第373話:勝利への思いと確信

 セレネイアは右脚を正しく一歩分だけ引いて、皇麗風塵雷迅セーディネスティアを大地と平行に構えている。


「いきなり試すつもりか。無謀というか、大胆というか、私には理解に苦しむが。それも含めてのセレネイアなのだろうな」


 ヨセミナのつぶきは大峡谷を渡る風に吹き飛ばされていく。既にセレネイアの勝利を確信しているのか、右手は柄頭つかがしらから離れている。


 セレネイアは皇麗風塵雷迅セーディネスティアを構えたまま動かない。彼女の周囲だけがなぎの状態にある。まるで二人きりの世界で対話しているかのようでもある。



 カランダイオもアメリディオも、高位ルデラリズが生み出し続ける壺蟲天デモゼラルトを防ぐだけで精一杯だ。セレネイアに構っている余裕などない。


 二人の魔力と高位ルデラリズ根核ケレーネル、どちらが先に限界を迎えるかによって、この勝負は雌雄しゆうを決してしまう。その意味でも、セレネイアにはわずかの猶予しか与えられていない。



≪アメリディオは言いました。貴女には、はっきりえていると≫


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアからの応答はない。セレネイアにはそれで十分だった。


 魔力を伝って皇麗風塵雷迅セーディネスティアの意思を受け取っている。今、彼女は集中状態の真っ只中だ。セレネイアから魔力を引き出しつつ、自身の中で魔力を高密度に練り上げている。


(ならば、私もこたえるだけです)


 セレネイアは瞳を閉じて視覚を遮断する。目で追う必要などない。全ては自然が教えてくれる。


 今や皇麗風塵雷迅セーディネスティアの切っ先に膨大な魔力が凝縮されつつある。



「まだ十分ではない。あせるなよ、セレネイア」


 ヨセミナはセレネイアではなく、皇麗風塵雷迅セーディネスティアの魔力を追っている。主導権を握っているのは彼女だ。準備が整うまで、セレネイアはただ待つしかないのだ。



 カランダイオは煉縛重層鎖死獄ロアシュ=ムティエドゥラルによって解き放たれた力と、高位ルデラリズ壺蟲天デモゼラルトの力が、いま拮抗きっこう状態にあることにあせりを感じている。


 カランダイオとアメリディオ、先に魔力が尽きるのは間違いなくアメリディオであり、そうなればたちどころに均衡が崩れ去り、壺蟲天デモゼラルト餌食えじきになってしまう。


(アメリディオの魔力が限界に近づいています。それまでに必ず決着をつけるのですよ)


 カランダイオもヨセミナ同様に、セレネイアが負けるなど、微塵みじんも疑っていない。


 主たるレスティーが魔剣アヴルムーティオを授け、ソリュダリアのみならずヨセミナまでがきたえ、そして己自身も幼き頃より見守り続けてきた。


(貴女は着実に成長していますよ。だからこそ、最大の真価を示さなければなりません)


 セレネイアが第一騎兵団団長の地位に就任してからというもの、未だに不満がくすぶっているのも厳然げんぜんたる事実だ。


 特に第二騎兵団からの風当たりは強い。タキプロシスなど、公然と批判を口にしているのは最たる例と言えよう。


 カランダイオの思いを感じ取ったのか、セレネイアは僅かの間、視線を上げた。


 この場にはそぐわないであろう、澄んだ純粋な瞳がきらめいている。淡青色の瞳が、私を信じて、と語っているようでもある。


 カランダイオにとって、いつまでも幼い少女だったセレネイアが、ようやく大人の女へと脱皮しようとしている瞬間でもあった。



 高位ルデラリズもただ黙ってみているだけではない。それでも動けないのは、二方向からの強烈な敵意だった。


 一つは言わずもがな、上空二百メルク地点に立つヨセミナだ。そこにいるだけで凄まじい重圧を与え続けている。


 もう一つは、たとえようもない違和感だった。ここにはいない何かが刺すような痛みをもたらし続けている。痛覚など完璧に遮断できるはずの高位ルデラリズが、それを感じるなど異常事態だ。


 さらに、それの位置はもちろんのこと、目的さえつかめないでいる。一瞬でもすきを見せたが最後、確実に命を刈り取られる。それほどの恐怖を刻みこまれるのは、生まれて初めてだった。


(忌々いまいましい。何ものなのだ。この我に、ここまでの脅威を感じさせるとは。あの小娘を早く始末しなければならぬというのに)


