第375話:成長の証 後編

 セレネイアは力強くうなづく。


根核ケレーネル内の構造がはっきりとえました。まるで無限の部屋が複雑に隙間なく入り組み、格段に強度を増している。いくら突いても剣が通らないはずです≫


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアつかを握る手にはほとんど力が入っていない。まさしく自然体だ。


 貫き通すことばかりを考えていたセレネイアの剣軌がここで変わる。


 押す力がぐ力へと転じる。


 糸を通すべき道には、はっきりとした印が浮かび上がっている。ここまでの戦いでアメリディオやケイランガたちがつけたわずかな傷跡きずあとだ。非力な力でも結集すれば大きな力となりる。


 気づいた高位ルデラリズもすぐさま反応、最後の抵抗を試みる。


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアの剣身を通さぬよう、剣軌に応じて邪気を密集させていく。


(まずい。なぜだ。この非力な小娘ごときが、我の根核ケレーネルを断つべき道筋を見出したとでもいうのか。ありぬわ)


 セレネイアは一切力をめていない。


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアの剣身ははがねではない。一万ルシエに達する雷光だ。その雷光を魔力をともなった風が導いていく。


 魔剣アヴルムーティオは意思を有する。だからこそ、持ち手は互いに意思を交わしながら魔剣アヴルムーティオを振るわねばならない。今のセレネイアの前にもはや障害はない。


「必ず決めます。雷轟滅騰爆閃光エフィシュローア解放」


 残り一ハフブルをもって、皇麗風塵雷迅セーディネスティアの力を全解放、剣身をかたどる一万ルシエの雷光が刹那せつなのうちに放電した。


 短時間の轟音ごうおんが大気と大地を激しく揺らす。


 まばゆいばかりの雷撃は根核ケレーネルを護る分厚ぶあい邪気の鎧をもろともせず、まさしく一つ一つの針の穴を斬り咲きながら根核ケレーネル内をけ抜けていった。


 ぎ終わったセレネイアが皇麗風塵雷迅セーディネスティアを握ったまま左下段で残心ざんしんを取る。


 高位ルデラリズの手が持ち上がる。そこまでだった。


「我の根核ケレーネルが、溶けていく。よもや、このような小娘にしてやられるとはな」


 高位ルデラリズの全身が崩壊を始めている。腕が、脚が、先端から徐々に消滅していく。


「私だけの力ではありません。ここまで貴男と戦ってきた皆が私を助けてくれたのです。それに私には師匠も、この手に握る素晴らしい相棒もいますから」


 高位ルデラリズを見つめるセレネイアの瞳は哀愁あいしゅうに満ちている。崩れ去る身体でセレネイアを見下ろす高位ルデラリズは、彼女の瞳に何を感じ取ったのだろうか。


「それがお前たち人の強さということか。我はここで滅びるか」


 下半身が完全に失せ、残るは頭部と根核ケレーネル周辺の胴体のみだ。


 もはや、根核ケレーネルから邪気も呼び起せない。ゆえに再生も効かない。頭部が灰となって宙にかえっていく。


「小娘よ、見事であった」


 それが高位ルデラリズの残した最後の言葉だった。


≪セレネイア、本当の意味でのとどめよ≫


 セレネイアは無音で左下段に置いた皇麗風塵雷迅セーディネスティア逆袈裟ぎゃくけさで斬り上げる。


 溶けて液体と化した根核ケレーネル皇麗風塵雷迅セーディネスティアの凄まじい風刃によって巻き上げられ、瞬時に気化していった。


根核ケレーネルが完全に消えました。これで本当に終わったのですね」


 ようやく残心をいたセレネイアが安堵あんどの息をらす。心なしか皇麗風塵雷迅セーディネスティアを握る手が震えている。



「よくやった」

「よくやりました」


 親のように見守っていたヨセミナとカランダイオも同様、これでようやく安心できるとばかりに大きく息をついていた。



 セレネイアの周囲に動ける皆が集まってくる。一番早かったソリュダリアがセレネイアに抱きついてくる。


「し、師匠」


 短くなった髪をでながら感謝の言葉を口にする。


「セレネイア、やったな。お前ならできると信じていた。お前のこの顔に傷がつかなくて本当によかった。お前は王国の宝だからな」


 また同じことを、と思いながらも、セレネイアはソリュダリアの気持ちが嬉しくてたまらない。剣の師匠としても、同じ女としても尊敬できるソリュダリアは、セレネイアが甘えられる数少ない一人でもある。


