第10話 孔冥と秀吉 素数


 孔冥の提唱した特殊対策室はすぐには認可されなかった。もしすぐに認可されていれば、まっさきに異星生命体へ対応したとして日本は国際社会で鼻を高くすることができたのだが、日本の異星生命体特殊対策室がスタートするのは、それがロシアと中国、ついでアメリカで似たような組織が編成されたという発表を受けてからだった。

 つまり、他国が始めたので、あわてて真似をしたというわけだ。

 秀吉は忸怩たる思いでその報告を孔冥に伝えたのだが、かの天才科学者はその時点ですでに動き出していた。

 そう。政府の認可などどうでもいいのだ。頼りになる科学者たちを集めて、惑星ラクシュミーの状態から推測される生命の形態、文化の有無、思考アルゴリズムの予測、量子コンピュータによる対応シミュレーションをスタートさせていた。

 いっぽうアメリカとロシアの対策室は、惑星ラクシュミーへ対し友好を示すメッセージを送信するべきと主張し、各周波数で素数を現すパルスを発振しはじめた。

 またそれにともない、世界中の言語で「こんにちは」と「仲良くしましょう」のメッセージの送信も開始した。

 ただしこの事実は公表されず、報道管制および緘口令が敷かれていた。


「バカバカしいな」忙しい合間を縫って訪ねてきた秀吉に、孔冥は開口一番、世界各国の素数パルスの送信を揶揄した。「素数なんて、蝉でも知っている。送信してなんの意味があるんだ」

 孔冥はどうやらアメリカの周期蝉のことを言っているらしい。羽化するタイミングをずらすために、三年、五年、七年などの、素数の年数、土の中に眠っている蝉たちのことだ。

 しかし、秀吉は孔冥の無駄話に付き合っている場合ではない。

「異星人に送る友好の意思伝達の草案が欲しい。対策班で文面を考えてもらいたいんだが」

「君はバカか」

 孔冥は呆れ顔で肩をすくめる。

「われわれに異星人の言葉は分からん。友好も平和もあるか。異星生命体が存在するとして、彼らが自らの意志で地球に接近してきているとしよう。そして、その理由が侵略や殲滅なのだとしたら、われわれに打つ手は全くない。戦争にはならないぞ。棍棒持ったクロマニヨン人が、核弾頭装備の原子力潜水艦と戦うようなものだからな。いや、もっと差は大きいだろう。相手は重力波をあやつり惑星を動かすほどの科学力を持っている。対するわれわれは、世界中の科学者が束になってかかっても、いまだ重力波を検出することすらできていない。重力なんて、いつでもどこにでもあるってのに、われわれはまだ、それを検出できてすらいないのだ」

 言いながら孔冥は、これ見よがしに、手にしたシャープペンシルを机に落として見せた。

「じゃあどうするんだ」秀吉はいらいらと首を振る。「このまま手をこまねいて状況を見守るのか」

「いま、惑星表面の精査を続けている。僕たちにできることはそれくらいだ。すべてはあの惑星の胸先三寸。奴らが奴隷になれと言うなら僕たちは奴隷だし、奴らが美味しそうと思えば僕たちは餌だ。僕たちに選択権はない。今は向こうの出方を待つしかない」


 そんな会話をしてから三日後。

 とうとう惑星ラクシュミーは地球の衛星軌道に強引に割り込んできた。もし彼らに意志があるのなら、それは決して思いやりのある、紳士的な振る舞いではなかった。

 全世界で、大混乱が勃発した。


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