第9話 揺らぐ残念王子 ※残念王子目線



「分かった、一生戦おう。よろしくね、シェリー」



 そう言ってから早2年、14歳になってしまった僕は、既にかなり参っていた。



 シェリーは2年間、ずっと僕のことを嫌いなままだった。

 どうやら、ありのままの僕に、彼女から好かれる要素はないらしい。



 実は一度、これはいけないと思って、誠実なイケメンの演技をして接してみたこともある。

 他の女の子の話題は一切出さない、愚痴も言わない、いつも笑顔でポーカーフェイス、必要以上に触らない……本当に苦行で、辛かった。


 まず、やってみて最初に苦しかったのは、シェリーに対して愚痴を言うのをやめることだった。

 よく考えると僕は、男女問わず同世代の友人に対して、愚痴を言うことがなかった。僕は意外と格好つけたがりだったらしい。 

 授業をサボるために教師や両親にはわざと文句を言って逃げていたけれども、同世代の知り合いの中で僕が弱音を吐くのは、シェリーに対してだけ。だから、それを我慢するのは途方もなくストレスが溜まったし、なんだかどうしようもなく寂しかった。


 そして、僕はそれまで気づいていなかったのだけれど、僕はシェリーに対して、息をするように他の女の子の話題を出していたようだった。だから、頻繁に「そういえば――ああいや、なんでもない」みたいに、誘い受けのような話し方をしてしまい、あからさまに挙動不審だった。


 そうしたら、シェリーの侍女のマリアンヌに、止めた方がいいと止められてしまった。


「殿下。差し出がましいと思うのですが」

「僕と君の仲じゃないか。忌憚のない意見が聞きたい」

「どんな仲ですか。――ええとですね、お嬢様は、その違和感たっぷり理想の王子様大作戦をとても喜んでおられます」

「……喜んでるのに、止めた方がいいの?」

「ですからその、婚約解消が近いと喜んでおられます。本音で話をしなくなった分、更に距離が開いたと」


 僕は目を丸くした。


「僕の好感度は……」

「さらに下がっております」

「で、でも、シェリーは、僕のだらけたところが嫌いだって……」

「お嬢様曰く、気を許してだらけきった婚約者も嫌だけれども、婚約者に気を許してもらえないのは更に腹立たしいそうです」

「だらけたら嫌われて、シャキッとしたら腹立てられるの!? そんな無体な」


 という訳で結局、シェリーの理想の王子様になる作戦は失敗してしまった。僕は無理をすることを放棄した。シェリーはいつの間にか元に戻った僕を見て、不思議そうにしていた。


 そして、この作戦の失敗は、僕の心に大きな傷を残した。

 真面目なふりをしても、実際に不真面目な気持ちを吐露しても嫌われてしまう。僕が僕でなくなるしか、彼女に好かれる方法はないらしい。


(婚約解消に、同意した方がいいだろうか……)


 一生戦おうと言ったはずなのに、シェリーの強敵ぶりに、たった2年で挫けている。これはあれか、この失恋続きの2年間の心の傷に、ヒロインが入り込んでくる、というやつなんだろうか……。


(自分で無理矢理婚約しといて、すぐにふらつく。僕って本当に最低なんだな……)


 自分の残念キャラぶりに、我ながらほとほとげんなりする。




 あとは、シェリーの消えない傷跡の問題があった。


 前世の妹の由里によると、僕とシェリーは14歳の夏に王立劇場で襲撃を受けるはずだった。

 だから、14歳になった僕は、徹底的に王立劇場を避けた。


 世界ゲームが流れを補正しようとしてるのだろうか、夏になると、僕のところに王立劇場のチケットが意味不明なくらい舞い込んできた。両親、友人、宰相閣下、侍女……ありとあらゆる知り合いから、シェリーと二人で行ってこいと観劇チケットを譲られそうになったのだ。どうした、皆、襲撃者と手でも組んでいるのか?

