誰得プロポーズ
(もしかしたら怒ってるかもとは思ったけど……本当に怒ってるなんて……)
しかも、ここまで。
ラスターからひしひしと怒りが伝わる。前世こき使いまくったことや、ラスターと目があう距離でパレード鑑賞したことをリディアは心底後悔した。
(それにしても、なんでわかったんだろう?)
一目見ただけで、ラスターはリディア自身でさえ最近まで知らなかった転生を見抜いた。やはりこの弟子は恐ろしいほど勘が良い。
そして何より、リディアが疑問なのは。
(欺いたとは。私、嘘なんて吐いたこと………….いっぱいあるけど)
しかし畑の水やりを忘れていたことをごまかすとか、その程度のものだ。確かに悪かったけど十六年も怒るものだろうか……と考えたところで、リディアは死に際に自身が言い放ったセリフを思い出した。
『――私、実は天才じゃなかったの』
数十人の騎士や魔術師に囲まれた程度で亡くなった、その理由付けのために言った言葉だった。
しかしそれは『少年をこき使いまくった天才』ではなく、『天才を装い少年をこき使ったとんでもない女』だと、自白していることになる。
それでもあの溢れる天才オーラは隠しきれなかったような気がするけど、ラスターと過ごしたあの三年間、ディアナは彼にあらゆる高等魔術を教えつつも……自身が使う魔術は、消費魔力の少ない小技程度のものばかりだった。実技の教え方も下手だった。
これは確かに……五色の瞳を持ってはいても、魔力が大きいだけで小技しか使えない詐欺師だと思われても仕方がない。
鎮静の結界も人の手柄を横取りしたとか、偶然うっかりできてしまったとかそんな風に認識されてたりして……。そう思いそうっとラスターの顔を見る。
(ひっ)
ものすごく怒っている。怒りすぎて血走ったのか、若干目が赤く潤んでいるように見える。そこまで。濡れ衣というか本当はそうじゃないのだが、急に自分が人でなしに思えてくる。リディアは割と小心者だ。
「え、ええっと……身をもって贖うとは具体的にどういう……」
視線を彷徨わせながら、リディアが引き攣った顔で問いかけると、ラスターは薄く笑った。
「先ほども言ったが、生涯俺の側にいてもらう」
「えっ……」
終身刑ということだろうか。
青ざめてラスターの顔を見ると、ラスターはどこか傷ついたような顔をして嗤った。
「お前がしたことを考えれば当然だろう。――この十六年間、俺がどんな気持ちだったか」
「そ、それは謝るけど……刑期が長すぎでは……」
「……刑期、か」
目が昏く淀んでいる。自分がどんどん墓穴を掘っている気がしつつも、リディアはラスターの幸せのためにもと口を開いた。
「だ、だって、あなたもそろそろ結婚を考えてるでしょう? 私をそばに置き続けたら普通の女性は嫌がるわ。あなたのお嫁さんになるような、素敵な女性ならなおさら」
今世のリディアは、ラスターと接点のある筈がないいたいけな十六歳の少女だ。英雄と噂されるラスターがそんな少女をそばに置き、「復讐だ」といって虐待を繰り返していたら普通にドン引きされると思う。アレクサンドラ嬢がどんな人かはわからないが、普通に嫌がるに違いない。
一発。一発殴る程度で、おさめてもらえないだろうか。
「……ディアは本当に、昔から俺をかき乱すのがうまいな。怒らせるのも」
薄く嗤ったその表情に、リディアは言ってはならないことを言ったのだろうと察した。
氷の魔術でも展開しているのだろうか。冷気が漂っているのだが。
(これは……ものすごく、怒ってるわ……)
「――そこまで俺を心配してくれるのなら喜んで受け入れてくれるよな」
そう言ってラスターは、掴んだままだったリディアの手に指を絡め、手首に唇を寄せた。
「俺は今、求婚している」
「……!?」
「え?」
「おやまあ……」
耳を疑うような発言に、フランツやカールが驚きの声を上げた。ラスターは鬱陶しそうに二人を――特にフランツを眺め、「拒否はさせない」と言った。
「妻ならば、生涯俺の側から離さずにすむだろう?」
そう言って、ラスターが目を見開いたリディアに笑いかける。どこか壊れた笑みだと思った。
「そうなったら、ディアのすべては俺のものだ。今後はもう、髪の毛の一筋でさえ傷つけることは許さない。二度とおかしな真似ができないよう部屋から一歩も出さず――真綿でくるむように俺が守ろう」
怒りが肌へと伝わってきて、愕然とした。
ラスターとはそれなりに楽しく暮らしていたと思うし、信頼関係もあったと思う。しかし保護者だった自分が裏切ったことで……ラスターは、心に深い傷を負ってしまった。
あの生意気で可愛いラスターが、こんな荒んだ言葉を吐くまでに。
リディアの耳にラスターの言葉は「散髪すらも今後は自由にならないし、真綿で首を絞めるような生活を送らせてやる」という言葉に聞こえた。
もしも罪を贖えとか、欺いたという言葉がなければ、ディアナが死んでしまったショックを未だに引きずってると思わなくもないけれど……こんなに怒って罪人扱いだ。違うだろう。
絶句しているリディアからラスターが目を逸らした時、困ったような表情で話を聞いていたフランツが口を開いた。
「ええと……二人は、知り合いなの?」
「あ、えっと……」
知り合いとも、知り合いじゃないとも言いにくい。
リディアがラスターと知り合う機会はなかったけれど、前世の知り合いだなんて言ったらフランツやカールはリディアとラスターの頭の心配をするだろう。頭が温まりすぎているのではと、治癒をかけられかねない。
しかし空気を読まないラスターが、妙にきっぱりとした口調で言った。
「彼女は十六年前に亡くなった俺の師匠だ」
「え、あー……それは……そうなんですか……」
案の定フランツが何とも言えないような顔でラスターを見る。
「えーと……あの、まだちょっと話が飲み込めませんが、今の彼女は僕たちの家族なんです。意に沿わない結婚を認めることも、嫌がる彼女を無理に連れていくことも許すわけには……」
「……家族?」
ラスターがまたひときわ目を澱ませてリディアを見る。いたたまれない気持ちになりながら、リディアは「捨て子の私を育ててくれたの」と言った。ラスターの瞳が一瞬揺れる。
「……そうか。だけど、俺は……」
「私はいいと思うよ」
何とも言えない顔で口ごもるラスターに、突然おっとりとした声が響いた。
突然の裏切りを見せたカールに、困惑した視線が集まる。いつも優しく穏やかな養い親は、場に不似合いな優しい笑みを浮かべていた。
「ラスター・フォン・ヴィルヘルム殿。私は捨てられていた赤子のリディアを、天からの預かりものだと思い大切に育ててきました」
そう言って驚愕しているリディアに向かい柔らかい眼差しを向ける。
「これも精霊のお導きでしょう。リディアを、よろしくお願い致します」
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