 だからこそ、苦しいほどに力強く抱きしめられても、満足感の方が大きいのだ。


 ソリュダリアに続いて、ケイランガとアメリディオ、さらにはコズヌヴィオとワイゼンベルグもセレネイアの勝利をたたえている。セレネイアは恥ずかしくてたまらない。


 ラディック王国第一王女として、また第一騎兵団団長としてのセレネイアに対してケイランガとアメリディオを片ひざを落としている。


「セレネイア姫、素晴らしい一撃でした。やはり、貴女は名実ともに第一騎兵団団長を名乗るに相応ふさわしい御方です」


 予想外の言葉だったのだろう。セレネイアが絶句している。


「私もアメリディオの言葉に異論ございません。倒れているあの者たちもです。もはや、セレネイア様のお立場に異を唱える者は誰もいないでしょう」


 ようやくソリュダリアの腕から解放されたセレネイアが毅然きぜんと応える。


「そう言ってもらえると嬉しいです。この勝利は私一人で成しげたものではありません。ここにいる皆が必死に戦って、そして勝ち取ったものです。だからこそ、私にも言わせてください。アメリディオ、ケイランガ、有り難う。貴男たちがいてくれたからこそです」


 セレネイアが膝を落としたままの二人に向かって深々と頭を下げる。


 タキプロシス、バンデアロ、システンシア、さらにはケイランガの命を帯びて離脱したランブールグ、彼らもまたセレネイアが感謝を贈るべき者たちだ。


 意識を取り戻したら、改めて話す機会もあるだろう。セレネイアはその気持ちを胸に収め、頭を上げて掛け替えのない仲間たちを見回した。そこには時期女王としての風格さえ漂っていた。



 いつの間にか、カランダイオがヨセミナの横に並び立っている。


「お前のところの姫様が愛される所以ゆえんだな。それにしても、ひやひやさせてくれたものだ。あの二人は一から修行のやり直しだ」


 そうは言いつつも、満足そうな表情を浮かべているヨセミナを、カランダイオは面白そうに眺めている。


「あれがあの娘の持つ魅力の一つでしょう。確かに、剣士としてはあまりに頼りなさすぎますが、第一王女としては十分ではありませんか」


 ヨセミナはセレネイアとその周囲に、まるで衛星のように集う者たちを見つめながら、言葉を返す。


「着実に一歩一歩成長しているな。セレネイアの将来は、いや、真のうつわはどこにあるのだろうな」


 わずかに言葉を切った後、ヨセミナがさらに続ける。


「実父イオニア国王退位後、第一王女から王女へと即位するのか。あるいは、あの魔剣アヴルムーティオたずさえて武の道を進むのか。それとも、第三の道を選ぶのか。いずれにせよ、茨の道に変わりあるまい。カランダイオ、お前はどう思っているんだ」


 これだけは聞いておきたかった。誰よりもセレネイアのそばにいて、彼女を見護り続けてきた男がどのように思っているのか。


「そんなこと、私にも分かりませんよ。ですが、いて言うならば」


 その言葉は突発的に吹き荒れた暴風によってき消され、空へ消えていく。ヨセミナはそれでもしっかりととらえていた。


「そうだな。あの娘なら、ありるだろうな」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「どうやら、セレネイア様が高位ルデラリズを倒したようね。あの姫様がここまで成長していたとは想像できなかったわ。いったい、どんな修行を積んだのかしらね」


 問いかけられたところで、ムリディアには応えようがない。


 第五騎兵団団長のチェリエッタは特殊能力の持ち主だ。純然たる魔術師でないにもかかわらず、実に魔力操作に長け、魔力を全方向に蜘蛛くもの巣上に張り巡らせることができる。


 しかも規模感が違う。有効範囲はおよそ十キルクにも及ぶ。指向性を持たせて一定方向だけに集中させることも可能だ。彼女のこの能力を精千網細霊眼クレルヴォワルと呼ぶ。


 三姉妹の末妹まつまいシルヴィーヌも似た力を有する。二人には決定的な差異がある。シルヴィーヌのそれは、自身の魔力のみを用いて広げていく。彼女の有効範囲はおよそ一キルク程度だ。それでも十分すぎる力だ。


 対して、チェリエッタは発動時のみ自身の魔力を利用する。


わずかに活動していた精霊たちも眠りに落ちていく。これで私の精千網細霊眼クレルヴォワルも役に立たなくなるわね」


 チェリエッタに悲壮感はない。むしろ高揚しているぐらいだ。魔術が使えないなら、剣を使えばよい。チェリエッタにも負けられない強い意志がある。


「団長、まもなく皆既かいき月食を迎えます。私は準備に入ります」


 ムリディアを護るために剣を振るう。誰にも邪魔はさせない。この場は極氷炎天球八醒ルスペルユヴェイエを手にするムリディアにかっているからだ。


 紅緋月レスカレオ藍碧月スフィーリアは既に主物質界の影によって光を失っている。最後の槐黄月ルプレイユが消え去るのも時間の問題だ。


 セレネイアたちが高位ルデラリズに勝利するまでに、およそ一ハフブルも費やしたことになる。


「任せたわ。ムリディア、貴女は必ず私が護ってみせる。だから、安心して秘宝具を作動させなさい」


 みるみるうちに最後の月、槐黄月ルプレイユが食われていく。


 全ての魔術の完全封殺ふうさつは目前にまで迫っていた。

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混沌の騎士と藍碧の賢者 水無月 氷泉 @undinesylph

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