第374話:成長の証 前編

 皇麗風塵雷迅セーディネスティアの剣身が雷光へと変化、白橙色はくとうしょくの輝きを四方に放ち、緩やかに揺らめている。


 グレアルーヴがジェンドメンダを倒す際、セレネイアが初めて皇麗風塵雷迅セーディネスティアと意思を通わせ、解放した雷轟滅騰爆閃光エフィシュローアは、あくまで皇麗風塵雷迅セーディネスティア主導、セレネイアは言われるがままに魔力を制御しただけだ。


 二度目となる今回は違う。セレネイアが自らの強い意志によって放つ。魔力制御もセレネイアが主となり、皇麗風塵雷迅セーディネスティアの力を最大限引き出す。


 ここまでの主従関係が完全に逆転した形で行使するのだ。だからこそ、失敗は絶対に許されない。


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアの切っ先は高位ルデラリズ根核ケレーネルを刺し貫いている。ただそれだけの状態だ。高位ルデラリズを滅するには、根核ケレーネルを完膚なきまでに破壊し尽くさなければならない。


≪セレネイア、しくじるんじゃないわよ。私が見せた雷轟滅騰爆閃光エフィシュローアの雷光はおよそ十万ルシエ、今の貴女の力ではせいぜい一万ルシエよ。奴を復活さえ許さず滅したいなら、最低でも一万ルシエを保ち、正確に根核ケレーネルを破壊しなさい≫


 セレネイアのうなづきをもって、皇麗風塵雷迅セーディネスティアの剣身に蓄えられた一万ルシエの雷光が弾ける。


 高位ルデラリズの絶叫が白橙色をき乱しながら夜空をざわつかせる。


「おのれ小娘、その程度の攻撃で我を倒せると思うなよ。我は高位ルデラリズなるぞ。根核ケレーネルを護るすべなどとうに極めておるわ」


 高位ルデラリズ根核ケレーネルを護るためだけに全ての力を注ぎこんでいる。最後のとりでは何としてでも護りきらなければならない。


≪護る術があろうとなかろうと、私の雷光の前では無意味よ。さあ、滅びの刻よ≫


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアは勝敗の行き先を知っている。確信さえしている。


 唯一の不安があるとすれば、セレネイアだ。正確に言うならば、セレネイアの魔力が根核ケレーネルを完全に破壊するまで保てるか否かであり、それが一万ルシエという境界線でもある。


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアの見立てでは、五万ルシエ以上なら根核ケレーネルは瞬時に昇華しょうかを迎える。今のセレネイアにそれだけの雷光を創り上げることは不可能だ。


 一万ルシエは根核ケレーネルという個体を一度液体へと融解ゆうかいし、さらに気体へと昇華させる二段構え、雷光の熱源を維持できなければ根核ケレーネルを滅ぼせない。


 そして、もう一つだ。セレネイアに根核ケレーネルを破壊すべき、真に正しき剣軌けんきえているか否かだ。


根核ケレーネルを液体にさえできれば勝てます」


 セレネイアは皇麗風塵雷迅セーディネスティアつかを握り、魔力を循環させながら渾身こんしんの力をめて根核ケレーネルを貫かんと押し続ける。



 上空でセレネイアの一挙手一投足を見つめているカランダイオは気が気ではない。


「瀬戸際ですね。勝負の分かれ目ですよ。貴女がここまで刻んできた努力は決して裏切りません。ですが、そうではないのです」


 中位シャウラダーブ根核ケレーネルならば、一万ルシエもあれば十分だろう。相手は高位ルデラリズ、しかも上位に位置するうえ、根核ケレーネルを護る術を極めている。


 成長途上のセレネイアと、ある意味でほぼ頂点に立つ高位ルデラリズの戦いは、ここからはもはや我慢比べとなる。


≪セレネイア、魔力をしっかり制御して、まずは雷光の威力を一定に保つことに専念しなさい≫


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアの言葉が清々すがすがしいほどに脳裏に響き渡る。セレネイアにとって、口うるさい彼女の声がここまで嬉しく感じるとは意外だった。わずかに場違いな笑みがこぼれる。


 高位ルデラリズの全身を覆う邪気が根核ケレーネルに絡みつき、己を破壊せんとする雷光と激しくせめぎ合う。


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアの切っ先が根核ケレーネルを貫いてから既に十ハフブルが経過する中、未だに根核ケレーネルを融解するには至っていない。


≪セレネイア、威力が落ちてきているわよ。焦らずに魔力を正しく循環させなさい≫


 セレネイアのひたいには玉のような汗が幾つも浮かび上がっている。集中力を切らせばそこで終わりだ。


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアを握る右手はこれ以上、前に突き出せないでいる。かといって、引き抜くこともできない。根核ケレーネルを貫通した状態で停止したまま、暴れ回る雷光を一万ルシエに維持するだけで精一杯だ。


「セレネイア姫、踏ん張ってください。もう少しで貴女の刃が届きます。だから、もっとよく視てください」


 集中状態のセレネイアの耳に、アメリディオの叫び声が飛びこんでくる。


 セレネイアにとって、アメリディオは何とも不思議な存在だ。セレネイアが生まれる前から第九騎兵団を率いているという。彼と顔を合わせたのは、第一騎兵団副団長から団長に昇格した際が初めてだった。


