第3話
先輩と一緒に晩御飯を作って、一緒に食べた日から五日が経った。
あの日から毎日、俺は先輩に料理を教えている。
だから、先輩と一緒に晩御飯を食べるのが日課になりつつあった。
「今日は何作る?」
「今日は豚肉が安いんで、豚の生姜焼きにしましょう。」
「いいねぇ。上手にできるかなぁー?」
「大丈夫ですよ。ちょっとずつ上手になってますから。」
「そうかなぁ。でも、ありがと!」
今はスーパーで買い物中だ。
俺がバイトが終わったら、先輩を家に迎えに行ってそれから一緒に買い出しに行く。
一緒に買い物をするのも五回目なのに、未だに二人での買い物にはなれない。
五日目にして、料理の基本をマスターした先輩は、俺があまり手を貸さないでも大丈夫になってきていた。
だから、俺は先輩のことを見ながら横で、メイン以外の料理を作る。
「いたっ。」
「どうかしましたか?」
「包丁で指少し切っちゃったみたい。」
先輩がそう言うと同時に、俺は先輩の指を手に取り、口に咥えた。
「んんっ。ちょっ、幸村くん!」
先輩は恥ずかしがりながら、俺の口から指を抜こうとしてくる。
ちゅぽっ。
「先輩ダメです。まだ血が止まってませんから。」
「幸村くんの口でしてもらわなくてもいいよ。自分でするから。」
「俺がしたくてしてるんですから気にしないでください。」
はむっ。
「あーっ。もうわかったから。そのかわり優しくしてね。」
少し照れて顔を逸らしたまま、先輩は俺に言った。
それを見て俺はコクリと頷いて、先輩の指の血が止まるまで先輩の指を舐め続けた。
血が止まって先輩の指から口を離すと、先輩に怒られた。
「急に女の子の指を舐めたらダメだよ。私以外の女の子にしたらダメだからね。」
先輩は怒っている時までかわいい。
「すいません。以後気を付けます。これからは先輩以外の女の子の指は舐めません。」
「そういうことじゃないよ。」
「冗談です。わかってます。ちゃんと気を付けますよ。」
「ほんとにわかってる?」
「さあ、続きを作りましょう、先輩。」
話を逸らして料理に戻る。
今日作った豚の生姜焼きは、ほとんど先輩が一人で作った。
「いただきます。」
「召し上がれ。」
俺は、豚の生姜焼きを箸で掴み口元に運ぶ。
そして、大口でかぶりついた。
「ねえ、どう?私が作った生姜焼きの味は?」
ねえどう?ねえどう?と先輩がしつこく聞いてくる。
どうも何も、まだ一口食べただけだし、まだ生姜焼きを味わえてないから何とも言えない。
「もう少し待ってください。」
そう言って、俺は再び生姜焼きにかぶりつく。
二口目は、生姜焼きだけでなく、白米と一緒に食べる。
さっきのようにガツンとくるわけではないが、生姜焼きの味が白米にも染み込み、口の中で味がちょうどよくなる。
「はふはふっ。うまいです先輩。」
「ほんとに?お世辞じゃない?」
「はい、めちゃくちゃうまいです。」
腹が減っていた俺は、生姜焼きを白米と一緒に勢いよく食べる。
俺がすごい勢いで食べているのを見て、先輩はとても嬉しそうにしていた。
食後一緒に後片付けをしていると、先輩が俺に話しかけてくる。
「ありがとね幸村くん。幸村くんのおかげで、これからは一人でも料理できそうだよ。ほんとにありがとう。明日からは一人でやってみるよ。」
なんとなくわかっていた。
先輩はそろそろ一人で料理できるから、もう俺と関わらなくなると。
本当はまだ一緒に晩御飯を作って、一緒に食べて、一緒に後片付けをしたかった。
だけど、それは俺のわがままだ。
俺のわがままに先輩を付き合わせるわけにはいかない。
先輩のことが好きだからこそ、先輩に迷惑はかけたくない。
「そうですね。先輩ならもう一人でも大丈夫だと思います。だけど、けがにだけは気を付けてくださいね。」
「うん。ありがとう。」
後片付けが終わったら、先輩は自分の部屋に帰る。
「それじゃあ、またね。」
「はい、おやすみなさい先輩。」
「おやすみ幸村くん。」
ガチャン。
玄関のドアが閉まる。
そして、一人の時間が、静かな時間が流れる。
俺と先輩には物理的には壁一枚分の距離しかない。
だけど、心の距離は果てしなく遠い。
元の生活に、先輩のいなかった生活に戻るだけ。
なのに、俺はすごく寂しかった。
幸せだった心に穴が開いた感じだった。
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