第15話 退助 避難


 ラクシュミーから破片が飛び散ったというニュースが流れたとき退助は、ふつうに学校に行っていた。中学に上がり、普通の生徒として学校に通っていたのだ。もっとも、クラスのみんなは口にこそ出さないものの、退助のインチキ超能力者事件は知っているみたいだったが。

 あれから父は会社をやめ、その関係で住んでいた一軒家を売り、神波羅家は練馬のアパートに引っ越していた。父は新しい会社に入ったが、前の会社より給料はずいぶん安い。父は今でも、会社をやめて収入がさがったのは、退助の超能力がインチキだったせいだと思っているようだった。

 母は家計を助けるためにパートで働き出し、家にあまりいない。

 妹は大きくなって生意気になり、兄がむかしテレビでインチキ超能力を暴かれて炎上した過去を知っており、あきらかに退助のことをバカにしていた。

 そのころの退助の楽しみは、だからゲームだけ。

 家が金持ちではないので、フリープレーの携帯ゲームでずっと遊んでいたのだが、不思議とスコアが良かった。

 ある日ダイレクト・メールがきて、ドローン操者をやってくれないか?という話が舞い込んだ。ネットを介してドローンの操縦をする。そういうバイトの依頼だった。

 最初は詐欺ではないかと疑ったが、調べてみると案外大きな会社で、山間部でドローンを飛ばして、映像の撮影などをしているらしい。担当者の話によると、ドローンによる撮影は、操縦者の技術でクオリティーが大きく変わるらしく、会社としては腕のいい操縦者をいつも探しているということだった。

 退助は親に内緒でこのバイトを始めた。

 会社から送られてきたコントローラーとVRゴーグルをもって、ネット喫茶にいき、そこから繋いで、遠く山奥にいるチームが運び込んだドローンを操縦するバイト。

 簡単にできて、時給のいいバイトだった。そして、なによりもドローン操縦が楽しい。

 思い通りに空を飛べるし、慣れると宙返りもできる。退助は依頼のある日は、たまに学校をさぼってネット喫茶に入りびたることもあった。

 飛べば飛ぶほど、退助は上手くなった。

 マイクの指示どおりに飛んで、映像を撮るだけなのだが、風の影響を受けやすいドローンを峯や谷で自由に、そして安定させと飛ばせられる者は少ない。やればやるほど、退助のランクはあがってゆき、気づいたら退助の時給は始めたころの三倍になっていた。

 担当者から聞いた話では、退助は業界で「先生」と呼ばれているらしかった。

 それにつれて退助の仕事も難易度が上がってゆく。

 あいかわらず映像撮影は多かったが、そのクライアントが個人から映画会社に変わってきた。

 災害の救助の仕事も増えた。

 台風の中、崖から落ちた遭難者を探したり、雪崩のあとの雪山を捜索したり、ビル火災現場の要救助者の人命検索をしたこともあった。

 これらの現場で退助は合計五人の人間の命を救った。警察署や消防署から感謝状が出されたが、受け取りにはいかなかった。名前を出すのも控えてもらった。なにしろ彼は、有名人なのだ。ドローンの操縦で人を救ってそれが報道されても、ニュースになるのは人を救ったことではない。人を救った彼が、過去にインチキ超能力者としてテレビに出ていたという過去だからだ。

 そのため、このころの退助は、よく学校をさぼる、問題のある不真面目な生徒ということになっていた。クラスでも、家でも。


 朝のニュースでラクシュミーから破片が飛び散ったというニュースが流れたときも、退助はそのことを全く気にしていなかった。そんなニュースがあったことすら気づいていなかったかもしれない。

 通学路の途中で空を見上げるときに、月に似た扁平な白い天体が空に浮いているなぁ、くらいにしか思っていなかった。あれがラクシュミーかぁ。そんな感じである。

 それよりも彼の頭の中は、つぎのバイトのことでいっぱいだった。

 今度の企画は国外で、中国の天山山脈を大型のドローンで飛ぶことになるという話だった。そして、ギャラも破格だったのだ。

 退助は最近、高校進学を諦めて、プロのドローン操者になるべきか、そんなことを悩んでいた。それは自分の人生の進路であり、悩みとしては大きなものだったはずだ。

 もしも宇宙から巨大な侵略兵器が降ってきたりしなければ……。


 社会科の教師は渡辺というおっさんだった。歳は五十くらい。薄くなりだした頭の毛を後ろに撫でつけたでっぷりした男で、性格は嫌味だった。彼の授業はいつもつまらなく、生徒はただ、眠気覚ましに黒板の字を写しているだけだった。

 だから、その日の授業中、かりかりと響くシャーペンの静寂を破って、ひとりの男子生徒が急に「まじかよ!」と大声をあげても、渡辺は彼の話を聞かずに注意した。

「おい、授業中だぞ。スマホなんか見ているんじゃない。没収だ。それを持ってきなさい」

 不機嫌そうに黒板の前から生徒に命じた。

「でも、先生。大変ですよ。隕石が地球に落ちてくるんだって!」

「バカなことを言ってないで、はやくそれを持ってきなさい」

 渡辺はイライラと声を荒げた。教師の威厳が傷つくと思ったのかもしれない。

 だが、そこに突然、校内放送が入った。

『生徒のみなさんにお知らせします。ただいま地球に巨大隕石が接近しているとの報告が入ってきました。東京都より緊急避難勧告が発令されています。一年生から順番に下校してください。先生方は生徒が安全に下校できるよう、指示をお願いします。繰り返します、生徒のみなさんにお知らせします……』

 ここからの大混乱は、知っての通りだった。

 生徒たちは一年生から順番に下校するよう指示が出たのだが、じっさいには各学年めちゃくちゃに昇降口に殺到してしまい、怪我人がでる騒ぎになった。廊下で先生たちが「ちゃんと指示に従いなさい!」と怒鳴っていたが、意味がなかった。そもそも、きちんとした指示を先生たち自身が出せないのだから。

 あとで聞いた話だと、このとき社会の渡辺はまっさきに逃げ出していたらしい。

 そして、この一時間後、逃げるのをあきらめて学校に残っていた退助は、震度九超の大地震を体験することになる。

 じつはこのとき、地球に接近していたのは隕石ではなかった。隕石と誤解されたジャバラの宇宙兵器も接近していたのだが、急加速した惑星ラクシュミーが強引に地球軌道に割り込んできていたのだ。最接近は二日後のクリスマスではなかった。予定の日の一週間前に、ジャバラの惑星は地球に襲い掛かってきたのだ。


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