タイトルにあるように、この作品は「セマザサ族」という民族の風習であり文化である「刺繍」に焦点を当てたお話です。
語り手はセマザサ族ではない外部の人物ですが、彼らの文化である「刺繍」について学んだことを、朴訥としながらも丁寧に語っていきます。
セマザサ族にとっての「刺繍」は、「祈り」と「人生の記録」が一体となったもの。そのため彼らは、生まれると黒く染められた布を与えられ、最初に生まれた日のことを糸で縫って示し、それ以降は出来事があるごとにその布に記していくのです。
さて、その「刺繍」にはどんなことが書いてあるのでしょうか。気になった方は、読んでみてください。
セマザサ族ではない語り手が、最後にセマザサ族のために祈ったことを知ったとき、きっと何か感じるものがあるのではないかな、と思います。
架空の民族の架空の風習が話の骨子なのだが、工夫をしていなければ、アイデア倒れに終わっていただろう。
それを防いだのは、セマザサ族を研究している学者の視点から描くことで、話に奥行きを持たせたこと、そして、個人的に高く評価したいのは、固有名詞の選択。
作者が自分で考えたのか、何かを参考・加工したのかはわからないが、固有名詞に引っかかることなく読めるようにしたのは、作品の完成度を高めるうえで、とても大切なことだったと思う。
刺繍の内容が散文詩で説明され、それを学者が読み解く。話はその繰り返しで進むが、詩を自分で解釈してから、学者の「解説」を聞くと、読む楽しさが増すように思う。
雪山に暮らすセマザサ族は生を享けたそのときに布を与えられ、みずからの人生を克明に刺繍していく。
……刻むように。……祈るように。
刺繍は多岐に渡る――祝い事の記録から悪い精霊を遠ざけるためのまじない。日常のなかにある喜びから哀しみ。心惹かれた花のこと。その晩、降った雪のこと。何を想い、何を感じ、何を愛したのか。
それはまさしく、命の織物。
民俗学者の記録というかたちを取ったこの小説は、土着民族の風習を綴るだけに留まらず、「命」というものの真髄を記しているように感じます。意識する、意識しないにかかわらず、誰もがいま、このときも刻み続けている命の脈動。
読後、しばらく経ちましたが、セマザサ族は確かに何処かで「生きているのだ」という実感にまだ浸っています。
そうしてこれを読んでいるわたしも、あなたも、生きている……。
ほんとうに素晴らしい小説です。このような物語を綴られた著者様にただただ、敬意を表したいとおもいます。
この作品、ざーっと最初に読んだ時、エッセイかと思ったんですよ。つまり実話なのではないかと。世界には自分の知らない民族や文化もたくさんありますから、そういうものの体験記録なのかなって。
そしたらこちら、まさかの創作!
土地の文化は風土に根ざしますから、その地域で代々行われている儀式や風習というものを知る事により、そこに住まう人の世界観等も伺い知る事が出来るので、NHKのスペシャル番組なんかも好んで見ますが、本当にそれを見ているかのよう。淡々としたナレーションで紹介されていく文化がリアリティの塊。
日々の記録を刺繍にしていくのは、この地域では紙が貴重だとか気候的に残しにくいのかも。そもそも文字がないのかもしれない。それでも、後世に伝え残していかねばならない事も多くあるのでしょう。刺繍の意味を親から子へ伝える行為も風習のひとつになっていそうで、そうやって親子の絆を深めているのかもしれません。
人生を記録する刺繍日記。一目に思いが乗って呪術的な意味もありそうで、思いや願いも込められていく。ただの出来事の記録ではなく、感情も籠められるんですね。子供が生まれた喜びだとか、誰かを喪った哀しみ等も記録され、誰かの刺繍と、誰かの刺繍が同じ出来事を記録してリンクしていたりもするのでしょうね。
人と人がそうやって繋がっている事も感じられる素敵な文化を感じ、想像の翼も広がってこの地域に思いを馳せてしまいます。
ある世界の、どこかの地域を旅をして見て来た。そんな読後感です。
KACのお題「日記」からこんなに素晴らしい物語が生まれるとは……これが創作だなんて信じられません。NHKのドキュメンタリーを一本見終えた気持ちです。
生まれてからの一生を刺繍にして綴っていくセマザサ族。見たもの聞いたもの、そして祈るものを刺繍にして綴っていく、その布はまさに人生を記録した日記そのもの。
途中で刺繍が荒くなった部分で子から親に受け継がれたことがわかるとか、悪い精霊の刺繍は守りの刺繍で覆ってしまうとか、本当にこの民族がどこかにいてそれぞれの物語を紡いでいるかと錯覚してしまうほどです。
セマザサ族の研究者である「私」が、雪の山と呼ばれる人物の思い出と共に語られていく民俗学。
ラストの切ない余韻が、この作品を美しく彩っています。
日記のような役目を果たす布を持つ民族の話。
架空のお話でありながら、その文化のリアリティがすごい。
海を越えて、大地をゆけば、どこかの山や川を過ぎたそこに、その民族は確かに存在する。
そんな質感をもった、ある種圧倒されるお話でした。
内容は基本的に、布を順番に読み解いていくだけ。
しかしそこに人生が詰まっており、その生涯に思いをはせることができます。
登場する単語から、この文化圏がどんな土地にあるのか、そういった風土も想像でき。
山がある。雪が降る。鳥が来て、花が咲くらしい。
海に類する単語は見られないから、きっと山がちな土地なのだろう。
その中で、育ち、祭祀を行い、病を乗り越え、愛し、愛され、見送り、見送られる。
つづられる人生の、なんと色彩豊かで濃密なことか。
そしてこの布を読み解く、語り部の存在。
この布の持ち主と、どのような関係性であったか。
筆舌尽くして語るわけではないけれど、布に縫われるその指遣いが、雄弁に物語る。
総括。厚み、すごいっすね?
4000字弱でこの読み応え、ちょっとこれは魂が震えました。
手を伸ばせば何かに触れられそうな豊かな質感の物語、ありがとうございました。