 焦燥しょうそう高位ルデラリズの気をいでいく。逆にセレネイアは気が高まっていく。



≪セレネイア、いつでもいいわよ≫


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアから待ちに待った言葉が返ってくる。


 セレネイアの気が瞬時に高まる。全身を覆った魔力が規則性をもって揺らめき、強さを増していく。


 ここにいる誰もが、セレネイアの異様な魔力波を感じ取っている。何が異様なのか。


「魔力が色を帯びています。本当にあれはラディック王国第一王女セレネイア殿でしょうか」


 ラディック王国と魔術高等院ステルヴィアは様々な意味で深い繋がりを有している。


 当代賢者たるコズヌヴィオも、当然ながらセレネイアとは面識もあり、幾度となく談笑もしている。その際に感じた彼女の印象と、今とでは明らかに別人だ。


「どういうことだ。我が友のように優れた魔術師、我が女神もまた色を帯びているではないか。俺には無理だがな」


 ワイゼンベルグの問いかけにコズヌヴィオが応える。


「身にまとった魔力が色を帯びるには条件があるのです。私が知るセレネイア殿には、その条件が備わっていませんでした」


 詳しく語るつもりはなさそうだ。ワイゼンベルグも軽くうなづくだけで、続きを促すような真似はしない。二人の視線は、片時もセレネイアから離れていない。


碧緑へきりょくの魔力、やはりあの魔剣アヴルムーティオが最適解だったか。大師父様はここまで見越しておられたのだな」


 ヨセミナの感嘆の声が落ちる。今度は風の流れをものともせず、カランダイオの耳にも届いていた。


(そのとおりですよ、ヨセミナ殿。何よりも血は争えぬ、ということです)



 セレネイアは両脚を大地に固定したまま、右手にした皇麗風塵雷迅セーディネスティアを最大限後方に引く。それは弓につがえた矢を引き絞るにも等しい動作だ。


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアの切っ先には碧緑へきりょくの光点が凝縮、美しい輝きを散開させている。


 セレネイアを覆う碧緑の魔力が皇麗風塵雷迅セーディネスティアと結びつき、一体化したことで魔力循環の調和をもたらしていた。


「素晴らしいです。完璧な調和を生み出しています。魔力質が数倍に膨れ上がっている今、解き放たれる魔剣アヴルムーティオの威力は最上級魔術にも匹敵するでしょう」


コズヌヴィオがため息交じりに言葉を零している。



≪セレネイア、私を解き放ちなさい≫


 セレネイアは後方に引いていた皇麗風塵雷迅セーディネスティアを前方へと軽く突き出す。彼女が取った行動はそれだけだった。



 同時にアメリディオの魔力が尽きる。


 展開していた煉縛重層鎖死獄ロアシュ=ムティエドゥラルが硬質の響きを残して砕け散り、壺蟲天デモゼラルト鬱憤うっぷんを晴らすがごとく、頭上より勢いよく降り注ぐ。


「遅かったな」

「遅いですよ」


 前者はヨセミナ、後者はカランダイオの声だ。同時に、こちらもまた上から落ちてくる。



「ば、馬鹿な。何故なにゆえに小娘が我の眼前に、いや、何故なにゆえ根核ケレーネルに届いているのだ」


 セレネイアの身体は、疑う余地なく高位ルデラリズの目の前にある。


 突き出した皇麗風塵雷迅セーディネスティアの切っ先は、寸分の狂いもなく根核ケレーネルを貫き通している。


≪お前の根核ケレーネル丸視まるみえだったのよ。気づかなかったの。馬鹿なの≫


 相変わらずの皇麗風塵雷迅セーディネスティアは、高位ルデラリズにも聞こえるように直接言霊ことだまを刻んで吐き捨てる。


「丸視え、だと。どういうことだ。我がそのような愚かな真似を」


 根核ケレーネル高位ルデラリズにとって最後のとりで、それが破られるなどにわかに信じがたい。


 恐る恐る、根核ケレーネルに意識の手を差し伸べる。


 かすかな違和感、どうして今の今まで気づかなかったのか。ここまでの全ての攻撃は完璧に防ぎきっていたはずだ。その自信もあった。


根核ケレーネルを何度もき出しにしてしまったのは失敗だったわね。お前は確かに強いわ。でも、人の力をなめすぎよ。お前の敗北は、自らの傲慢ごうまんさが招いた結果よ≫


 高位ルデラリズには皇麗風塵雷迅セーディネスティアの言葉が全く理解できない。


 その証拠に根核ケレーネルは全くの無傷だ。にもかかわらず、根核ケレーネルの位置を正確に見破られ、挙げ句に致命の一撃を食らってしまった。


≪武具も魔術も、お前には通用しなかったかもしれない。でもね、それらの痕跡ははっきりと描き出されていた。思いという強い力によってね≫


「だから、私たちは彼らが残した軌跡を辿たどるだけでよかったのです」


 セレネイアはひと際強く皇麗風塵雷迅セーディネスティアを握り締める。



 高位ルデラリズはなおも諦めていない。壺蟲天デモゼラルトに注いでいた根核ケレーネルの力を即座に解除、再生に全力を傾ける。


≪妹たちがいなくても、今ならやれるわね。さあ、やいばを雷光に変えなさい≫


 根核ケレーネルの再生を許してはならない。もしそうなれば、今度こそ全滅必至だ。



 セレネイアは深い呼吸によって最大限に集中力を高め、言霊ことだまを解き放った。


「これで終わりにします。雷轟滅騰爆閃光エフィシュローア

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る