化け物と呼ばれた少女
扉を閉め、マクシミリアンしか開かないように術をかける。
何人足りとも、大事な弟子のいるここには入れないように。
手のひらを握る。今のディアナが使える魔力は、全盛期と比べると、ごく僅か。
心臓を守る保護膜から魔力を少し頂戴してから三年――、ディアナの体は、もう魔力を貯められなくなっていた。
ラスターを助ける時に使った魔力の保護膜。使ったのは表面の三分の一程度だったが、一度剥がれた保護膜が修復されることはなく、そこから時間をかけて崩壊していく。
三年が経った今、ディアナの保護膜は機能していない。ディアナの心臓が生み出す魔力は、貯められることのないままに流れていくだけとなっていた。
(それでも大丈夫。――私ならきっと、守れるはず)
そう決意した瞬間、後ろから金属の擦れる音や葉や地面を踏みしめる音が聞こえた。
「元大魔術師、ディアナ・フィオリアル」
名を呼ぶ声に振り向くと、そこにいたのは物々しい装備に身を包んだ見慣れない騎士たちだった。そこそこ腕の立つだろう、魔術師もいる。
皆所属を表す紋様や旗などは持っていない。誰か高位の貴族の、私兵なのだろう。
――ラスターを捕らえていた連中のように。
「あの少年を、返してもらいたい」
指揮を執っているのだろう男が低い声で告げる。隣にいる赤毛の男には見覚えがある。周りの騎士たちが剣や弓を構え、魔術師たちは呪文を唱え始めた。
「そして我が主の命により、あなたにはここで死んで頂く」
「――私がディアナ・フィオリアルと知っていて、随分と命知らずな」
ディアナの黒髪が風に大きく靡く。五色の紫の瞳で男を見つめると、男は表情を強張らせながらもディアナを睨めつけた。
「今ここで帰るのならば、見逃してあげましょう」
「……あなたは確かに、偉大な大魔術師だった」
呟くように男が言い「しかし」と続ける。
「保護膜を失っているあなたは、もはやただの人だ。敵ではない」
(何故、それを……?)
驚いて指揮を執っている男の横にいる赤毛の男を見る。彼はラスターを助ける時にあの場にいた、あの男だろうか。魔術に詳しくない者が、あの時のディアナを見て保護膜を使ったとわかる筈がないだろうに。
一瞬の動揺の隙に、矢が放たれてディアナの右頬をかすった。
「殺せ!」
声が響き、こちらに向かって幾十もの矢が飛ぶ。間髪入れずに魔術師による上級の攻撃魔法も飛んできた。
その様子を見て、ディアナはふっと微笑んだ。
ディアナが腕を一振りすると、矢は何かに弾かれたかのように跳ね落ちる。攻撃魔法はじゅっと音を立ててかき消えた。
「残念だけれど、私は天才なの」
保護膜を失っても、魔力自体がなくなるわけではない。貯められないだけだ。
元々ディアナの化け物級の魔力量は、他の魔術師よりも遥かに魔力を貯める容量が大きいことの他に、魔力を生み出すスピードと量が大きいことにある。
それにディアナは、魔力量だけで大魔術師になったわけではない。術式を展開するスピードと、ブレのない精密な操作。それがディアナの強さの秘訣だった。
体を顧みずに、一気に魔力を生産をするのならば。少々腕の立つ魔術師よりはずっと、自分は強い。それでも大魔術師クラスには敵わないだろうけれど。
騎士たちが驚きに息を飲み、怯える。こうして怯えの視線を浴びるのは久しぶりだが、もう何とも思わない。
大事な家族を守るためにこうして魔力を使い傷つけることをーー自分はまた、選択した。
けれど多分、今回は後悔しないだろう。
怯えながらも矢継ぎ早に襲ってくる攻撃をいなし、ディアナはわざと呪文を唱えた。
『昏睡』『忘却』を一度にかける。倒れていく騎士達が目覚める頃には、この一連の流れを全て忘れているように。
それから指先で「主への叛逆」の魔術を展開していきーー、その時ディアナの胸を矢が貫いた。
指揮を執っていた男が自分の太ももを刺し意識を保ちながら、ディアナの心臓に向かって矢を放ったのだった。
それがディアナの、狙いだった。
ゆっくり微笑んで、展開している途中の魔術を男に向かって放つ。彼は地に膝をつき低く呻き声をあげ、ギリギリと胸を押さえた。
「化け物め……!」
恐怖と憎悪で瞳を燃やす男を見おろしながら、また術式を作り上げていく。
「ーーディア!」
「!」
ラスターの声がした。驚いて振り向くと、足や手を血で赤く染めたラスターが、こちらに駆け寄ってくる。
「ラスター……!」
「何して……、ディア!」
「来てはだめ! 戻っ……」
ディアナが叫ぶのとほぼ同時に、男が放った矢が再びディアナの心臓を撃ち抜いた。
指先で織り上げていた術式が光の粒となって消える。傾いでいくぼやけていく視界に、ラスターの見開かれた目だけが鮮明に映った。
それと同時に男が呻き、倒れた音もした。先ほどかけた「主への叛逆」の魔術は、ディアナを害し、命を奪う者とそれを命じた者を道連れにするという魔術だった。
しかし今のディアナの魔力ではまだ効果が甘いはずだ。もう一度重ねてかけなければ、男やその主人の命を奪うまでには至らない。
もう一度練り上げようと震える指先を男に向けた時、ラスターがディアナのその指を掴んだ。
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