 僕は鉄の意思で全ての誘いを断り、シェリーには、「あーシェリーと観劇に行きたいなぁ」とうそぶいておいた。シェリーは僕の希望と真逆のことをしようとするから、これでいいのだ。


 結果として、何事もなく、14歳の夏は過ぎ去った。


 正確には、王立劇場で軽いテロ事件が起こったから、何もなかった訳ではなかったけれども、シェリーが消えない傷跡を負うようなことはなかった。秋が深まり、とうとう樹木の葉が落ちきって枯れ木になった頃、僕はほっとしてシェリーに抱きついた。いつもどおり、デコピンをされた。



 本当に油断していた。

 まさか、時期や場所を変えてまで、僕とシェリーが襲撃に遭うなんて、思っていなかった。



 だから、王立図書館にいる時も、大概くだらないことを考えていた。

 シェリーの借りようとした本は乙女ゲームみたいな内容だなとか、シェリーにはそのうち好きな男ができるんだろうなとか、それは僕じゃないんだろうな、とか……。


(せっかくシェリーに消えない傷跡がないんだから、さっさと婚約解消してあげた方がいい……)


 彼女に好きな男ができてからでは、僕はきっと、彼女の読んでる本の悪役令嬢みたいに狂ってしまう。それに、シェリーの立場を思うなら、婚約解消は学園が始まるまでにしておいた方がいい。だから、婚約を解消するならまさに今だ。そう思うのに、そのことを口に出そうとすると、喉が詰まって言葉が出てこない。


 震えるほど、彼女のことが好きだった。

 こんなに人を好きになったことは、前世も含めて初めてだった。こんなに、心が弱くなるとは思わなかった。



 そして、王立図書館で、シェリーの目の前を矢が通り過ぎた時、僕は色んなことを後悔した。

 僕は14歳の夏に、王立劇場さえ避ければ大丈夫だと思っていた。軽く考えていた。

 こんな危険な目に合わせるなら、シェリーと婚約すべきじゃなかった。いやそもそも、ゲームの事前知識がなかったとしても、彼女を本当に大切に思うなら、王子の婚約者なんて危険な立場に据えるべきじゃなかった。本人が全く望んでいないというのに。


 シェリーのことを絶対に守る。そう思って気を張っていたので、なんとかナイフの前に飛び出したシェリーを庇うことができた。正直、前世の知識でシェリーに庇われることを事前に知っていなかったら、こんなに上手く動くことはできなかったと思う。

 そして、痛いのは嫌だなぁと、こっそり恋愛小説の第1巻をお腹に忍ばせていたことが意外と功を奏して、なんとか僕は命拾いした。僕のだらけた気持ちも、たまには役に立つらしい。なんとしても僕を学園に入学させようとする世界ゲームの補正力かもしれないけれども。




 深夜、刺された腹の痛みで目を覚ました僕は、窓の外の満月を見ながら、心に誓った。


 明日、シェリーとの婚約を解消する。


 学園入学まであと1ヶ月、僕は絶対安静だからこれ以上何もないとは思うけれども、少しでもシェリーが怪我をする可能性は低くしておきたい。

 それに、シェリーだって、こんな怖い目に遭う立場はもう懲り懲りだと思っているだろう。


 自由を求める彼女を、これ以上縛り付けて失うようなことになったら、僕は耐えられない。


(シェリーのためじゃなくて、僕が耐えられないからか。僕は本当に、自分のことばかりだ……)


 自分でも情けなくて、ぽろりと涙が溢れる。



 本当に、僕は大したことがない人間なのだ。

 頑張ろうと思えたのは、シェリーの言葉があったから。嫌がっていても、シェリーがそこにいてくれたから。



「ごめんね、シェリー」



 あと何回、彼女の愛称を呼ぶことができるだろうか。何回抱きしめて、何回デコピンしてもらえるんだろうか……。


 彼女の前では、こんなふうに泣いたり、弱い自分を見せないようにしないといけない。明日は絶対、笑って、彼女に振られるんだ。

 そんなことを思いつつ、僕は枕を濡らして眠りについた。



 そして翌日、シェリーと会った僕は、早速満月への誓いを破ってしまったのだった。


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