第37話 ポーラスター 安達太良
新しい自転による一日は長い。
神奈川県の相模原から出発したポーラスターは、比較的ゆっくりした速度で東北道を走り、約六時間をかけて福島県に入った。その間に陽は傾き、古い自転でいう午後三時くらいの角度まで低くなっている。そして、それを追うように迫る、緑色の超巨大な月とも見える惑星ラクシュミー。
鮮やかな若草色に輝く、碁盤目模様の巨大な天体が、傾く太陽に追いすがっている。おそらく明日の昼には追いつくことだろう。とすると、明日は昼でも暗い、ラクシュミーの蝕がおとずれる。昼間の陽の光を削ってさらなる闇を地球に落とす悪魔の惑星の蝕だ。
「そろそろ停まる場所を考えた方がいいな。夜は走らず、どこかに一泊する。サービスエリアなら、トイレもあるし、給油できる可能性も高い。食事にありつけるかもしれないから理想的なんだが」
ステアリングを握る黒崎が、だれにともなく語りかける。とはいえ、ここにいるのは退助と倉木のみ。倉木は聞こえていても滅多に返事しないので、退助が沈黙をさけて相づちをうつ。
「そうですね。サービスエリアを探しますか」
膝の上の地図帳を開いて、現在位置を探す退助。
「ここ、どのあたりですかね?」
「あー」黒崎は頭上を越えて行く表示を一瞥し、「このさきは二本松だな」そして、ちらりと脇を見て、「いま通り過ぎたのが、安達なんとかサービスエリア」
「ああ」地図帳の道を指でなぞりながら、退助はたずねる。「その、いま通り過ぎたサービスエリアっていうのに、とりあえず入っておいたら良かったんじゃないですか?」
「おまえ、通り過ぎてからそういうこと、言うなよ」
「アダタラ」
インカムで倉木が念仏みたいなことを言ってきた。
「はい?」
聞き返す退助。
「
ぼそりと伝えてくる倉木。
「だからさ、通り過ぎてから読み方とかいってくるなよ」
いいながら、途中でこらえきれずに黒崎は吹き出している。
退助はクスりとしてしまったが、後方席から黒い沈黙がただよってきたので必死に堪える。
「耐えてんじゃねえよ、てめえもよ」
笑いながら黒崎が退助を小突き、退助も堪えきれずに笑ってしまった。
「いや、通り過ぎちゃった黒崎さんが、そもそも悪いんですよね」
「俺が悪いんじゃない。間が悪いんだ。俺は悪くない」
「なんすか、その子供みたいな言い訳は」
「大きく見積もっても、俺は悪くない」
「だから、なんすか、その子供みたいな言い訳は。しかも、子供に向かって」
「君は中学生だよね」ふいに駅員みたいな口ぶりで言い出す黒崎。「だったら、子供料金では乗れないよ。大人料金だ」
「いや、それより」退助は相手にせず、地図帳を指でなぞる。「つぎのSAは、国見です。そこにしますか?」
「国見かぁ。ちょっと遠いなぁ」黒崎はすこし考えている。
「じゃあ、さっきのところまで戻りますか? 緊急事態ということで」
「いや、それも大人としてどうかなぁ。子供みたいな言い訳したとしても、大人としてそれは、どうかなぁ」
「だったら、国見しかないじゃないですか。つぎが国見なんだから」
「ああ」ちょっと黙った黒崎は、すこし考えて結論する。「じゃあ国見で飯にしよう。腹減ったろ?」
「そういえば、朝からなにも食べてませんね。地球の一日が長くなったんだから、一日四食くらい食べたいところですが」
「まあ、この時間だと、昼飯か夕飯かわからねえけど、どうせ日が暮れたら走らない。国見サービスエリアに入って、夕食。そして、今夜はそこに一泊だな」
「サービスエリアって、泊まるところないですよね」
「仮眠室があるところもあるが、国見はどうかな」
「ネットが繋がれば調べられるんですが」
「ああ。ないとほんと不便だな。とにかく仮眠室があって使えそうならそこで寝よう。なければ、シート倒してここで一泊だ。車中泊で悪いが、毛布の準備もしてあるし我慢してくれ」
「いえ」退助は肩をすくめた。「避難所の、体育館の床より百倍マシです」
「ははは、そりゃそうだな」
黒崎が顔を向けて笑った。
退助は小さく肩をすくめる。これは死出の旅路だと聞いたが、現状は楽しい。なんとも楽しい車の旅であった。そして、少なくとも飢えと寒さからは解放された。それだけでも、本当に有り難かった。
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