第6話 残念王子の正体 ※残念王子目線



 僕はラファエル=フォール=ラマディエール。ラマディエール王国の現国王の長子、第一王子だ。


 そして、物心ついた時から、僕には、前世の記憶があった


 僕の前世は、日本という国の一庶民で、最期の瞬間は男子高校生をやっていたのだ。



「おにーちゃん、本屋行くっしょ?」

「行く」


 あの日、僕は両親と妹の4人で、スーパーに買い出しに来ていた。

 割と仲のいい家族だが、僕達兄妹はスーパーに着いてきたかった訳ではない。

 スーパーの向かいにある、ゲームも売ってる大きめの本屋が目当てだった。


「これこれ!『えくぜくてぃぶ☆ときめき学園ラブリー生活』。凄い人気なんだよね〜」

「はぁ。タイトルがダサい」

「にーちゃん、その手に『魅惑の魔王と美少女勇者達』とか持っててよく言うね」

由里ゆりにはこのロマンが分からないのか」

「にーちゃんもこのときめきが分かってない」


 不毛な言い争いをしながら、僕達は思い思いのゲームを購入し、ほそく笑む。


 僕は小学生から男子校で小中高一貫。妹の由里は小学校から女子校で小中高一貫。僕達は正直、異性に対する免疫が全くなかった。

 しかし、僕達も思春期の若者だ。異性に対する興味は、それはもう止まることを知らない。

 そんな訳で、有り余るエネルギーをぶつける先として、僕はギャルゲー、妹は乙女ゲームを選んでいたのだった。


「これさぁ、実は悪役令嬢が一番人気なんだよね。すっごい美人で可愛いの」

「はぁ? 主人公とか攻略対象より人気なの?」

「うん。なんかねー、攻略対象筆頭の、第一王子の婚約者なんだけど。12歳の時に無理矢理婚約させられててさ」

「うん」

「ずっと婚約解消したがってたんだけど、14歳の夏に第一王子を襲撃から庇って、消えない傷跡ができてしまうのよ」

「うん? なんか優しい子なんだな」


 別れたい男を庇ってくれるなんて、天使だろうか。


「でしょ。でさ、お貴族様的に、もう他に嫁入り先がないと思って婚約解消を諦めていたところに、主人公が現れて、最後の砦の第一王子を奪っていこうとするもんだからさ。凄いストレスで、ヒロインにありとあらゆる嫌がらせをしまくるらしいの」

「……可哀想なのは分かったけど、可愛い要素あった?」


 天使じゃなかった、堕天使だった。


「可哀想だからね、その辺りをくすぐると、裏エンドにたどり着くのよ。もうね〜、めちゃくちゃ優しくて可愛くてヒロインのことを溺愛してくれるらしいのよ」

「……それって百合じゃないのか?」

「友情エンドって言いなさいよ! ……それでね、悪役令嬢があんまり可愛いから、このゲーム男にもウケて爆売れして、増販がかかったの。この『えぐぜくてぃぶ』って名前がついてるのが、彼女の関連の追加エピソード入りの新バージョンなのよ! 14歳の時の王立劇場での襲撃時のエピソードとか、色々入ってるんだから!」

「ネタバレ見過ぎじゃないか? そこまで知ってたらプレイしても面白くないんじゃ」


 呆れる僕に、由里はニヤリと笑ってこちらを見てきた。ドヤ顔だった。


「大丈夫! 攻略対象のことは、何も知らないから!」


 パッケージの裏を見せつける由里に僕は、はぁ、と気の抜けた返事を返す。

 攻略対象の絵が描かれていた。何人かいるけど、なんだか同じような顔に見える。でも、右下に書かれた、シルバーブロンドの女の子は、正直可愛い。割とタイプだった。


「ふーん。じゃあ僕も後でやってみようかな」

「私が満足するまでやり尽くしてからじゃないと貸さないよ」

「別にそれでいいよ。僕には美少女勇者達がいるから」

「うわっ、最低」


 そんないつも通りの会話をしながら、両親の待つスーパーに戻るために、信号が青になるのを待つ。

 青に変わったので、そのまま渡ろうとして、あれ? と思うと、至近距離にトラックがいた。


 知覚が追いつかないくらいの速度で、全身に衝撃が走る。


 視界がぐるぐる回転して、何が起こっているのか理解できない。


 これは、もしかして――。



 僕が覚えている前世の記憶は、そこまでだった。





***************





(多分、トラックに轢かれて死んだんだろうなぁ……)

 


 物心着いてしばらくしてから、僕はようやく、自分が第一王子として生まれ変わっていることに気がついた。

 前世の記憶はトラックとの熱烈なキスで終わっているから、多分あの時自分は死んだのだろう。


(前世の記憶がある……転生ってやつかな。僕はそうか、死んだのか……)


 死んでしまったのはショックだし、あの状況だと兄妹二人とも死んでしまったと思うので、両親には本当に申し訳ないなと思う。まだやりたいことだって沢山あったし、来週ばあちゃんちに行く予定だったけど、ばあちゃん達も泣いたのかなぁ……。

 寂しい気持ちは当然あったし、思い出してからしばらくはかなり落ち込んでいたが、どうしようもないことなので、僕は時間をかけてそれを受け入れた。


 受け入れてみると、前の人生の記憶を持って、新しい人生に挑むというのが、案外悪くないことに気がついた。


 何しろ、何をやっても褒められる。

 幼児用の教育教材なんて、16年の人生経験を持つ僕からしたら、お茶のこさいさいだった。自分の名前を書いただけで、死ぬほど褒められるのだ!



