第40話 孔冥と秀吉 ブシ


「孔冥、とうとう見つけたぞ! ブシの死体だ!」

 秀吉は興奮しながら研究室に飛びこんだのだが、天才科学者の反応は想像したものとすこしちがった。

「そうか。それは良かった」

 それだけ言って、孔冥はまたPC画面に戻ってしまう。

「どうしたんだ? なにかあったか?」

 逆に不安になって、たずねる秀吉。

「ふむ」孔冥は歯切れ悪くうなずき、画面から顔を引き離すと、秀吉の方を向く。「オーストラリアで一時間に一センチという激しい海面上昇が観測されている。似たような異常海面上昇が、日本の根室でも起こっているらしい。一応今、釧路と襟裳でもデータをとってもらうよう要請しているのだが、人員がいない。そちらから手を回してくれないか」

「ああ、自衛隊の航空救難団に要請をいれておくが、それは重要な案件なのか? この非常事態、余っている人手なんて、どこの部署にもないぞ」

「最重要だ」見上げる孔冥の目がきらりと光った。「ことによると、ジャバラの目的が知れるかもしれない。それはそうと、いまブシの死体を見つけたといったか?」

「ああ、そうだ。すごい成果だろう。聞いて驚くなよ、千葉県警の車両が路上で倒れているブシを発見したんだ。どういう理由で死んだのかは不明だが、とにかくまったく動かないらしい。いま頑丈なチタニウム製のケージに入れて、千葉大の研究チームがエックス線による調査を行うための準備をしている。おまえも立ち会うか?」

「千葉だろ?」

 出不精な孔冥は気に入らない様子。行く気はないらしい。出不精な上に内弁慶、しかも人見知りな天才科学者である。

「興味ないのか?」

「ある。だが、死んだというのはどうだろう? あれは単なる機械ではないだろうか?」

「ああ、俺もその可能性は考えている。つまり、現在の政府の見解では、あのブシこそがジャバラ、くだけた表現をすればラクシュミー星人であるという認識なのだが、あれは単なる人型の侵略兵器であり、侵略者の本体ではない気がするんだ」

「政治家の頭は単純でいいな。人型だから、それが異星人の本体だと思うのか。だが、ではジャバラの本体、すなわち君が言うところのラクシュミー星人とはどのような生物なのか? たしかに気になるところではあるな。まあ、普通に考えて、異星人自体はラクシュミーの地下深くにいて、リモートコントロールで侵略兵器を動かしていると見るのが科学的だと思うが、君はどう思う?」

「同感だな。ジャバラの本体は惑星内にとどまっていると思う。そして、ブシはただの機械人形だ」

「とすると、死んだというのは不適切だな」

「ああ。故障したとか、まあ不具合があったとか、かな?」

 秀吉は孔冥の細かい物言いにすこし苦笑した。この際言葉はどうでもいいと思うのだが。

「ブシには、地球の銃が効かないそうだな」

「ああ。自衛隊の空挺部隊が接触して戦闘になったが、小銃がまったく効果なく、部隊は全滅した。装甲が強力で、銃弾をはじくらしい。ブシを止めるには、おそらくミサイル・ランチャー以上の火器が必要であろうということになっているが、それも配備が間に合っておらず、確認はとれていない」

「それが確認できるころには、ブシの死体の個体数も増えそうだな」

「ああ、そうなると、こちらも敵のテクノロジーに関する知識をそうとう入手できるようになる」

「おそらく、そうなるだろうな」

 小馬鹿にしたように孔冥が笑う。

「孔冥、なにが言いたい?」

 訊ねる秀吉の声も、自然と不機嫌なものになる。

「うん」天才科学者は歯切れ悪くうなずく。「もしかして、ブシは使い捨ての武器じゃないかと思っているんだ」

「使い捨て?」

「そうだ。つまりわれわれ人類の感覚でいうと、銃弾だ。ばら撒いて使い捨て。それをいちいち回収したりしない」

「……そんなことがあるのか? あれはかなりのコストがかかる人型兵器だと思うが」

「今回入手できたブシの身体は、故障や不具合や、ましてや事故で死んだわけではないんじゃないか?」

「というと?」

 秀吉の問いに、孔冥は片眉をあげてみせた。

「単に、バッテリーが切れただけ」


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