第12話 僕のやるべきこと(終) ※残念王子目線



 いい天気だ。


 僕は惚けた顔で窓の外を見ながら、毎日ずっと彼女の言葉をリフレインしている。


『全部分かった上で、殿下のことが好きになりました!』


 そうか。彼女は僕のことを好きなのか。僕が大好きな彼女は、僕のことを……。



 幸せすぎる。やっぱり僕は、もうすぐ死ぬんじゃないだろうか。




 僕は襲撃のあった翌日、シェリーに婚約解消の話をする予定だった。けれども、シェリーのあまりの可愛さに、初々しさに、気がついたら何も言わずに、シェリーを家に帰していた。明日婚約を解消するという満月へ誓いを速攻で破ってしまった僕は、やはり腑抜けだった。


 1週間毎日、話を切り出さなければと思いつつ、初めての彼女からの好意が嬉しくて、甘い空気のまま何も言わずに過ごしてしまう。シェリーはおそらく、吊り橋効果で一時的に僕に想いを寄せてくれているだけなのだから、これではいけないと思うのに、彼女の笑顔の誘惑に、僕は完全に理性を溶かされていた。


 そして、1週間経ってようやく婚約解消を切り出したというのに、シェリーは僕の思いもよらない方法で、僕の心をまたしても縫い止めてしまった。そうか……君を籠絡すればいいのか……その言葉に乗っかってしまう僕は完全に、君に籠絡されきっている……。


「殿下。ちゃんと、『また明日』って言ってください」


 別れ際、潤んだ瞳で縋ってくる彼女に、僕は理性を吹き飛ばしかけた。


「また明日、シェリー。でも、このまま泊まっていってもいいんだよ?」


 いつもどおりそんな最低な台詞を吐くと、シェリーはいつもとは違って、赤くなって俯いてしまう。本当に僕、空気を読め! いや、可愛い顔が見られたからこれでいいのか!? 


「泊まるのはだめですけど……殿下」

「はい」

「勝手に婚約、解消しないでくださいね。ちゃんと明日も会ってください」

「もちろんだよシェリー! シェリーこそ、また明日も会いに来てくれる?」

「……殿下がもう一回、好きって言ってくれたら、会いにきます」


 可愛いおねだりをしながら僕を見上げる彼女は、まさに天使だった。いや、悪女か。こんなに僕を翻弄して、やはり彼女は生粋の悪役令嬢だ……。


 結局気がついたら、好きだと連呼して、彼女の3回目の口づけを侍従達の前で奪ってしまった。流石にこれは、かなり怒られた。本当に反省している。


 それから毎日毎日、シェリーが僕のお見舞いに来てくれる。帰り際にそっと頬に口付けを落とすと、侍従が見てるのにとぷりぷり怒りながらも、頰を染めて嬉しそうに微笑んでくれる。


 可愛い彼女を、もっと人目のないところに連れ込んでしまいたい。沢山愛の言葉を囁いて、シェリーの望みどおり、彼女の気持ちをこれでもかと絡みとってしまいたい。

 なのに、僕は絶対安静で、寝室から出ることが許されなかった。僕はなんて不甲斐ないんだ……!



『これさぁ、実は悪役令嬢が一番人気なんだよね。すっごい美人で可愛いの』

『もうね〜、めちゃくちゃ優しくて可愛くてヒロインのことを溺愛してくれるらしいのよ』

『悪役令嬢があんまり可愛いから、このゲーム男にもウケて爆売れして、増販がかかったの』


 そうか、これが日本のゲーマー達を魅了した、悪役令嬢溺愛ルートか……僕はヒロインと違って、エンドで終わらせるつもりは全くないけれども。

 由里、お前は真実しか言ってなかった。シェリーのこの可愛さを考えれば、ゲームが爆売れするのも増販するのも自然の理。



 そういえば、そうだ。この世界はおそらく、僕の知る乙女ゲーム準拠の世界。来月の学園入学を皮切りに、きっと乙女ゲームが始まってしまうのだ。何しろタイトルが、『えくぜくてぃぶ☆ときめき学園ラブリー生活』だし。


 とりあえず、シェリーの堕天使化は今のところ防げているけれども、ここから先はどうなるのだろうか。

 確か、攻略対象筆頭が第一王子の僕で、僕がヒロインにふらついたせいで、シェリーの堕天使化が進んでしまうんだったか……。


 僕は頭の中を整理する。


 まず最善は、ヒロインに関わらないこと。彼女にはよその攻略対象のルートに入って、僕には関わらないでいて欲しい。

 けれども、その願いが叶わなかったとしても、僕のやるべきことは一つだ。


 ――僕の悪役令嬢愛しのシェリーを、彼女が望むとおりに籠絡溺愛する。


 僕は決意を新たにした。


 正直、最近の僕の決意って簡単にひるがえってしまうなぁと思わなくもないけれども、今回は大丈夫な自信がある。

 何しろ、僕の心は、前世の世界で人気を博した悪役令嬢に鷲掴みにされているのだ。しかも、悪役令嬢フィルシェリー第一王子ラファエルを嫌い続けていた原作ゲームと違って、今の彼女は僕のことを好きでいてくれている。彼女の笑顔がある限り、きっと僕は、名前も知らないヒロインなんかにふらついたりなんかしない。


 いつだって、僕を無敵にしてくれるのはシェリーだ。


 愛しの彼女を思いつつ、僕は胸の内に広がる幸せを噛み締める。


 そして僕はまた、窓の外を見ながら彼女の言葉好きをリフレインするのだった。


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