 しかし、どんどん勉強進度が進んで、僕はそろそろまずいということに気がつき始めた。


 僕は知識を吸収してそれをそのまま吐き出す日本式の勉強は得意だった。正直、結構いい大学を目指そうとも考えていたし、暗記なら任せろ! というのは前世での口癖だった。


 けれども、王として国を統治するとか、経済振興のために施策を考えるとか、そういった臨機応変に対応する科目はからっきし未経験だったのだ。バイト経験も就職経験もないから、実際に何かを手に入れたり、作り出したりしたこともない。作曲だって創作だって、まともにしたことがないし、もともと苦手分野。料理だって、母さんの手料理を常に食べていて、自分で作ったことなんてほとんどない。


 要するに僕は、高校生までの勉強は得意だと自覚しているしているけれども、将来についてそれ以上を考えたことがない、社会人としては役立たずのダメ男だったのだ。

 なのに、国王夫妻である両親は、あまりに早熟な僕を見て、天才が生まれたと大喜びしている。このままでは、王太子に……というか、国王になってしまう……。


 正直、荷が重かった。王子に転生、お貴族様筆頭じゃんラッキー! なんて思っている場合ではなかった。



 僕は、だんだん勉強をサボったり、レッスンから逃げたりと、色々なことから逃げ回るようになった。

 僕の決断で国が動くなんて、庶民の魂を持って転生した僕には重すぎるのだ。




 ついでに、転生してもう一つ、ラッキーと思っていたことがあった。


 僕はとっても高貴な立場で、かつイケメンに生まれてきたため、何をしても女の子が優しかったのだ!


 前世の影響で女に飢えていた僕は、ギャルゲーをプレイするような気持ちで、女の子達が視界に入るたびに、可愛いだの綺麗だの連呼しまくっていた。鉄面皮だった侍女達が、だんだん、仕方ないなぁみたいな顔をしてニコニコしているのは、なんだか嬉しかった。ギャルゲーみたいな、は別に何もなかったけれど、僕は幸せだった。



 だけど、だんだん両親が、いろんな貴族の女の子達と僕を会わせるようになってきた。

 僕の婚約者を探すために、相性を見ていたようだ。


 良家の令嬢との婚約が決まってしまったら、さらに王太子への道を一歩進んでしまう。それは避けなければならないことだった。


 ついでに僕は、もともと女の子と会話するのは楽しくても、そこから先への進み方が分からなかった。

 ①友達みたいな関係になって、②仲を深めて、③恋人になる……。②の、仲を深めてってどうするんだ? ギャルゲーの手法だと、②をすっ飛ばして①から③に突入することが多かった気がする。よく分からない。でも、分かってないことを女の子達に知られるのは、なんだか恥ずかしい気がする……。



 ということで、僕は両親に紹介される令嬢に対しては、当たり障りのない褒め言葉を並べ、令嬢の気分が良くなったところで、色んな女の子達の名前を出しまくって不誠実と思われるように仕向ける、という最低な手法で婚約から逃げ続けていた。



 だから、僕の周りに残った女の子は、僕のことを本気で好きな訳ではない、軽い友達としての関係の子ばかりだった。



 結果として、早熟で、不真面目で、女にだらしがない第一王子、という最悪のキャラが爆誕していた。両親にはちょっと申し訳なかったかな、と自分でも反省している。



 それで、あまりに不真面目な僕をなんとかしたかった両親は、僕を1ヶ月どこかで勉強合宿させることにした。

 僕は面倒臭かったのもあって、時間稼ぎのために、同年代の女の子がいないところには行かないとごねた。当時も今も思うが、本当に最低な息子である。



 そうしたら、僕は宰相の家に放り込まれることになった。なんでも、宰相の家は教育熱心で、王族並みに色んな家庭教師を雇っているらしい。

 そして、宰相の家には同年代の女の子がいることにはいるが、6人兄弟の中で女の子は一人だけなので、被害が少ないと考えられたようだ。その女の子の気持ちを思うと、僕は流石に少し反省したけれども、まあ僕に宰相の家に行かないという選択肢はないので仕方がない。



 そうして、12歳の夏、僕は宰相の家にやってきた。



 そこには天使がいた。

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