07 エピローグ 漢委奴國王印(かんのわのなのこくおういん)

 河北にて苦境にあった劉秀であったが、やがて勢力を拡大し、ついには王郎を圧倒するに至った。

 そして冬が終わり、春が来る頃には、王郎のこも邯鄲かんたんを攻めた。

 追い詰められた王郎は、劉秀に降伏を申し込んだ。


「万戸候にしてくれ」


 王郎は劉秀の臣下となることを望んだ。

 しかし劉秀の返答は、にべもなかった。


「命が助けるだけ、ありがたいと思え」


 それを最後通告に総攻撃を開始、邯鄲かんたんは陥落した。

 劉林は死し、王郎は命からがら逃げだしたものの、劉秀軍の王覇に斬られて命を落とした。


 ……こうして、劉秀は徒手空拳に等しい立場から、数十万を越える一大勢力へと成長した。

 事態を危惧した更始帝が、帰還と軍の解散を命じたものの、劉秀はこれを拒否。

 そして臣下からのたびたびの懇望を受け、皇帝に即位。

 世にいう後漢の光武帝である。


 そして同年、更始帝は光武帝と対決することなく赤眉軍により殺される。

 光武帝は鄧禹とうう馮異ふういらに命じてその赤眉軍を撃破し、洛陽、長安を手に入れ、最後には中国全土を統一した……。











 建武中元二年正月。

 雪の洛陽。


「…………」


 ふと気づくと、雪が降り積もっていた。

 それを眺めていた倭の奴国なこく大夫たいふに声をかける。


「そろそろ、宴の支度が整っていよう」


 大夫が振り返ると、怪訝けげんそうな顔をしているので、体の調子が悪いのか、と聞いた。


「いえ」


 大夫は滅相もないと首を振る。


「一刻も早く奴国にと思い、つい」


 顔に出たことをおゆるし下さい、と大夫は言う。

 奴国はまだ落ち着かず、倭の他国との関係で揺れているらしい。


「ふむ」


 劉秀はひげをしごき、そして鄧禹を呼んだ。


「お呼びですか」


 馮異が亡くなり、今や群臣筆頭となった鄧禹が、にこやかな笑顔で近づいてきた。


を」


「今ですか」


「先に渡しておこう。そして宴くらいは、ゆるりと楽しませてやりたい」


 鄧禹は拝礼して、一旦下がった。

 大夫が首を傾げていると、すぐに鄧禹は戻ってきた。

 その鄧禹の手に持つものを劉秀は受け取り、大夫に「こちらへ」と呼ぶ。


を」


 押しいただいたを、大夫はそっと眺めた。

 それは金でできている印章だった。

 そして印影には、「漢委奴國王印かんのわのなのこくおういん」と刻印されていた。


「これは……」


「それで卿は少しは安心できるかな? であれば宴を楽しんでいただきたい」


 鄧禹は相変わらずの笑顔で「こちらへ」と大夫をいざなった。

 嬉しいやら何やらで戸惑う大夫に、劉秀は「行こう」と微笑み、そして一同は揃って宴へと向かって行った。



 ……雪はまだむ気配はなく、静けさの中、しんしんと降り積もっていった。






【沈黙に積雪 了】

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沈黙に積雪 ~河北の劉秀~ 四谷軒 @gyro

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