そういうところが嫌いだ
「ラ、ラスター様にい、いじめられていませんか!? ラスター様がものすごく憎んでいらっしゃる、ディアナ・フィオリアル様のお顔と、生写しのようにそっくりなのですが……!」
憎いディアナに生き写しゆえ、いじめられているのではと心配するロードリックの言葉に、リディアも青ざめた。
「それはどういう……?」
「ええと。ディアナ様はラスター様の師匠だったので……ラスター様に聞いたことがあるんです。俺はディアナ様がご存命だったら絶対プロポーズしていたくらいの熱烈な大ファンなのですが、一体どんな方だったのかと。そうしたら」
「そうしたら……?」
おそるおそる尋ねると、ロードリックは悲痛な面持ちで首を振った。
「とんでもない昏い瞳で俺を睨みつけ、二度とその名前を口にするなと仰っていました。あれは死してなおギタギタにしてやりたいと、復讐心に燃える目です……」
「そんなに……!」
やはり憎まれていたようだ。しかもリディアの想像よりも、ずっと重く。
「あっ、でも……奥様はディアナ様ではないですから! お顔が激しく似てるだけです!」
衝撃を受けたリディアを見て、慌てたロードリックがフォローする。しかし残念ながら、リディアとディアナは同一人物だ。
ロードリック自身も、結婚予定の女性に言うべきことではなかったと思ったのだろう。焦りながら口を開いて、なんとか言葉を捻り出そうとした。
「ええと……あ! ラスター様、ディアナ様のお顔は好きだったんですかね! もしくは、えっと……あ! 逆にディアナ様のことが大好きだったとか! 俺にディアナ様の名前を呼ぶなと言ったのは、もしかしたらラスター様は激重ヤンデレ人間という可能性も……っ、いだだだだだ!」
「……………………馬鹿は外に出したはずだが……?」
いつの間にか戻ったラスターが唸るような低い声を出し、ロードリックの頭を掴んだ。ミシミシと音がなっている。
背筋に悪寒が走るような怒りの形相に、リディアは少しだけロードリックに同情した。
「いっ、痛痛痛っ、痛いです! 人の頭からなってはいけない音がしています!」
「次に顔を見せたら割ってやる。これを持って早く出て行け」
「そ、そんなっ、ラスター様、ご無体な!」
ラスターがロードリックに手紙を押し付け、そのまま指を振る。するとロードリックがそのままふっと消えた。一体どこに飛んだのだろうか。ご愁傷様だ。
なんとも言えない沈黙が広がる。
片手で額を抑え、目を閉じたまま深く深くため息を吐いたラスターが、絞り出すような声を出した。
「………………ディア。あの馬鹿の言うことは、全て忘れてくれ」
「え、あ、うん、わかったわ」
怒りすぎて、耳まで赤く染まったラスターの言葉にリディアは頷いた。
おそらくラスターが聞いていただろう後半は、確かにかなり不本意だろう。
ラスターが少し気の毒になり、リディアは話を逸らそうと口を開いた。
「ロードリックさんに何の書類を頼んだの?」
「あれの名前は呼ばなくていい。書類はディアと俺の婚姻に関するものだ。すぐに提出する。……といっても、承認がおりるまで少々時間はかかりそうだが」
「婚姻……」
淡々と告げられた言葉にリディアは顔を曇らせる。このまま結婚して、ラスターの人生が幸せになるとはとても思えない。
「……ねえ、ラスター。本当に私と結婚するつもりなの?」
「そんなに嫌か」
唇の端を持ち上げて、皮肉げな口調でラスターが言った。
「嫌っていうか……でも、そうね。私は結婚って相思相愛の人とすべきだと思うの。一緒にいて幸せになれるような人と」
「そうか」
ラスターの表情は凍ったままだ。とりつく島もなさそうでどうしようか思案していると、ラスターの大きな右の手のひらでリディアの左頬を包んだ。
驚いてラスターを見上げる。熱い手のひらと裏腹に、表情はやはり冷たいままだ。
「でも仕方ない。十六年前……いや、十九年前に、ディアがしたことの報いだから」
妙に静かな声で、淡々リディアにも自分にも言い聞かせるように言う。
「気の毒だな。俺なんかを助けたから、生まれ変わっても執着されて、もう逃げられない」
ラスターの親指がリディアの唇をゆっくりなぞる。困惑して目を合わせると、綺麗な水面の瞳がどこか泣き出しそうに揺れているように見えた。
「……私はあなたから逃げるつもりはないのだけど、」
ラスターの悲しそうな姿は見たくない。ラスターの黒髪に手を伸ばし、頭を撫でた。
「あなたに、世界で一番幸せになってほしいの」
「……ディアは嘘吐きだ」
ラスターがリディアの言葉に苦笑する。
「俺はディアの、そういうところが大嫌いだ」
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