祝賀会

 



 ラスターに再会してから、月日が経つのはとても早い。

 あっという間に、王宮で開かれる祝賀会の日がやってきた。


「お綺麗でございます」


 支度を整えた侍女が、とても良い笑顔で言う。

 リディアは鏡の中の自分を見て、ドレスの美しさにほう、とため息を吐いた。


 先日王都から届いたのは、青いグラデーションが美しいドレスだった。

 胸元は白に近い水色で、裾に向かうにつれどんどんと濃い青に変わり、裾はほぼ黒に近い紺色だ。ドレス全体に小さな宝石が散りばめられていて、光を反射し輝いている。


(うーん、豪勢すぎて前回よりも動きにくい……)


 しかしラスターに恥をかかせないよう、この二ヶ月リディアは努力した。ラスターが仕事に出かけている間、ラスターには内緒でドレスを着こなす練習をしていたのだ。


 エイベルの指導によって身につけた裾さばきやふるまい方には多分気品が宿っているだろうし、コルセットのおかげで背筋もぐいんと伸びている。最早国一番の貴婦人と言って差し支えがないだろう。


 ここまでドレスを着こなすなんてやっぱり私ってすごいのではないかしら、しかもすごく似合っているのでは……?? とリディアが自分で自分を褒めてあげていると、部屋の扉がコンコンとノックされた。


「はあい」


 返事をすると、入ってきたのは白い正装に身を包んだラスターだった。

 少し長めの前髪を今日は後ろに流している。額を出すといつもよりも大人っぽく男らしく見えて、まるで知らない人のようで少しだけどぎまぎとした。


 そんな彼はリディアを見て、少し眩しそうに眉を顰めた。逆光だろうか。


 気を遣ってラスターの側に移動したリディアは、ラスターの服をまじまじと見る。

 彼の服はやや銀がかった白が基調となっているが、刺繍部分やカフスボタンなど、アクセントとなる色は全て紫で揃えられていた。


「もしかして、私のドレスとラスターの服ってお互いの目の色になってるのかな? 素敵ね!」

「……気に入ったか?」

「もちろん!」


 固い表情をややゆるめたラスターが、二つの小箱をずいっとリディアに差し出した。


「そのドレスに似合いそうなアクセサリーがちょうど余っていた」

「アクセサリーがちょうど余る……?」


 余っているということは男性のものだろうか。訝しみながら箱を開けると、中に入っていたのは大粒のブルーサファイヤのネックレスと、揃いのイヤリングが収まっていた。


 どこから見ても女性のものだ。それも、とても高価な。


「こ、これが本当に余っていたの? 怖いくらい高そう」

「…………嫌じゃないのなら、貸せ。つけてやる」


 ラスターがリディアの手からそっとネックレスとイヤリングを取り、器用につけていく。最後の右耳にイヤリングをつけるとき、ラスターの指が少しだけ震えているような気がした。

 そして何故かリディアの結い上げられた髪の上に、黒いヴェールのついた帽子を被せる。視界の半分が黒く透ける。


「……これでいいな。行こう」


 ラスターがちょっと緊張したような面持ちでリディアに手を差し出す。エスコートということだろうか。あの生意気だった少年が、スマートな大人になったものだ。


 その手にそっと手を重ねる。ラスターの掌は、ちょっと病気かと思うほどに熱かった。



 ◇



 王宮に訪れるのは、前世から四度目。今世では初めてとなる。

 以前訪れたのは、国家魔術師に合格した時、大魔術師になった時、そして鎮静の結界を張った表彰式と同時に大魔術師の引退式の三回だ。


 懐かしさこそないものの、場慣れはしている。相変わらず仰々しく華やかなホールだと思いながら、リディアはあたりを見回した。人が多すぎて、これではマクシミリアンがどこにいるのかわからない。


(マクシミリアンは今、三十九歳。大柄で髪色は焦茶だったはず……)


「ディア」


 視線を彷徨わせるリディアに、ラスターが名前を呼ぶ。


「なあに?」

「今日は、俺を見ていてほしい」


 苦虫ジュースを飲んだかのような物凄い仏頂面だが、耳がほんのり赤い。

 大仰なパーティーに、気後れして見ていてほしいのだろうか。もしかして婚約者が田舎者まるだしでキョロキョロしているのが恥ずかしかったのかもしれない。


 なんにせよ、耳をほんのり赤く染めて『俺を見ていてほしい』と言うラスターは可愛らしい。物凄く不本意そうだけれど、久しぶりの可愛いラスターに、思わずふふ、と笑いが溢れた。


「なぜ笑うんだ」

「だってラスターったら、嫌そうな顔で可愛いことを言うから……あっ、ごめんなさい」

「あ、いや失礼。こちらこそ――」


 会話の途中、軽く肘が人にぶつかった。謝罪して顔を上げ相手を見ると、そこには十六年ぶりに見る、三色の黄色の瞳があった。


 瞳が見開かれたのは同時だった。記憶よりも年齢を重ね、貫禄がついたが、知性の宿った顔立ちと三色の瞳は変わらない。



「――ディアナ?」



 久しぶりに聞くマクシミリアンの声は、低く掠れていた。



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