子だもの。ラスターはすごいでしょう?」
マクシミリアンの言葉に得意気に胸を張りながらリディアは言う。いつでも警戒を怠らないのは、師匠としても安心だ。
「でもね、凄すぎて勝手に外にも出れないの。マクシミリアンが来てくれて助かったわ」
多分リディアが逃げると思っているのだろう。
以前勝手に外に出ようとした時、即座にラスターがやってきて「俺と一緒でなければ外出はだめだ」と怒られてしまった。
マクシミリアンが「そうだろうと思っていた」と大して驚きもせずに頷いた。
「しかし移動させてもらうぞ。俺も命が惜しいから、密室でディアナと二人きりになるわけにはいかない」
「いのち?……ああ」
そういえば、彼は既婚者になったのだと思い出す。
「そうよね、マクシミリアンは結婚したんだものね。おめでとう!」
リディアがそう言うと、マクシミリアンは「まあ、そのことは気にしなくていい」と微妙な顔をした。
どうやら彼も色々あるらしい。そう思っている内に彼が転移を行い、リディアの体はふわりと浮いた。
◇
魔物が数多く棲息すると言われる、アルム山脈の近くの小さな村に転移したマクシミリアンとディアナは、小さな食堂に入った。
客はいなかったが、念のためにとマクシミリアンが防音の魔術をかける。
「さて。聞きたいことはたくさんあると思うが……先に俺から質問させてくれ。ディアナ、お前は生き返ったのか? 転生か? 髪と目の色以外、全て一緒のようだが」
「転生したみたい。顔が一緒なのは……何でかな? 捨て子だったから親も知らないの。ただ記憶を取り戻したのはつい最近で、私の命日の四月九日よ。あ、あと誕生日もそのあたり。今は、十六歳」
「亡くなってすぐに転生したということか……今年の四月九日……ラスターが古龍を討伐した日だな」
そう言ってマクシミリアンが、眉根を寄せて深く考え込む。確かにリディアが記憶を取り戻したのは、ラスターが古龍を討伐した日と丁度同じ日にちだった。奇妙な偶然があるものだと、気にかかってはいた。
「次は私の番ね。ラスターはあれから狙われたりしなかった? 大きな怪我や、危ないことはなかった?」
記憶を取り戻してからリディアが一番聞きたくて、ラスターには聞けなかったことだった。そんなリディアにマクシミリアンが「一番の質問がそれとはディアナらしいな」ふっと笑った。
「大丈夫だ。お前の目論見通りにうまくいき、ラスターはこの十六年間誰に狙われることなく暮らしていた」
「良かった……!」
ほう、と息を吐く。彼が今無事でいることはわかっていたが、だからと言って彼の人生が危険と隣り合わせのものになっていたら、あの時死んだ甲斐がない。
「生前お前に言われていた通り、あの後ラスターを俺が引き取り、ディアナをも凌ぐ才のある弟子がいた、と王宮に報告したよ」
そこからマクシミリアンが話したのは、生前のディアナが予想していた通りのことだった。
鎮静の結界という偉業を成し遂げた功労者が殺され、その鎮静の結界を再現できる可能性がある大魔術師を、きっと王宮は手厚い監視をつけ守ってくれるだろうと。
それに、保護膜のないディアナでもあれだけの人数を無効化できることを証明した。王宮の監視をかいくぐった上で、大魔術師のマクシミリアンを相手取りディアナを凌ぐ才のあるラスターを捕まえるのは至難の業だろう。
「それからお前が犯人に咲かせた『主への叛逆』の痣。あれは良い抑止力になったろう。探られたら一発で犯人だとわかる」
「ふふん。私って天才よね?」
「間違いないな」
十六年前、二度目の術をかけられなかったせいで命は奪えなかった主への叛逆だが、万が一のことを考えあらかじめ改良していたのだ。
術者を害した者と、それを命じた者の体に、永遠に消えない特殊な痣が浮き上がるように。
どんな痣なのかはディアナも知らない。その人物を象徴するモチーフが浮き出るように、とだけかけた。
「あそこで瀕死で倒れていた騎士の胸には剣の形の鮮やかな紫色の痣が浮かびあがっていたよ。……主人を吐かせるために治療を行ったが、意識が戻った瞬間に舌を噛んで自害した。ちなみに他に倒れていた奴らは全員雇われで、直接的には主人のことは知らなかったようだ」
「……そう」
「犯人は……見つかっていない」
目を伏せた。あのリーダー格の男は気骨のある人物だと思ったが、まさか自害するとは。
「……まだまだ話したりないことはあるんだが、思ったよりも時間がなさそうだ。あいつが来る前に一つだけ言わせてくれ。ディアナ、俺はお前が死んだときは衝撃を受けた。ショックだったよ。友人として、同期として……立ち直るまで時間がかかった」
表情を暗くするマクシミリアンに、少しいたたまれない気持ちになる。彼ならショックは受けるだろうと思っていたが、立ち直るまで時間がかかるほどに落ち込まれるとは思っていなかった。
「本当はお前が普通に生きたかったことを知っている。だから言うが……ラスターのことは信用するな」
「え?」
驚いて顔を上げると、マクシミリアンはこの上なく真剣な顔をしていた。
今日はラスターの説得といざという時の逃亡の手伝いをお願いしようと思っていたのに、そんなことは頭から吹っ飛んで、リディアは思わずラスターを擁護した。
「あ、えっと……ラスターが私のことを憎んでるから? 確かにあの子は今復讐の権化みたいになってるけど、でも根は優しいからそんなことはできてなくて……」
「憎む? 復讐?何を頓珍漢なことを……」
「え? じゃあどういうこと?」
お互い顔を見合わせる。マクシミリアンが心底戸惑ったような表情をしながら、それでも真剣な眼差しで口を開いた。
「あいつのお前への執着は普通じゃないってことだ。――現に監禁紛いのこともされているだろう。もしも逃げ出したいのなら俺が手伝う。もう一度言う。あまり信用するな。いつ足の腱を切られるかわからないぞ」
「ラスターから離れることは考えているけど」
マクシミリアンの言い様にムッとして、リディアは彼を軽く睨んだ。
「それはあの子を幸せにしたいからよ。信用するなって言うのがどういう意味かは知らないけど、私とあの子は家族なの。だからそんなことは――」
「ディアナ。お前はいい加減家族という概念に縋ることをやめたほうがいい」
マクシミリアンが厳しい表情で「お前の家族を思い出せ」と続けた。
その言葉が示す過去を思い出して、リディアはきつく唇を噛む。
あの神官長のようにディアナの過去を軽く知る者は多い。けれど目の前のマクシミリアンは、ディアナの過去を詳しく知る数少ない人物でもあった。
「ディアナ。お前にとって家族とは、まるで呪いだ」
哀れむようなその声に、ディアナは昔を思い出した。
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