 先にも触れたとおり、第九騎兵団は特殊な存在、ラディック王の勅命ちょくめいを受けて動く隠密部隊であり、しかも直轄はラディック王ではない。王の勅命はあくまで便宜上のものであり、実質的には第九騎兵団に命令を下せるのはただ一人しかいない。


 それがカランダイオであり、同時にアメリディオがエルフ属だとセレネイアが知るのは、この戦いが終わった後になる。


「セレネイア、魔剣制御に気を奪われるあまり、ヴォルトゥーノ流の真髄を忘れるなよ。魔力をも自然の中に溶けこませ、もっと視界を広げろ。お前ならできるはずだ」


 上空でヨセミナが歯痒はがゆい思いをいだきながら、セレネイアを見守り続けている。その思いはしっかりとカランダイオにも届いている。ヨセミナがあえて聞かせているからだ。


「丸投げですか。仕方がありませんね。任せろと言ったのは私ですし」


 渡りに船とはこのことか。カランダイオも同じことを思っていた。そうそう何度も手助けするわけにもいかない。彼女のためにならない。この程度の戦い、本来であれあ独力で乗り越えてもらわなければならない。


≪何をしているのです。アメリディオの言葉が聞こえませんでしたか≫


 カランダイオからの魔力感応フォドゥアがセレネイアの脳裏に飛びこんでくる。


≪もちろん聞こえていました。剣軌も視えています。ですが、これ以上よく視ろと言われても。私の力では皇麗風塵雷迅セーディネスティアが届きません≫


 指摘を受けた皇麗風塵雷迅セーディネスティアは全く動かない。あえてセレネイアに主導権を与えている。だからこそ、率先して助けるつもりもない。


≪何を甘えているのです。貴女が魔霊鬼ペリノデュエズと戦うのはこれが初めてではない。あの刻のことを思い出しなさい。学んでいる剣の神髄を忘れてしまったのですか≫


 辛辣しんらつな言葉を遠慮なく投げつける。荒療治あらりょうじもこの際はやむを得ない。


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアはなおも沈黙を守り続けている。


 魔力循環は滞りなく行われている。それはすなわち、セレネイアにさほど大きな動揺がないという表れでもある。


 思考の間にも時間は刻一刻と過ぎ去っていく。それをよいことに、高位ルデラリズは邪気の威力を最大限に高め、根核ケレーネルを護りきる算段に入っている。


 漆黒の邪気が幾重にもなって根核ケレーネルを覆い隠し、皇麗風塵雷迅セーディネスティアの切っ先を押し戻そうとしている。その度に雷光が火花を散らし、宙に白橙色の花を咲かせていく。


≪セレネイア、時間がないわよ。残り五ハフブルよ。それ以上は貴女の身体がもたないわ≫


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアの言葉が五感にみ渡っていく。セレネイアは既に両の瞳を閉じていた。


 ソリュダリアの道場で初めて魔霊鬼ペリノデュエズ対峙たいじした際、土壇場でセレネイアは自らの目を閉ざした。あの刻はカランダイオの魔術の助けを借りた。


(本当にまだまだですね。私は多くの人たちに支えられている。だからこそ、その人たちの期待を裏切るわけにはいかないのです)


 視界を封じたことによる副次効果はすぐさま表れている。


 ヴォルトゥーノ流の真髄は全ての感覚を自然と一体化させることによって発揮する千変万化せんぺんばんかの剣技だ。


 魔力を循環させ続けるセレネイアの閉じた瞳の中に、皇麗風塵雷迅セーディネスティアを通じて、根核ケレーネルの状態が手に取るように飛びこんでくる。


(これは。これまでの戦いで、皆が少しずつ根核ケレーネルを傷つけていた痕跡が)


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアは無論のこと、ヨセミナやカランダイオ、アメリディオにも視えていた、辿たどるべき本当の意味での剣軌が、ようやくセレネイアの脳裏に描き出されている。


 複雑にまれた無数の針の穴に一本の糸を通すがごとく、根核ケレーネルを破壊する唯一の剣軌だった。


 根核ケレーネルは単純な双双角錐そうさんかくすいの結晶体ではない。これまでに食らって、取り込んだ人や魔霊鬼ペリノデュエズの数が多ければ多いほど、内部構造が重層化し、破壊する難度も圧倒的に高くなる。


≪セレネイア、遅いわよ。ようやく真の剣軌をとらえたわね。私をどう振ればよいのか分かるわね≫




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 大変お待たせいたしました。


 ようやくマイコプラズマ肺炎の症状も落ち着きつつあります。7000文字近くになったため前編と後編に分割しました。後編も書き終わっているので、明日の正午に公開いたします。


 これでようやくセレネイアたちと高位との戦いは終了、いよいよ皆既月食を迎えます。

 

 引き続きご愛読いただければ幸いです。なお、この部分は後編公開後に削除いたします。

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