第6話

 新学期二日目。

 今日から授業が始まる。

 学校に行くと、黒板に席順が貼り出されている。

 俺は廊下側の一番後ろの席だった。

 そして、先輩の妹の松藤葵は俺の隣の席だった。


 隣の席になったから、すぐにでも話しかけてくると思っていたが、彼女は全然話しかけてこなかった。

 そして、四時限目の授業が終わり昼休みになると、彼女は俺に話しかけてきた。


「幸村くん、今から少し時間もらってもいい?」

「ああ。」

「よかった、ついてきて。」

「わかった。」


 俺と先輩の妹が一緒にクラスから出ていくとなぜかクラスがざわついていた。


 彼女に連れられて、空き教室に入る。

 そして、俺は先輩の妹と向き合う。

 少しの沈黙の後、彼女が口を開く。


「えっと、幸村くん。」

「なに?」

「わっ、私と、私と付き合ってれませんか?」


 なっ!何を言っているんだこいつは。

 俺と話すの初めてのくせに。


「私と付き合ってくれと聞こえたんだけど、俺の聞き間違いか?」

「聞き間違いじゃないよ。私はそう言った。私の彼氏になってほしいって言った。」

「ちょっと待て。確認だけど、俺とおまえが話すのは今日が初めてだよな?」

「うん、そうだね。」

「関わるのすら初めてだよな?」

「まあ、業務連絡みたいなのを除けばそうだね。」

「じゃあ、何で俺は告白されているんだ。おまえは俺の外見だけを見て、俺のことを好きになったってことか?」

「違う。私は、幸村くんと話したり、直接関わったりしたことはないけど、ずっと見ていたからわかる。幸村くんが努力家で、優しくて、真面目な人だって。最初は、ずっと成績トップの幸村くんのことをライバルだと思ってた。全然勝てなくてむかついてたのに、ずっと二位だった私のことすら知らなかったからさらにむかついた。だけど、幸村くんのことをずっと見てると、ただ自分のことに一生懸命なだけだってわかった。自分のことでいっぱいいっぱいだから他人のことを気にすることが出来てないんだって。それがわかってからは、幸村くんのことどんどん好きになっていった。もともと顔はめちゃくちゃタイプだったから。気づけば抑えられないくらい幸村くんのこと好きになってた。」


 彼女の表情から、今彼女が言っていることは紛れもなく彼女の本心だとわかる。

 そして、彼女は本気だということが伝わってくる。


「俺のことを外見だけで好きになったんじゃないってことは十分にわかったよ。」


 ただ、少し気になることがある。

 先輩が言っていた、妹のお願いというのは十中八九このことだ。

 だとすると、先輩の言動が少しおかしい。

 俺が先輩の妹を好きではないことを先輩はわかっている。

 そして、妹思いの先輩が妹のことを本気で好きじゃないやつに妹と付き合ってなどと頼むわけがない。

 妹のことを本当に思っていたら、妹のことを本気で好きじゃない男とは付き合わないようにするだろうからな。

 そこが俺の中で納得できない。

 しかし、ここで先輩のこの話を持ち出すわけにもいかない。


 俺は頭をフル回転させて、妙案を思いつく。


「なあ、俺に隠し事はないか?俺は女子と付き合ったことなんてないから勝手がわからない。だから、付き合うなら隠し事はなしにしてほしい。」


 少し間を置いて先輩の妹は答える。


「わかった。幸村くんのこと好きだし、信じてるから隠してること話すよ。驚いても大きな声出したりしないでね。」

「わかった。」

「私、最近膵臓がんって診断されたの。それも、ステージⅣ。膵癌取扱い規約でも、TNM悪性腫瘍の分類でも。それで、医者に余命宣告された。よくて二年って。だから、後悔しないように生きようって決めたの。私は好きな人と一緒にいたい。カップルになっていろいろなことを一緒にしたいって思った。だから幸村くんに私の彼氏になってほしい。」


 想像してもいなかった内容だった。

 俺は驚きで声も出なかった。

 今こうして行動している彼女のことを心からすごいと思った。

 そして、そう思うと同時に納得できた。

 先輩はこのことを知っていたから俺にあんなことを言ったんだと。


 俺は先輩の妹を、葵のことを初めてじっくりと見た。

 かわいい顔の先輩と違って、妹の葵は美人な顔をしている。

 髪型もショートカットの先輩と違いストレートのロング。

 そして、先輩より胸が大きい。

 葵には先輩と違った魅力があると思ったし、俺のことを初めて好きだと言ってくれた彼女のことをもっと知りたいとも思った。

 だから、俺の返事は一択。

 先輩に頼まれたからからじゃない、自分自身で考え、決めた答えだ。


「俺は、松藤さんの彼氏になるよ。言っとくけど、松藤さんの事情を知ったからってわけじゃないから。単純に松藤さんのことをもっと知りたいって思ったし、俺のことを好きだと言ってくれたその想いに応えたいって思ったからだから。」


 俺がそう答えると、先輩の妹は顔を手で隠して泣いていた。


「おい、なんで泣いてるんだよ。泣くほどのことじゃないだろ。」


 俺はポケットからハンカチを取り出し、先輩の妹に手渡す。

 そして、泣き止むまでそばにいて彼女の肩を抱きしめた。


「ありがとう幸村くん。いや、ありがとう漂。」

「礼はいいよ。当然のことをしただけだし。」

「さっきのことだけじゃなくて、私の彼氏になってくれたことも。」

「・・・・。」

「これから、私は幸村くんのこと漂って呼ぶから、漂は私のことは葵って呼んでね。」

「いきなりは・・ちょっと無理かも。」

「大丈夫だと思うよ。だって、私の名前ほとんど読んだことないだろうから。」

「それはいやみか。」

「ちがうよ。事実だよ。」

「そうかもしれないけど、そうじゃない。いきなり名前呼びは少し恥ずかしい。周りに人がいてもいなくても。」


 こうして、俺は先輩の妹である松藤葵と付き合うことになった。

 これから俺が彼女のことを好きになるかどうかはわからない。

 だけど、今は彼女と向き合いたい。

 俺はそう強く思った。



 


 

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