「おまえにはわからない」これは昏いところで繋がった兄弟の《殺しあい》

龍久国は九に分かたれた龍の亡骸から建国された。死んだ龍の腹からは九柱の大魔が産まれ、其々を従える九人の皇子は妖術をもちいて国を護ったとされる。
時は流れ、九の大魔のひとつが封印された。
それでも皇子を九人設ける習わしは続いていた。

つまり、末の九男だけは皇子でありながら大魔をもたず、妖術もつかえない。
九男・紅運は何の才能も持たぬ無能であった。
だが崩御した皇帝が「兄弟で殺しあえ」と取れる遺言を残したことから、事態は急変する。

「皇帝になりたくないのか」

兄からの問い掛けに紅運は考える。
ずっと考えまいとしていた。万に一つの望みもないと。
だが幼い頃は確かにおもっていたのだ。
纏足で歩くこともままならぬ老いた乳母のために「皇帝になって女でも馬に乗れる世にしたい」と。

ひとりの皇子の叛乱によって王宮が混乱に陥るなか、紅運は封じられた大魔の封印を解き、戦うことになる――

彼は兄弟を殺すことになるのか。皇帝の遺言の真意とはなにか。

…………
……

膨大な知識に裏づけられた世界観、心理戦と肉弾戦の絡みあい、洗練された文章……こちらの小説の素晴らしいところはあげればきりがないほどですが、私は兄弟同士、紅運と封印された大魔の関係をあげたいとおもいます。
言葉少なに語りあい、時に怨み、時に憐れむような関係。立場は違い、能才が違い、それでも王宮に生まれ落ちた"業"を互いに背負っているからこそ理解できるものがある。劣等感、無力感、虚無感、絶望、悲嘆、後悔、屈辱……解りたくはないし、実際に相手の思考など解らないのに、そうした昏がりだけは理解できてしまう……「おまえにはわからない」「俺にはわからない」そう言いあうことがその証だと私はおもうのです。
それは同病相憐れむような関係ですが、これが読者の胸に抜けない棘のように刺さります。
彼らはたぶん、暗いところ、傷んだところで繋がっている。
言葉と言葉、背と背のあいだに寂莫たる風が吹き抜けるような関係を、ぜひご堪能ください。

最後になりましたが、受賞おめでとうございます。
書籍化が確定しているとのこと、本のかたちになったこちらの小説をあらためて拝読させていただけるときが楽しみでなりません。

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