第3章
第23話 退助 学校の体育館
学校の体育館での、二日目の夜。退助は朝まで起きていることにした。
無理に寝ようと思っても、寒くて無理である。もし眠ってしまって目覚めなかったらそれっきりだ。事実、その夜を乗り切れず、眠ったまま起きなかった人が何人かいた。
眠らなかった退助は、正解を引いたといっていい。
彼は眠らず、起きて動き回り、なんとか身体を暖め続けた。眠るのは気温の上がる昼間でいい。空腹はいかんともしがたいが、耐えることはできる。というより、慣れてきた。ただ、このまま食べずにいれば、いずれ体力を失い、生命の危機がおとずれることは何となく分かっていた。それまでに救助が来るかどうかという話である。
明日の朝になったら、眠ろう。そして、食料を探しにいこう。ここで待っていても、だれも食べものを持ってきてはくれない。だったら、盗んででもいい。どこかにある食べ物を入手する必要があった。
生きるために。死なないために。
夜の間もテレビはつけられていた。音は抑えられていたが。
学校の電気は止まっていない。幸運にも。
電気ストーブと石油ストーブは動いており、そのそばは奪い合い。一応弱っている者が優先みたいなルールになっていたが、いつまでそれが続くかは分からない。石油ストーブの燃料は残り少ないし、電気ストーブとて電気が止まればそれっきり。いつまでもつかは分からない。
だが、いいこともあった。
ネットが回復したのだ。スマートフォンが使えるようになった。ただし、通話とメールは制限がかかっていて事実上使用不可。ただし、SNSからの情報は入るようになった。
もし退助の家族がSNSをしていれば、ここで連絡がついたのだが、残念ながら神波羅家はそういう仲の良さはなかった。おそらく世間一般よりも不仲な家族だったのだろうと思う。
二日目の明け方。眠気に負けてうとうとしていると、テレビのポリュームが急に大きくなった。だれかが設定をいじったのだろう。急に鳴り響いたニュースキャスターの声に、退助はどきりとして目覚めた。
「──惑星ラクシュミーから飛来した直径二百キロの飛翔体は全部で七つ。北大西洋に一基、南大西洋に一基、北太平洋に一基、南太平洋に一基、インド洋に二基、珊瑚海に一基。それぞれ浮揚しているという話です。この『テンクウ』と名付けられた超巨大宇宙船からは、すこし小型の『クボウ』という宇宙船が発進し、周囲に展開。テンクウと同じように浮揚しているということです。各国政府はこの……」
異星人?
耳慣れない単語に退助は首を伸ばした。
テレビの画面には荒い画像で、海の上に浮く黒いお皿みたいな物が映し出されていた。細かく波打つ海面の上、靄がかかったむこうに見えるのは薄っぺらい板状のもの。それをカメラはゆっくりと右から左へ映している。
手前に雲があり、そのずっと手前に軍艦が映り込んでいる。宇宙船? あれは変な形をした変な色の雲ではないだろうか? それはあまりに大きくて、とてもとても宇宙船には見えなかった。空に浮く、平べったい雲としか、退助には認識できなかったのだ。
「あれが宇宙船なのかぁ」
おじいさんが呆気にとられた声を上げている。
「いったい何人くらい乗ってるのよ」
おばさんが画面に文句をいっていた。
宇宙人が超巨大宇宙船に乗って、地球に攻めてきた……のか? 退助はあまりのことに現実を受け止めきれず、呆然とテレビの画面を見つめる。下の方には白いテロップで「テンクウ 直径約二百キロメートル」と表示されていた。
「そして、こちらがそのテンクウから飛び立った、比較的小型のクボウです」
男性アナウンサーの淡々とした声が響き、画面が切り替わる。
いきなり空を飛んでいる八角形の黒い物体が映る。比較対象がないため、大きさが分からない。一瞬フリスビーくらいかと思ったら、いきなりその八角形の板は山脈のむこうを抜けて行く。遥か彼方に見える山脈の向こうにあって、あの大きさ。ということは、こらも常識外れに大きいことが分かる。
「──こちらのクボウは比較的小型ではありますが、その直径は二十キロメートルに達します。これらが一基のテンクウからそれぞれ二十基も発進し、あちこちに向けて飛び去りました。現在当局はこのクボウの飛翔先を追跡中です。また、このテンクウ、クボウの名称は、ジャバラの宇宙船同士が交わしている通信から判明した名称です。彼らの言葉が地球の言語に翻訳できるかは分かりませんが……」
ふたたび映像が切り替わった。
スタジオにいる生真面目そうな男性キャスターが、カメラ目線で語り始める。
「現在各国政府の意向は、この宇宙船に対して、われわれ人類が敵対する意志のないことを現すメッセージを早急に送信することで一致しております。世界中のあらゆる言葉で、平和と共存、友愛を意味する単語を送信し、異星人に友好を呼びかけています」
ちょっとテレビを見ない間に、世の中は大変なことになっていたらしい。どこからか異星人が宇宙船でやって来て、地球に降りてきたのだ。あまりにも突飛過ぎて、退助はニュース映像がなにかのフィクションではないか?とか、これは映画を放映しているのではないか?と、そう信じたい気持ちだった。
そもそも今は、目前の地震のことで手いっぱいで、とてもとても地球のどこかの海の上に降りてきた異星人のことなんて構っていられない。それが本音だった。
「異星人だってんならさ、とっととあたしたちを救助に来なさいよ」子供を膝の上に抱いた母親が悪態をついていた。「そんな凄い宇宙船もってるくせして、ぼうっとしてんじゃないわよ」
退助もおなじ気持ちだった。
だが、改めて他人に言われて、ふと思う。
大人はいつも、責任者を探しているな、と。
気に入らないことがあると、責任者を探し出してクレームをつけ、謝罪を要求するのだ。地震は誰のせいだ? 救助に来ないのは誰の怠慢だ? 食料がとどかないのは、誰に責任がある?
まるで彼らは、自分たちが高級レストランのお客様であるかのようだ。
常に問題のある奴を探し出して叩いていないと、気が済まないのだ。責任者とか、有名人とか、インチキ超能力者とか。
退助が、そもそもこの超地震が異星人『ジャバラ』のせいで起きたことを知るのは、もうちょっとあとである。この時点でのニュースは、それを報道していなかった。
理由は、きちんとした確認が取れていないからである。確認しないで報道してしまうと、責任者の首が飛ぶ。それが理由であった。
だが、退助は知らなかった。報道されているテンクウが、日本のすぐそばにいることを。北太平洋の一基とは、すなわち日本の東北沖で浮揚している一基であることを。
このとき流れていた映像は米軍提供のものであり、そのテロップが画像の端に表示されていた。映りこんでいるのも、米軍の艦船と航空機である。だが、場所は日本の東北沖。そして、そのテンクウから飛び立ったクボウの何基かが日本にいまこの瞬間、飛来しているとは、夢にも思わなかったのだ。
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