第7話 残念王子と天使の出会い ※残念王子目線



 僕は宰相の家で1ヶ月世話になることになった。


「うちにいる間、殿下のことはラファエル君と呼ばせていただきます。うちの子達には、殿下のことは、私の2番目の子のベルナードの友人として紹介しますから、ご承知おきください」

「分かった。じゃあ、今から僕は貴方に対して、敬語で話すことにする。貴方は逆に、僕に……いえ、私に話す時は、敬語を取ってください」

「分かった、そうしよう。じゃあベルナード、ラファエル君をあの子達に会わせてあげて。今は勉強時間が終わった後だから、庭にいるはずだよ」

「承知しました、父様」


 そう言って案内してくれたベルナードに付いていくと、ほとんど森では? と思うくらい大きな庭に出た。



 そこには、天使がいた。



 いや、よくよく見ると、生きてそこにいる女の子だった。


 シルバーブロンドのストレートヘアに、アイスブルーの吊り目がちな大きな目。桜色の唇がしっとりと色っぽい、最高に可愛い女の子がそこにいた。僕は彼女にしばし見惚れていたけれども、そのうちにだんだんと気がついた。僕は、その見た目に覚えがある。


(『えくぜくてぃぶ☆ときめき学園ラブリー生活』……?)


 前世の最期に、妹の由里から聞いていた悪役令嬢そのものの姿の彼女が、目の前にいた。


 パッケージに描かれたのは絵だったけど、実写の魅力は凄い。匂い立つような美人だ。しかも、僕の好みのど真ん中。えっ、何これ、本当に美人で可愛いんだけど、僕の妄想による幻覚じゃないのか。

 どうやったらこの子と仲良くなれるだろうか。あの時由里はなんて言ってた? 第一王子と無理矢理婚約させられて……あれ、第一王子って僕? 無理矢理僕と婚約させられるの? 僕としては嬉しいけど、どういう経緯で?


「フィリー」


 ベルナードがそう呼ぶと、少し冷たいとも思えるような顔で、彼女は振り向く。そして、花が咲いたように顔を綻ばせた。


「兄様」


 胸がドクンと音を立てた。


 冷たい表情から一転、身内にだけ見せるのだろうその笑顔は、たまらないくらい魅力的だった。

 ずっと見ていたい、僕にも同じ顔で笑いかけてほしい。


 そう思うと、僕はつい、彼女の兄と同じように、彼女を何度も愛称で呼んでしまった。


「私のことは、フィルシェリー嬢と呼んでくださいませ」


 そう言う彼女との距離をなんとか縮めたくて、隙を見ては彼女を遊びに誘う。

 よく分からないが、彼女と二人で遊びたかった。僕を見て、笑顔で話をしてほしかった。侍女達や、僕の周りにいる女の子達とは、楽しく会話するぐらいしかしたことがなかったけど、彼女とは色んなことをして、沢山の思い出を作りたかった。


 でも、全部断られたので、仕方なく僕は一緒に勉強することにした。


「勉強より楽しいことがいっぱいあるじゃないか」

「あなたは勉強が必要な立場なのでは?」

「あー、うん。そうかもね。よく分かったね」


 彼女は意外と鋭い。授業の受け答えを見ていても、空気を読むことが上手いように思う。


「勉強が必要だから、うちに投げ込まれたんでしょう? その右に積み上がってる宿題が終わらないと、今日はここから出られないわよ」

「凄い量だなぁ……こんなに必要? 全く……」


 仕方なく僕は、その宿題を手に取って、問題を解き始めた。


 僕と彼女の持っている宿題の内容は一緒だ。同じ年とはいえ、転生者である僕と普通に生まれたであろう彼女の勉強進度には差があるけれども、僕の滞在時間は1ヶ月ぽっきりだったので、二人ともが習っていない部分を一緒に習うことになっているのだ。


 ちなみに勉強内容は、幼児の時と違って、僕にとっても知らない知識ばかりになってきていたけれども、僕は転生前も転生後も暗記だけは得意だから、大して難しいとは感じなかった。

 先程の授業で習ったことを復習させるだけの内容にげんなりしながら、僕は問題集を汚すことに専念する。そのまま全ての問題を解き終わると、彼女が驚いたようにこちらを見ていた。


「あんなに不真面目に聞いてたのに。覚えてるの?」

「一回聞けば分かるだろう?」

「……」


 彼女が無言で、僕の解いた宿題の紙をめくる。


「……合ってる」

「そりゃあね。さっきの授業で聞いたばっかりの話の復習じゃないか。僕、そういうの本当に嫌いなんだよね。つまらないし、意味がない」


 退屈でつい、くるくるとペン回しをしていて、ふと、彼女が静かになっていることに気がついた。


「……フィリー?」


 彼女が、珍しくこちらを見ている。こちらを見て、頰を膨らませて、涙目になっている。


「フィリー。えぇ……?」


 あれ? この子、拗ねてる? こんなゲームみたいな、分かりやすい表現で?

 驚きと戸惑いで、しばし困惑した顔をしてしまったけれども、だんだんと、そんなふうに拗ねた顔を見せてくれたことが嬉しくなってきて、つい彼女の頬を突ついてしまった。


「何するんですか!」

「フィリーが可愛い。もの凄く可愛い」

「ばか! どうせ一回じゃ分からないもの! ずるい!」


 ぷいっとそっぽを向いて、図書室に向かう彼女に、僕はそのまま付き纏う。


「フィリー、どこにいくの」

「もう終わったから図書室に行きます」

「えー、僕と外で遊んでよ」

「ラファエル様とは絶対に遊びません!」

「フィリーは可愛いなぁ」

「嫌い!」


 一所懸命に僕を避けようとする彼女が愛しくて可愛くて、僕は結局その日も彼女に付き纏い続けてしまった。


 何だろう、今までにないくらい心が浮き立っている。毎日が楽しくて仕方がない。

 こんなに可愛い子が婚約者になってくれたのに、ヒロインにふらふらする攻略対象の第一王子って何なんだ? 僕には信じられない。


 彼女と婚約したい。彼女がずっと傍にいてくれたら、毎日どんなに幸せだろうか。

 僕が彼女と婚約できたら、消えない傷跡が残る怪我なんて絶対にさせないし、そのまま結婚に持ち込んでみせる。


 そういえば、僕と彼女は無理矢理婚約するんだったか。無理矢理は可哀想だと思うので、なんとか彼女の同意を得て婚約したい。

 ああ、でも、公爵令嬢である彼女と婚約しようものなら、そのまま僕は王太子になってしまいそうだ。それは困る……。



 そんな勝手な悩みを抱えながら、僕は彼女との時間に幸せを感じ続けていた。


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