第5話 黒崎
「神波羅退助という少年がいる。彼を探し出して、連れてきて欲しい」
内閣総理大臣直属の特別対策室特殊作戦課の三田村秀吉管理官から直々に下された命令が、それだった。
現在東京都民は緊急事態として近県への強制疎開によって散り散りになっている。家族といまだ会えていない者も多い。
そんな中、黒崎に与えられたのは準天頂測位衛星信号の優先使用による個人の位置情報だった。彼はその位置情報を追跡し、神波羅という少年がいる相模原の中学校へと向かった。が、やっと見つけた少年は、なにやらトラブルに巻き込まれている様子。しかし、黒崎は彼を助けようとは思わなかった。
「その、神波羅という少年はいったい何者なんですか?」
「詳しいことは俺も話せない。だが、場合によっては地球と人類を救うカギになるかもしれない存在だ」
「へー」
半信半疑だった。
圧倒的な科学力と戦力をもって地球に攻め込んできた異星生命体『ジャバラ』。奴らの前では世界中の軍隊が束になってかかっても全くの無力。完全に子ども扱いだった。まさにクロマニヨン人がハイテク兵器に身を固めたネイビー・シールズに挑むようなものだったのだ。
それを、中学三年生の少年が倒すというのか? どうやって? 変身して巨大ヒーローにでもなるというのか?
黒崎は最初からこの作戦をバカバカしいと断じていた。やるだけ無駄な、自己満足のオペレーションであると判断していた。今はもっと他に、レンジャー隊にはやるべきことがある。それが黒崎の考えである。が、軍事組織とはそういうものではないのも事実。
やれと命じられたら、おかしいと思っても絶対遂行。それ以外にない。
とはいえ、彼を連れてこいとは命じられたが、無事に、とは言われていない。もし彼が本当に地球を救うような特別な少年ならば、ここで何人かのいじめっ子たちに負けるようなことはあるまい。それなりの対処というものができるはずだ。
黒崎はいじめっ子たちに取り囲まれ、リーダー格の少年に殴られる神波羅少年を観察することにした。神波羅少年が殴られ、大地にうずくまり、他の少年たちから容赦なく踏みつけられる姿を、黙って傍観した。
なにもしなかった。
黒崎はなにもしなかったが、神波羅少年もなにもしない。抵抗もしなければ、下手な悲鳴もあげなかった。心が強いのか、あるいは痛みに鈍感なのか。
「ちがうな」
くわえ煙草でうそぶく。
「ありゃあ、単に諦めちまってるだけだな」
とんだ期待外れだ。そう思い、そろそろ止めようと腰を上げかけた時だ。
一人の少年が山の斜面を指さして悲鳴をあげた。
黒崎は最初、少年が指さしたものが何だか分からなかった。黒い何かがもの凄い速度で斜面を駆け下りてきている。しかも、いくつも、いくつも。
一瞬それが野生の猿の群れかと思えたのだが、すぐに違うと気づいた。
まず、猿より遥かに速い。そして、大きい。黒光りする金属の身体は、人間と同じ二本の脚と二本の腕を持ち、ただし頭はおかしな三角形。それが異星人の大群であることに気づいたときにはすでに遅かった。
黒崎はこのとき初めて遊星ラクシュミーから飛来した『ジャバラ』の種族の、ブシと呼ばれるヒトガタの怪物に遭遇した。それまで映像データでその高い運動能力に関する知識は蓄えられていたが、実物は彼の想像をはるかに超えた代物だった。
まるでビデオ映像の早回しである。
あっと思ったときにはすぐそばまで迫っており、その先頭集団はたちまちのうちに少年たちに飛びかかっていた。
独特の三角形の頭が展開し、サバイバル・ナイフのハサミ・ツールみたいに対のブレードが広がる。そしてそれがばちんと閉じたとき、少年たちの首は弾かれたように空に舞った。まるで殺戮というゲームのキックオフを告げるかのように。
彼らのスピードから人間は逃げられない。戦うしかないのだが、人類の携帯武器で彼らに有効なものはひとつもなかった。彼らの身体を覆う金属は、地球の常識をはるかに超えた剛性があり、銃弾も爆弾も通用しない。黒崎は作戦において護身用に大型のマグナム拳銃を支給されていた。だが、熊をも一撃で殺す銃弾も、ジャバラのブシには通用しない。一説によると、対戦車砲以下の武器ではブシに有効なダメージを与えられないというデータがあるらしい。反射的にジャケットの下のホルスターに手を伸ばした黒崎は固まってしまう。
が、はっと気づいて、あの神波羅少年に視線を飛ばした。彼は驚いたことに、走り抜けるジャバラのブシの群れの中で、丸くうずくまり微動だにしていない。その彼を、ジャバラのブシどもは路傍の石でもよけるみたいに迂回して駆け抜けて行く。
黒崎はすかさず、彼に倣ってその場にうずくまり、死んだふりをした。とっさにとった行動だが、それは嘘みたいに効果的だった。
暴走バイクの集団のように彼に接近したジャバラの群れは、あたかもそこにうずくまっているのが地球人ではなく一塊の岩でもあるが如く、彼の身体をよけて走り抜けて行ったのだ。
やがて静寂がおとずれ、鳥たちのさえずりが戻ってくる。おそらく異星の侵略者は去ったのであろうと、黒崎は顔を上げ周囲を確認し、ゆっくりと立ち上がった。
空は青く雲はひとつもない。成層圏まで見透かせるほど晴れ上がった空。高台からの眼下には、相模原の市街。突如現れて、暴風のように去っていったジャバラどもの姿はあとかたもない。まるで幻のように消え去っている。ただし、駐車場には八人の少年の遺体が転がり、すこし離れた場所に彼らの頭部が散らばっていた。
黒崎は衛星電話を取り出すと、インカムに声をふきこむ。
「緊急事態だ。ジャバラのブシに遭遇した。一個中隊クラス。斜面を駆け下りて行った。いまここに八人の少年に遺体がある。回収をたのむ。こちらはなんとかイザナギと合流。彼を回収し、一番星へ戻る」
イザナギとは、神波羅少年のコードネームだ。敵は異星人なのだから、別に暗号を使う必要もないと思うのだが、そういうところが自衛隊もやはり軍事組織。決められたルールの上でしか作戦を立てられない。
黒崎は、駐車場の真ん中で今もうずくまっている神波羅少年にちかづくと、その背中をとんとんとノックする。
「ほら、行くぞ」
ややあって返答があった。どうやら生きてはいるらしい。
「行くって、どこへですか?」
言外に、どこへ逃げても仕方ないでしょうという非難がこめられている。まあ、たしかにその通りだから否定はしない。だが、現実はいつも当事者の予想を裏切って想像以上に厳しいものだ。
「行く場所なんて決まってるだろ。地獄の一丁目だよ」
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