第2話 私の婚約者は残念王子
「ね〜シェリー、妹のとこの侍女で、ボワロー伯爵家の次女なんだけどさ。最近めちゃくちゃ可愛くなったよね。何かあったのかなー」
「数学と政治の授業面倒臭い。僕の教育は全部、地理と世界史と魔法実技の授業で埋め尽くして欲しい」
「あー無理。僕が第一王子とか本当に無理。王太子は弟に期待するのがいいと思う」
「シェリー、今日も可愛いね! 抱き締めていい?」
私はフィルシェリー=ブランシェール、14歳。ブランシェール公爵家の長女だ。
私は今、王宮の一室で、第一王子殿下と共にいる。私の父は宰相をやっているが、もちろんそれが理由ではない。
「ちょっと、離してください!」
「シェリーはつれないなぁ」
私は、許可も出してないのに私に抱きついてきた殿下に、デコピンをかます。私にデコピンされた額を撫でながら、嬉しそうにこちらを見てくるところまでが定番の流れだった。
「許可も出してないのに勝手に抱きつかないでください」
「シェリーは僕の婚約者じゃないか。ちょっとくらい触りたい」
「言い方。本当、最低ですね」
「シェリーに言われると、なんか嬉しいんだよね」
「変態」
私は、この国の第一王子のラファエル殿下の婚約者だ。今この王宮にいるのは、王妃教育を受けるため。そして、先程まで受けていた歴史の授業で、今日の授業は終わりだった。用がないので私はさっさと帰ることにする。
「シェリー、本当に帰っちゃうの?」
「はい。嫌ですがまた明日来ます」
「泊まって行っていいんだよ?」
「帰ります」
そう言ってそっけなく去ろうとした私の手を取り自分の右手に絡ませる。
「馬車までエスコートいたしましょう」
「……なんでその仮面を私の前だけ外すんです?」
「えー、だって婚約者じゃないか。身内だよ身内」
「婚約者になる前からそうでしたよね?」
「そうだっけ?」
けらけら笑いながら私を馬車まで送り届ける殿下。
そうしている間にも、若い侍女を見つけるたびにふらふらと手を振っていた。王宮の侍女たちはよく訓練されていて、へらへら笑う殿下に対しても鉄面皮で対応している。
しかし、私は知っているのだ。侍女たちは、殿下しかいないところでは、殿下のことを皆でちやほやしていることを。知っているというか、実際、何度かそういう場面に出くわして目にしている。私が現れると蜘蛛の子を散らしたみたいに解散するのも、なんだか腹立たしいことだ。
「また明日。待ってるよ、シェリー」
「……はい」
「しぶしぶかぁ。それも唆る」
「最低」
そう言うと、私は馬車に乗り込んだ。
私は、婚約者のラファエル殿下のことが、割と真面目に大嫌いだった。
********
家に帰ると、珍しく父様が早退けしたのか、居間で紅茶を飲んでいた。
「おかえり、フィリー。今日の王妃教育はどうだった?」
「可もなく不可もなくです。……いえ、最悪でした。また殿下に絡まれました」
「お前は殿下のことが本当に嫌いだなぁ」
「はい」
今更な事実を確認する父様に、私ははっきり答える。
「早く婚約を解消してください」
「殿下はお前のことが大好きだから無理だなぁ」
「娘の幸せより他所の息子の幸せを取るんですか」
「あれは割といい王になると思うよ?」
「王としてはなかなかいい線いくでしょうね」
冷たく言い放つ私に、父様はため息をつく。
「お前はなんだかんだ、殿下のことを認めてるんだよな」
「そうですね。でも、王としての資質の話と、私の配偶者としての資質の話は別です」
「お前が殿下を認めれば、話は早いんだが」
「ありえません」
アイスブルーの目でひと睨みすると、父様は震え上がったような演技をする。
「まぁ、しっかり殿下を説得しなさい。足元はみられないようにな。父さんは王家に恩を売りたいが、恩を売られたくはないんだ」
「最低」
「うん、父さんは最低が売りの、今をときめく宰相だからな!」
「着替えてきます」
私はげんなりして自室に戻る。
侍女のマリアンヌが、私の着替えを手伝ってくれた。
「もう本当に嫌。マリア、あのとっておきのフレーバーティーを入れてちょうだい!」
「かしこまりました。お嬢様は本当に、殿下がお嫌いですねぇ」
「当然よ! これだけツンケンしてるのに、一体何を気に入っているのかしら。見た目だって、割と怖いでしょ?」
私の容姿は、別に悪くはないと思う。
しかし、怖い。つり目がちのアイスブルーの目に、シルバーブロンドのストレートヘアで、友人たちにも氷の女王と呼ばれている。とても男受けするような見た目ではないと思う。
「お嬢様の容姿は、一部の男性方に過度に好かれておりますものね……」
「マリア?」
「いえ、なんでも。さぁ、紅茶ですよ」
「マリア、大好き」
そう言ってにっこり笑うと、マリアンヌは頬を染めて照れながら紅茶を差し出してくれる。
ふんわりと甘いバニラの香りが漂ってきた。
「この紅茶、いいわよね」
「ラファエル殿下からのいただきものですよ」
「いいのよ。物に罪はないの」
そう言って紅茶を味わう。うん、素敵。
「早く解消したい。早く解消したい。早く解消したい」
「そろそろ諦めなさいませ」
「ううん、諦められない。私あいつ嫌い」
元々、私の気持ちを聞かずに、殿下と王家の意向だけで勝手に決めた婚約だ。
私は、私の結婚への夢を打ち砕いたこの婚約が嫌で仕方ない。
「元々、好きになる要素とかあった?」
「もの凄い言い様ですね」
「ストレスが溜まっているの。婚約者だからって、一々ベタベタしてくるのも気持ち悪い」
女友達も仲がいい侍女も沢山いるんだから、そっちで手を打てばいいのに。
なんで殿下は私に執着してるんだか。
「そろそろ末期ですね……」
「うん、私も自分でそう思う。限界が近い」
「もうそれを、相手に伝えるしかないのでは?」
「……」
私は顎に手を当てて思案する。
「それもいいかもね」
まずは伝えてみることが大切かもしれない。
スルーされそうだけど、と思いながら、私は美味しい紅茶を飲み干した。
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