第4話 私、残念王子に捕獲される



 それから、ラファエル君の勉強態度が180度変わった。


 熱心に勉強するようになったし、私を外に誘うよりも、私の傍で、さらに別の勉強をするようになった。

 だから私は、15時を過ぎた後は弟達を含めて、彼の希望するとおり、外で遊んだ。

 庭や、領地の森で駆け回って遊ぶだけで、都会っ子ぽさのある彼が言う『外で遊ぶ』とは違ったかもしれないけれど、ラファエル君はずっと笑顔で、心から楽しそうにしてくれていたと思う。


 それに何より、私のことを、ちゃんとフィルシェリー嬢と呼ぶようになった。


 きっと、彼も大人になったのだ。

 そう思うと、私はなぜだか感慨深い気持ちになった。同い年なんだけどね!



「フィルシェリー嬢、1ヶ月間どうもありがとう」


 そう言って吹っ切れたように笑うラファエル君に、弟達は泣きながら抱きついていた。


「また遊びに来てね」

「いいの? 最初の頃は、あんなに帰れ帰れっ言ってたのに」

「それは、あの態度だったから……!」

「分かってる、ごめん」


 そう言うと、ラファエル君は私の手をとって、紳士のキスを落とした。


「絶対にまた会いにくる」

「……いいけど、そういうこと言うのは好きな女の子相手のときだけにした方がいいわよ」

「僕はフィルシェリー嬢のこと、大好きだよ?」

「はいはい」


 本当にラファエル君は女好きなのだ。友人でいるうちはいいけど、絶対に婚約者とか妻にはなりたくない。


「じゃあね。気をつけて」

「そっけない」

「いつもどおりよ! 面倒臭いわね」

「漏れてる! 本音が漏れてる!」


 大袈裟なラファエル君を見送りながら私は肩の荷が降りたような気がした。


 彼は本当に面倒臭いから、あと5年は会いたくない。


 そう思っていたら、3日後の夜、父様の執務室に一人で呼ばれた。


「フィリー。ラファエル君のこと、どうもありがとう」

「父様」

「能力は高いのに不真面目で問題児だったラファエル君が、あんなに更生するなんて、正直期待以上の結果だった」

「大袈裟です。だいたい、私は何もしてませんよ」

「フィリーは謙虚だなぁ」


 そう言って満足そうに笑う父様に、私はなんだか嫌な予感を感じて、じりじりと後ずさりする。


「父様。言いたいことはなんですか」

「鋭いのは目つきだけじゃない。さすが私の愛娘。うん、今回のことをだね、ラファエル君のご両親も大変喜んでだね」

「……」

「ラファエル君の強い希望もあって、彼がフィリーの婚約者になることになった」


 な、なん……だと……。


 私は、目の前が真っ暗になるのを感じた。

 足元がガラガラと崩れていくような気がする。

 が、私の婚約者だと……!?


「嫌です」

「うんうん、そう言うと思って……ん?」

「絶対に嫌です、あんな面倒臭くて鬱陶しい男」

「え?」

「ずっと一緒にいるのと、二度と会えないのとの二択だったら、二度と会いたくないです」


 あれー? という顔をしている父様に、私は言い募る。


「……ごめん、フィリー。フィリーが彼のことを好きとまでは思っていなかったけど、まさかそこまで嫌がるとは」

「絶対に絶対に嫌です。私だって、まだ結婚に夢を見ていたいです」

「すまない。……あの、実はな。この縁談、断れないんだ。向こうの権力を使ってゴリ押しされている」

「権力」


 青筋を立てて憤る私に、父様が震える声でのたまった。


「ラファエル君はこの国の第一王子だ。その両親は、国王夫妻。優秀なラファエル君をなんとしても王にしたいご両親が、彼を更生させたフィリーに望みをかけている」


 ……。

 なんとなく予想はしていたけど、はっきり言われるとげんなりした気持ちになる。


「ついでに、ラファエル君は、フィリーと結婚できるならなんでもすると言い続けている」

「チッ、あいつ……!」

「フィリー、言葉が汚い」


 素で舌打ちする私を、父様が窘める。


「まさに政略結婚だ。フィリー、他の贅沢ならできる限り叶えよう。諦めてお縄についてくれ」

「犯罪者と同列ですか」

「いや、違ったな。彼の手綱を握ってくれ」

「今度は馬の騎手……」

「頼むよ」


 私はイライラしながら、父様に宣言した。


「気持ちを落ち着ける必要があります。父様の顔は2ヶ月ほど見たくありません」

「フィリー!? そんな……」

「見たくありません」


 鋭いアイスブルーの目で睨みつけると、流石の父様も黙った。


「あと、私は彼に本音で接します。王子として厚遇することは一切ありません」

「ああ、分かってる。その方が彼は喜ぶだろう……」

「他人行儀に接することにします」

「……うん、任せるよ」


 全てを諦めたような顔をする父様に、私はギリギリと歯を食いしばる。


「あとは、可能な限り、婚約解消に向けて動いてください」

「……」

「父様?」

「ああ、尽力しよう。愛するフィリーのためだからね」

「私は父様への愛情がつきそうです」

「……」


 だめだ、この怒り、小出しにしても収まらない。

 私は大きく息を吸い込んで、仁王立ちになって父様に向かった。


「父様のばか! 大っ嫌い!」


 そう言って泣きながら執務室を飛び出した。

 母様の膝でわんわん泣いたので、父様は母様にも2ヶ月避けられていた。




***************



「すぐに会えたね、フィリー!」


 3日後、満面の笑みで家に現れたのは、我が国の第一王子様。


「やっと正面から愛称で呼べるようになったよ。無理して真面目なふりを頑張ってよかった。フィリーは皆が呼んでるからやめようかな、シェリーって呼ぶね」


 無言でジト目の私に、一人で興奮したように喋る王子様。


「シェリー、君は僕のこと、割と嫌いだよね」

「分かってるなら婚約解消してください」

「それはできない」


 そういうと、ラファエル殿下は、私の手をとった。


「僕はもう、君がいない人生なんて考えられない。僕と結婚して欲しい、シェリー」

「嫌です」

「……結婚してほしい、シェリー」

「嫌です」

「僕は一生シェリーを諦めないから、シェリーは僕と離れることを諦めて」

「私は一生、解放されることを諦めません」


 本気で睨んだのに、ラファエル殿下は愛しそうに私の顔を見る。


「分かった、一生戦おう。よろしくね、シェリー」


 そう言うと、ラファエル殿下は、私を初めて抱きしめた。私の許可なく、勝手に。


「ちょっと、離してください!」


 そして私は、初めてラファエル殿下にデコピンを喰らわせたのだ。


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