さようなら、可愛いラスター
――しくじってしまった。
ラスターの魔力への抵抗力と優秀さを完全に見誤っていた。自分が死ぬ前に、片をつけておきたかったのに。
そう思ったディアナは唇を噛みしめて――諦めた。
(……仕方ない。あとはきっと、マクシミリアンが手筈通りに動いてくれるはず)
今はそれよりも。
一人になってしまうラスターのことの方が、ずっと大事だ。
「ディア……!」
震える手でディアナの手を掴み、「マクシミリアンのところに……ディア、大丈夫、今飛ぶから」と転移しようとするラスターの手を掴んで、ディアナは首を振った。
「前に、教えたでしょう? 魔術は人を癒せない」
医学の心得があったとしても、マクシミリアンは魔術師だ。
「っ、じゃあ、精霊士のところに飛ぶよ! どこかの街に飛べば、近くにはいるはずだ、すぐに……」
「ごめんね、ラスター。心臓を貫かれたから、私はもう助からない」
「……嘘だ。そんなわけない」
顔を歪めながらそれでも転移しようとするラスターの頬を、ディアナは掴まれた手とは逆の手で撫でた。
本当に死ぬのだと、そう悟ったラスターの顔がどんどん青ざめて絶望に染まっていく。頬に触れたディアナの手をラスターがきつくきつく握りしめて、大粒の涙をぼろぼろとこぼした。
「なんで、なんで……ディアは……」
天才なんだろ、と言いたかったのだろうか。
いつも生意気な弟子が、もう言葉にならない程泣いている。そんなラスターに、ディアナは最後の嘘を吐いた。
「……ごめんね、私、実は天才じゃなかったの」
彼のために保護膜を失ったことも、彼を取り返す刺客が来たことも、それでディアナが命を落としたことも。
何があっても絶対にラスターは知ることなく、幸せに生きていってくれればいい。
「何を言って……」
「私が死んだら、あとはマクシミリアンのところに……、それからどうか、」
幸せになって。
最期の言葉は掠れて空気になってしまったかもしれない。
悲痛に歪んだラスターのゆらめく水面の瞳が霞んでいって、視界が暗くなった。
「無理だ、ディア、ディアがいなかったら、俺は……」
死に触れ始めたディアナの耳に、ラスターの嗚咽が響く。指先が冷えていき、ラスターの涙がディアナの頬や肌にとめどなく落ちていって、貫かれた心臓までも濡らしていくようだった。
(泣かないで、)
きっとラスターなら、また家族が見つかるはずだ。ラスターに出会ったディアナのように。
(どうか、どうか幸せに)
ディアナの家族でありたいと言ってくれた、最初で最後の大切な家族。
綺麗な瞳をした、とても賢い子。
大切なものを見つけて、どうか幸せで生きてくれますように。
◇◇
――そのディアナだった頃の記憶を、リディアが思い出したのは十六歳になった誕生日。
丁度ディアナが亡くなった、十六年後の春の日だった。
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